円城寺八千代はただひたすら敵を斬る
円城寺八千代――苺華学園の生徒で、日本刀を持つハンターだ。
特定のクランに所属するわけでもなく、また誰かをパーティを組むわけでもない。ただ一人でゾンビを狩る存在だ。
火器による遠距離攻撃こそが、ゾンビに対する最適解だと証明されてもなお八千代は刀を振るい続けた。それはそれまで培ってきた剣術技術を無駄にしたくないという想いと、いまさら銃を学ぶなんてできないという意地が組み合わさった結果である。
結果として、彼女の剣術は実践の中で精錬されていく。だがハンターとしての実績は高くはなかった。銃を持たない分、弾丸などの消耗品がなく、その結果他のハンターよりも長い間戦場に留まることができる。
だが、やはり近接武器は対ゾンビには向かない。爪や歯に傷つけられてゾンビウィルスに感染する可能性も銃に比べて高く、また遠距離攻撃を行うゾンビも増えてきた事もある先手を取られることが多かった。
「犬塚殿なら、その知己によりそう言った事態を塞いでいたのだろうな」
八千代は自分と同じ近接戦闘武器を持つハンターの事を思い出し、笑みを浮かべる。武器こそ奇異だったが、その実力は自分と拮抗するほどだ。一度だけ刃を交わす機会があったが、決着をつけるには至らなかった。
豊富な経験。巧みな技巧。見切りの高さと軽そうに見えて堅実な動き。それでいて刹那の隙を見逃さない戦術眼。
「全く、あれ以上の猛者はそうそう出会えぬか。やはり六華祭の前日に無理してでも果たし状を送るべきだったか」
残念無念、と肩をすくめる八千代。六華祭の事を思い出し、眉をひそめた。
(あの日、突如消えてしまった犬塚殿。そして犬塚殿ことを忘れてしまった【バス停・オブ・ザ・デッド】の各々。不穏を察して三十六計逃げるに如かずと決め込んだが……少しとどまって情報を集めた方がよかったやもしれんなぁ)
六華祭の準決勝戦前、犬塚洋子は『ちょっと野暮用』と言って八千代になにも告げずにどこかに行ってしまった。それ自体は『ヨーコ先輩にはよくある事です』という意見もあったのでそういうものか、と納得した。
(だが、油断したな。まさか小守殿を始めとした面々がすでに『命令』を受けていたとは。あいつらがいつ仕掛けたのか、まるで見当もつかぬ。こちらの予想以上に用意周到であったということか)
八千代が想定していたあいつらは、研究に傾倒してこちらのことを見下しているという印象だ。その為碌に策など立てることはない。当然だ。策は弱いものが強いもの相手に立てる事。『命令』やクローンなどを始めとしたテクノロジーを持つあいつらからすれば、学園生徒など言葉通りの実験動物。
「まさかあいつらがこちらを危険視して策を練るとは。これは単純な力押しでは絡めとられてしまいそうだ。
……しかし解せぬな。
思考を止め、現実に目を向ける。
八千代がやってきたのは、島東部にあるアミューズメントパーク跡だ。『オウカランド』と名付けられた娯楽施設は、ジェットコースターやメリーゴーランドと言った遊具を兼ね揃えた場所だ。
「栄枯盛衰。かつての遊び場は荒れ果て、マスコットキャラは殺人鬼と化したか」
腰に手を当て、ため息をつく八千代。ゾンビが徘徊する『オウカランド』に娯楽の色はない。破壊されたパーク内にはゾンビと、そしてゾンビウィスルに感染した着ぐるみを着た者がいた。着ぐるみはゾンビの歯や爪を通さないが、空気感染でゾンビ化したのだろう。
そしてそこを攻めるハンター達。チェンソーを持った着ぐるみ相手に、遠距離から銃で攻め立てているが、機敏な動きで迫るチェンソー持った血まみれウサギぬいぐるみ相手に苦戦している様子だ。
「では参るか。私を打ち倒す強者がいればいいのだがな!」
言って般若の面をかぶり、『オウカランド』に向かった走り出す八千代。腰の刀を抜き、ハンターに切りかかっているぬいぐるみゾンビに切りかかる。ぬいぐるみの柔らかい感触を引き裂くように刀を動かして切り裂いた。
「生きている者は死に震えろ。死者は滅びを感じ取れ!
