AYAMEは不満をぶつけてる

「あやめちゃんぱーんち!」


 AYAMEは拳を放った。建物が倒壊した。


「うるさーい! どっか行け!」


 AYAMEは手を払った。敵は吹き飛んだ!


「じゃま! ぽーいっと!」


 AYAMEは鉄塔を投げ飛ばした!


「面白くなーい! あやめちゃんかえる!」


 AYAMEは地面を蹴って飛び去った。衝撃波が周囲を襲い、クレーターが出来た。


 AYAMEの被害はこの半年の間で急増していた。

 これまでAYAMEは不定期にハンター達の前に出てきて、好戦的ではないがハンターとゾンビの両方に被害をあえて来た。行動理由こそ気まぐれだが、触らなければ襲ってこない。そんな存在だった。

 だが、六華祭以降はそのパターンが変わった。


「むー。よっちーがいない」


 そんなことを言いながらハンターとゾンビが戦う戦場に現れ、主にハンター側をなぎ倒すようなパターンをとっていた。AYAMEにすれば邪魔者を手を振って払う程度の行動だが、そのパワーが半端ないこともあって被害は甚大である。ハンターに迫るさいに邪魔するゾンビを倒してはくれるが、ハンター側のほうが被害が大きい。

 そして物理的に場を納めた後に、逃げ遅れたハンター達を捕まえて意味不明な質問をするのだ。


「ねえよっちー知らない? ■■■■っていうんだけど」

「へ、あの」

「マフラーと橘花の制服着てお調子者で自分きゃわわで、戦うとすんごく刺激的で加減なくて容赦なくて。そんなバス停で殴ってくる子なんだけど」

「え、え? あの、バス停で殴るとか、アホなんですかその子」

「あー、うん。頭いいってタイプじゃないかな。で、知ってる?」


 誰かを探しているようだが、その人物は誰も心当たりがない。聞くだに特徴的なのだが、逆に個性的すぎてドン引きするレベルだ。

 一度見たら忘れられない特徴であるが、まるでヒットしない。――まあ『命令』で忘れさせられているのだが。


「そんな人、知りませんよ」

「あ、そ。じゃあ用なしね」

「うわあああああああ!?」


 興味なくした、とばかりに質問したハンターを開放するAYAME。AYAMEは軽く振り払ったつもりだが、ハンターは投げ飛ばされたかのように宙を舞い、地面に叩きつけられる。そのままぐったりしてと動かなくなった。

 こういった事例が二日に一回の頻度で発生するのだ。満足にゾンビハンターをやっている余裕はない。何処の戦場に行ってもAYAMEが現れるかもしれない恐怖。その可能性がある限り、狩りには行き辛い。

 かくして、ハンター委員会は対AYAME対策部隊を編成する。六華祭以降のAYAMEの行動をまとめ上げ、そこから心理学的に検討して次に出没するだろう場所を導き出す。そしてその元に、AYAMEを足止めできそうなハンターを差し向けるのだ。

 そのハンターとは――


「私は『白銀の牙ズィルバーシュトースツァーン』カミラ=オイレンシュピーゲル。この剣は罪を裁く断頭台ツュッヒティゲン・ギヨティーネ

「私は『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』小守福子。死に穢れた存在よ、我が名において汝らに滅びを告げよう!」


 ポーズを決めるとともに高らかと宣言する二人のコウモリ少女――カミラ=オイレンシュピーゲルと小守福子。通称『宵闇の姉妹ナハト・シュヴェスター』である。


「およ、こもりん? おひさー。よっちー知らない?」

「なれなれしい……いいえ、貴方は知っている気が、よっちー……確かその人は」


 AYAMEの何気ない挨拶に頭に手を当てる福子。

 この彷徨える死体ワンダリングと会うのは初めてのはず。なのに軽々しく声を掛けられる距離感は感情を揺さぶられる。何か大事なモノを奪っていきそうな、そんな怒り。そして警戒しなくてはいけないのに、この距離感を認めている自分。 


「あなたは、わたしを、しっている……? わたしが、わすれている、ことを――」

「福子、呆けないで。彷徨える死体ワンダリングの相手は私がします。貴方は倒れているハンターの避難と周辺のゾンビを」

「あ……。だ、大丈夫です。私は――」

「行きなさい」

「は、はい……。カミラお姉様シュヴェスター。無理しないでください」


 強い口調で福子を叱咤し、下がらせるカミラ。その間も、視線はAYAMEから外れていない。同時にAYAMEも視線は福子ではなくカミラに向いていた。福子が離れた後に、AYAMEは口を開く。


「アンタ、の仲間ね。魂が変な形してるわ。よっちーとは別の感じ」

「あの子に犬塚洋子のことを思い出させるわけにはいかない」


 カミラの口調が、変わった。妹を導く姉のそれではなく、男性とも女性とも取れない無感情な声。


「どーりで小守んに覇気がないと思ったわ。みんなみんなよっちーのこと忘れてて、面白くないのよね。おもしろくないから、壊そうかな」

「私を殺しても、またクローンで復活する。小守福子を洗脳する楔として」

「ふーん、そんなに小守んによっちーの事思いだしてほしくないんだ」

「犬塚洋子のハンターとしての在り方は異常すぎる。万象から遊戯するように戦場を見る在り方。その強さを広められればハンターとゾンビのパワーバランスが崩れる。

 ハンターもゾンビも、適度に死なねばならない」


 もし、小守福子が犬塚洋子の教えを他者に伝授できれば――それだけでハンターの死亡数は減るだろう。そうあってほしくない、という口調である。


(生と死を回し、太極図を回転させる。その為の糧となるのがハンター達。死してクローンとなって蘇り、あるいはゾンビとなって死を動かし、それを繰り返して回転させる)


「へー。ハンターに死んでほしいんだ。ならあやめちゃん止めなくてもよくない?」

「貴様はムラがある。気分で殺したり殺さなかったりする存在は当てにならん。生も死も計算し、管理されねばならん」

「はん。管理とかめんどくさーい! あやめちゃんパス!」


 付き合いきれない、とばかりに手を振って会話を終わらせるAYAME。そのまま拳を握り、カミラに向かった歩いていく。


「一応聞いておくわ。よっちー知らない? 犬塚洋子っていうんだけど」

「知っている。太極図に飲まれ、世界の一部となった」

「……? よくわかんないけど、嘘は言ってない感じ?」

「問われれば正しく答えざるを得まい。それが私という存在だ」

「変なの。みたいなんだけど、煙に巻いたり誤魔化したりしないのね。ま、いいわ」


 ――不死の研究を行っている連中との違いを深く考えることなく、AYAMEは拳を振り上げる。カミラは剣を構えて迎撃に走るが、犬塚の動きに比べれば止まっているようなものだ。

 数度の攻防の末、カミラはAYAMEの拳に吹き飛ばされ、肉片となって転がった。


「カミラお姉様シュヴェスター……!?」

「どーせクローンで復活するんでしょ。服とか要らないから、持ってったら?」


 戻って来た福子は、カミラの遺体を見て蒼白になる。AYAMEは興味なさげに手を振って、その場を去ろうとして――小守から向けられる殺気に気付く。

 小守は眷属のコウモリを展開して怒りに震えていた。


「カミラお姉様シュヴェスターの仇を……!」

「やーよ。よっちーがいない小守んじゃ、あやめちゃんに勝てないから。面白くないもん」

「それでも! 大好きな人を奪われて、黙ってるなんてできません!」


 感情のままに喋る福子。福子はその言葉を一蹴されると思った。または一笑に付されると思った。相手との力の差は比べる間でもない。カミラに勝てない相手が自分に勝てる通りもないのに。

 だから――


「だよね。小守んはそういう子だもんね」


 どこか寂し気に笑うAYAMEの表情は、意外だった。泣きそうに肩を震わせ、叫びたいことを我慢するように無理やり笑みを浮かべている。

 そんな顔をしているAYAMEに、怒りは霧散してしまった。怒鳴り過ぎた友人に対する後悔に似た申し訳なさと、何でそんな顔してこっちを見るのかわからないという感情が、怒りを解していく。


「――ばいばい」


 手を振って、地面を蹴って跳躍するAYAME。

 跳躍の際に発生した衝撃音と砂煙。それが完全に消えるまで、福子は呆然とそこに立ち尽くしていた。


 AYAMEは数キロ離れた地点まで跳躍し、そこにある建物に入った。人のいない集合住宅の一つ。かつては人が住んでいただろう建物の一室に。


「…………もー、最悪! 暴れ足りなーい!」


 アジトの一つに戻ったAYAMEが、置いてあったベッドにダイブする。そのまま四肢をバタバタさせて……ベッドはAYAMEのパワーに耐えきれずに破壊された。そのまま怒りと退屈と不満をぶつけられ、粉々になるベッド。


「小守んてば、変わってないくせに変わりすぎて最悪! 好きな人のために頑張ってるのに、その人好きなヒトじゃないじゃん!

 あー、もう! よっちー何処行ったのよ! 学園祭ガクサイでいきなりいなくなって、そっから連絡なしとかありえなくない!?」


 木片と羽毛が散乱する部屋の中、それでも暴れるAYAME。その内床が抜けるか壁が破壊されるか。こうしてAYAMEの複数あるアジトは毎度の如く壊れていく。この部屋は十四日と結構長く保てた方である。


「よっちーの馬鹿ー! 今度会ったら、ぶっころころなんだからね!」


 言って手当たり次第に八つ当たりするAYAME。幸いにして近くに生物はいない。破壊を振りまいても奪われる命はないのが救いか。


「あいたたたたた!? ちょー、ボクが何したっていうのさ!」


 八つ当たりするAMAMEの耳に、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。


「…………よっちー?」


 バス停を持っていそうな、そんなボクっ娘の声が――

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