ファンタン四谷は情報を調べたい
「……あれ?」
四谷は唐突に情熱を失った自分に気付いた。
一つの対象を追いかけて動画を撮ることがライフワークの四谷にとって、対象の事を考えるのは良い動画を撮るための必須事項。その事柄や人物、それらに対し思考し、考察し、調べ上げることに労力を惜しむことはない。
(まー、行き過ぎて注意食らう事はあるっすけどね)
ちょっと熱が入りすぎて暴走し、注意を喰らう事もある。でもまあバレなければセーフ、という言葉もあるしと自分を納得させた。実際、バレてるの氷山の一角程度だし。閑話休題。
ともあれ、ファンタン四谷は情熱ありきで動画を撮る。些か暴走しがちと言われるが、その情熱あってのいい動画なのだ。情熱ありきの四谷がその炎を失ったのなら――
『あれ? ファンタン放送局休止?』
『みたい。あの突撃っぷり大好きだったんだけどなあ』
四谷は動画投稿できなくなっていた。正確には、動画を撮ろうとする気力を失っていた。
そして――
『よくわかんないけど、最近の動画も消されてない? なんだっけ、最近のヤツ』
『確か……あれ? まあいいや』
『なんかすごいハンターの話だった気が……』
そしてファンタン放送局の最近の動画――犬塚洋子が出ている動画も、気が付けばサーバー上から消えていた。四谷の意志ではない。ハンター委員会が権限を利用して動画を削除したのだ。理由は『運営判断による』の一言だ。
四谷はこのことに抗議したが反応はなく、再度動画をアップロードしようとした時に――
「……っ! あれ? なんッスか。この動画……!?」
動画のタイトルが頭に入ってこない。文字化けしたような、そもそもどこの言葉で書かれているのかさえ分からない単語の羅列。そしてその内容を見ても、
「――え、と……?」
そこに写る犬塚洋子の動き。それを脳が認識しない。そこに誰かがいて、どういう事をしているのか。それがわからない。透明人間が動いているような、そこにいる『何か』を脳が一切受け入れない。見る端から記憶から消えていく。
(……『何か』を映したのは、間違いないっす。だけど、その『何か』が全然わかんないっす)
わからない。何これ? 見てはいけないモノを見てしまったような。そんな感覚。いるのにわからない。見えるのに見えない。聞こえるのに聞こえない。理解しようとすると、激しい頭痛に見舞われる。
「これは……。よくわかんないっすけど、ヤバいっす」
理解してはいけない存在。脳が拒絶するように『命令』された事。
四谷はそれをなんとなく理解する。言語にはできないけど、この動画をアップロードすれば、他の人も同じような感覚に見舞われるだろう。運営が削除したのもうなずける。
よくわからないけど、かつての自分はこの『何か』を追いかけて撮っていた。半年前の六華祭まで追いかけて、そして――
「分かんねーッス! 何を追いかけてたんすか、半年前のファンたんは!」
ソファーに座り込み、背もたれに体重を預ける。そのまま両手を振り回し、駄々をこねるように半年前の自分に問いかけた。
当然だが、答えは帰ってこない。思い出せないものは思いだせないのだ。
「ただまあ、この『何か』に熱をあげていたのは確かっすね」
自分の中に確かにあった取材対象。思いだせないし、それにまつわる情報を見ても認識できない。だけどその周辺は理解できる。直接その対象を認識できなくても、それを取り巻く環境やその周囲にいた人物は分かる。
「うっし、早速取材開始ッス!」
かくして四谷は行動を開始する。
しかしその結果は――予想していたとはいえ――
――早乙女音子に取材。
「ファンタン四谷ッス! 早乙女さんがかつて所属していたクランについて聞きたいんすけど! VR世界でホラーかくれんぼっぽい隠密修業をしたとか聞いたっすよ」
「ホラー……かくれんぼ……バス停、笑い声、足を掴まれて、あうあうあうあうあう」
「ちょー!? なんかパニック起こしてるっす!? もしかしてトラウマなんすか、その人の修行って! トラウマになるのに覚えてないとかどういうこと!?」
――美鶴・ロートンに取材。
「ファンタン四谷ッス! ロートンさんがかつて所属していたクランについて聞きたいんすけど! なんかゾンビ化して殺されたのがなれそめって話だったんすが」
「んー……。ゾンビ化して殺された経験は二〇回ぐらいあるデスからネ。銃殺、焼殺、転落死、感電死、轢殺、毒殺、圧殺……どれかわかりマスカ?」
「……いーえ、全然。なんでそんなに死んでるのにハンターできるんすか。あ、答えなくていいッス! 変な扉開いた人の話は聞きたくないっすー!」
――小守福子に取材……はできなかった。取材対象の姉を名乗る人物が、立ちはだかる。
「ファンタン四谷ッス! 小守さんがかつて同棲していた女性についてお聞きしたんすけど! かなり仲が良かったという話ッスが!」
「あら、私のことかしら? 嗅ぎまわるネズミは切り捨てる主義だけど」
「え? 小守さんは?」
「ネズミは切り捨てる主義だけど」
「ヤダナー。ハンター同士の戦いはご法度っすよ。えへへー」
笑ってごまかしながら、その場を去る四谷。一秒でも逃げ遅れれば、カミラの害意が殺意になっていただろう。
「やっべー。マジヤバだったッス。妹に絶対合わせない超鉄壁お姉様っすね。狩りの時に偶然装って突撃するとか……いや、本気で殺されそうっす」
小守への取材を阻む女性――カミラから向けられる気迫はまさに刃物のようだった。何かが琴線に触れたのか、怒りのような鋭い何かを感じた。
「義妹に近寄る者を殺す……? うーん、話を聞く限りではあのカミラっていう女性がそこまで狭量とは思えないんすよね。イチャイチャ中二病姉妹だけど、基本正義の人、ってカンジっスし。
態度もにべもない、っていうか会話すら拒んだ感じっす。怒った、っていうよりは――立ち入り禁止区域に無理やり入ろうとした人を止める警備員のような『仕事』的な鋭さっス、あれ」
頭をかきながらそんなことを言う四谷。【ナンバーズ】の訓練方法を見ようとクランハウスに忍び込もうとした時に見つかり、その際に受けた感覚に似ている。そうだ、触れてはいけないモノに触れた人間への態度。『こちらのルールを侵した相手だから、処分するしかない』という殺意。
ともあれ、有力的な三人に当たったのだが、誰もが『記憶にない』レベルだった。ここまでくると自分のメモが間違っていたのではないかとさえ思ってくる。
「いいや、このファンたんの調査に誤りはないッス! 次はこの人――サムライガールな円城寺さんッス! ……って、ええ、
メモしてある内容に疑問を抱きつつ、四谷は円城寺八千代の元に向かった。
そして時間軸は今に戻る。
「また貴殿か」
「うわー。相変わらず酷いっすねぇ。流石
呆れる八千代を前に、手をあげて挨拶をする四谷。相手が
「何度尋ねられても力にはなれないぞ。貴殿が■■殿のことを認識できないのは、魂がそれを拒絶するように命令されているからだ」
「そうみたいっすね。クローンを扱う魂技術の一環で、そういう事が出来る。で、それが学園生徒全員にかけられている見たいっす。
でもその人に直接関係ないことまでは理解できるみたいっす」
「■■殿に関するすべてを認識できなくなるのなら、所属していた学園と言ったものも認識できなくなるからな。そうなれば日常生活に影響が出る。バス停が分からなければ、バスも走れないし」
「バス停?」
「気にするな。とまれ、何度尋ねられても力になれそうにない。■■殿の友人のよしみで見逃すが、次はないと思え」
言って八千代は四谷に背を向ける。
「でも、円城寺さんは覚えているんすよね。『ツカハラ』で魂がごちゃごちゃになったとかの影響で」
「そうだな。学園の情報にある『円城寺八千代』との情報と異なるという事だ」
「だったら同じ理論で、魂をどうにかすれば思いだせるかもしれないッス! なのでそれを可能にした『ツカハラ』のことを調べさせてもらうっすよ!
記事名は……『剣の道に生きるサムライ! その名は
うんうんと頷く四谷。八千代は背中を向けたまま、ため息をつくように言葉を返す。
「邪魔立てするなら斬るぞ」
「戦いの邪魔はしないっすよ。現場突撃なんのその。ファンタン四谷はいつもあなたに最新情報をお届けするッス!
ま、本音は自分が忘れてることを思い出すためなんすけどね。でもツカハラに興味があるのも確かッス!」
「それもまた、一つの道か。――好きにしろ」
これがハンターとゾンビを斬る修羅とその修羅を調べる動画投稿者の、奇妙な関係の始まりであった。
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