我が名は
名乗りを上げる。不意打ちで全員切り裂いてもいいのだが、その辺りは八千代の美学だ。相手に実力を出し切らせたいという意味と、名前を聞いて逃げる者と戦う価値はないという部分もある。
「――――ふっ」
最初に動いたのはキリか勝った着ぐるみゾンビだ。痛みを感じたわけではないだろうが、八千代を標的と認めたのか振り返ってチェンソーを振るう。激しいエンジン音が響き、回転する刃が八千代に振り下ろされる。
それをまともに受けるつもりはない。恐れることなく真っすぐ踏み込み、チェンソーを回避しながら相手の懐にもぐりこむ。この体制で刀を振るう事はできない。なのでそのまま、勢いを殺さず鎧の袖の部分で体当りをした。下から突き上げるような突き上げに、ぬいぐるみの動きが一瞬揺らぐ。
(次の行動、三十二個。相手の耐久力と防御力を考慮し、二十八個を消去)
八千代と同化している『ツカハラ』が剣術槍術弓術斧術柔術空手などを始めとした武術の知識から、この状況から取れる次の動きを告げられる。
『ツカハラ』は自分を倒した者に、これまで得た武術の知識と一緒に憑依する。そして取り憑いた者の武術を、また次の自分を倒した者に継承する。そうやって次々と武を蓄積していく不死。すなわち、データの継承による不死。
その知識は確実に八千代に伝えられ、その八千代もまた『ツカハラ』と共に戦う事でデータを蓄積していく。戦闘経験、武器の知識、戦いながらそう言ったものをアップデートしていく。
『ツカハラ』の中にウサギのぬいぐるみを着たゾンビとの戦闘経験はない。
「ここか」
だが、八千代は先の体当りで中にいるゾンビのおおよその体格を割り出し、脳天と思われる場所の目測を付けていた。その場所に向かい、日本刀を突き立てる。切っ先が硬い何かに当たる感覚、そして貫く感触。
ぬいぐるみが大きく跳ねるように動き、チェンソーを落す。だが、まだ動くだろう。八千代は蹴って刀を引き抜き、そのまま袈裟懸けにぬいぐるみを切り裂いた。それがトドメとなって、ぬいぐるみゾンビは動かなくなる。
「
「無論だ。求めるは戦。そして強さ。さて、どうするハンター達? この首取る気概あるやなしや?」
「相手は近接戦闘しかできないんだ! この距離なら勝てる!」
距離十五メートル。刀で斬りかかるには数秒かかるが、引き金を引くのに一秒もかからない。距離という優位性を保持したハンターからすれば、
「この状況で迷わぬ判断力は見事。されど――甘い」
銃の軌跡から逃れるように足を運ぶ八千代。銃口と目線、そして足の向き。それらが弾丸の動きを伝えてくれる。これも『ツカハラ』の知識。揺らぐような体の動きと脚運び。緩やかに迫る蛇のように、八千代はハンターとの距離を詰め――
「なかなかの技量であった」
地に伏したハンター達を見降ろしながら、刀を振るう八千代。布で血糊をふき取り、視線を迫ってくる人影に向ける。
「また貴殿か」
「うわー。相変わらず酷いっすねぇ。流石
やってきた人物に、八千代は呆れるように呟いた。刀こそ収めないが、それを相手に向ける事はない。
「うぃっす! いつもあなたに最新情報を、ファンタン四谷ッス!」
ベレー帽に迷彩服。デジカメを手にした女性、ファンタン四谷がフレンドリーに片手をあげて血まみれの八千代に話しかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます