太極図はまだ未完成

 ハンター委員会――

 六学園のハンターを統括する組織の名称で、弾丸や銃器や薬品などの管理を行い、それらをハンターの働きに応じて分配していくのが主な仕事だ。弾丸や武器の数は限られている。ゾンビを多く狩ったという功績あるハンターに良い物資を渡すという名目だ。

 その為に委員会はハンターランクを設定し、そしてハンターの管理を行った。管理、と言ってもゾンビを狩った数を収集品から確認し、そしてそれを記録する。また狩場の情報を集め、実力に見合わない者はそこへの移動を禁止する。

 ハンターの実力をランク付けし、それを徹底する。そうすることでハンターの無駄死にを減らそうとしたのだ。その結果がハンターランクによる差別となったのだから、皮肉な話だ。


「――以上が今月の報告になります」

「ああ、ご苦労様」


 報告をまとめた井口に労いの言葉を継げる会長。報告内容を纏めれば、ハンターの死亡率が高くなりつつあること以外はおおむね平均値。学園自体の総人口が減ったことでゾンビウィルスが生み出すエネルギーはやや余り気味と言った感じだ。


「生徒会の中にはゾンビ狩りを控え、生徒の死亡率を下げた方がいいのではという意見もありますが」

「そうも言ってられないよ。気を抜けば増えるのがゾンビだ。安全を確保するためにも狩りの手を止めるわけにはいかない。

 まあ<特別補習>を受けたいというのならそれでもいいんだろうけどね」


<特別補習>。

 半年前にハンター委員会と生徒会が出した案だ。定期的に行うテストによる足切り制度。<特別補習>と称して各学年から五名を選出し、外界から遮断する。そして彼らは学園に帰ってこない……。

 何も分からない、というのが一番恐怖を掻き立てる。例えば記憶を失い帰ってきたのなら、記憶を失うほどのことがあったと分かる。だけど、それさえない。なにも情報を開示されず、帰ってこない。もしかしたら、死んでいるのかもしれない。

 最初は多くの文句と抗議があったが、ハンター委員会に逆らうことはできない。ハンターがゾンビから守ってくれないとなれば、ゾンビは学園に入りたい放題だ。そしてハンター委員会と生徒会は、一つの逃げ道を作った。

 ハンターになれば<特別補習>を免除できる。

 逃げ道を作ることで、不満を委員会にぶつけることなくハンターとなる生徒が増えた。そして無茶をした新人ハンター達がゾンビとなった。ある者はクローンとなって蘇り、ある者は生き返らずに別のハンターに狩られた。


(多少の狂いはあるけど、おおよそ計画通り。生と死を繰り返し、太極図は問題なく回っている)


 これらすべては、ハンター委員会会長の思惑のままだ。

 その目的は、太極図を回して完成させること。そしてすべての人間を仙人にする事。

 だが、それにはまだ足りない。もっと多くの死を。ゾンビを狩り、ハンターを死亡させ、生きる為の戦いを繰り返させなければ。

 井口を退去させ、ひとりになった委員会会長は瞳を閉じて大きく息を吐く。眠るように意識が埋没し、気が付けば太極図の存在する次元にいた。三次元の宇宙自体を見下ろすような、そんな場所に。


『やあ、小鳥遊ボク。おかえりなさい』

『ああ、犬塚ワタシ。お疲れさま』


 そこにいる半身が語りかけてくる。それに言葉を返す委員会会長の魂――学園では小鳥遊京谷と呼ばれている魂だ。

 だが、本来の小鳥遊の魂はすでに太極図に取り込まれている。小鳥遊京谷の肉体に宿っている魂は、犬塚洋子と小鳥遊京谷が混じり合った新たな魂だ。


犬塚コッチには太極図の管理をさせておいて、自分だけ学園を楽しむとか。ひっどいよね。まあ、同じ魂なんだけどさ!』

『適材適所と思ってほしいよ。委員会の繁雑な計算や報告を受けるのは犬塚洋子の性格では辛いだろう』

『むー。それはそうなんだけど』


 同じ魂なのに、別の人格。二つの異なる魂があって初めて太極図は回る。不完全だけど、少しずつ、少しずつその影響を世界中に広げていく。


『現在の支配領域は?』

『おおよそ40兆km。太陽系はおおよそカバーできる大きさかな』

『まだまだ全宇宙の1%にも満たないか。半年ではこの程度という事ですか』

『時間支配は50万年前後。全宇宙の歴史から見ればこれも1%未満だね』

『先は長いですね』


 犬塚洋子と小鳥遊京谷が融合して生まれた太極図。

 それは世界そのもの。今の時間軸より50万年までの時間に干渉することができ、その効果範囲は太陽系までに及ぶ。そしてその時間軸と距離内に存在するあらゆる知識を得ることができるのだ。

 しかし、それでも『世界』そのものの1%に満たない。完全な太極図になるには、まだまだ太極図を回さなければならない。


『過去に干渉して、多くの生死を回転させる……だめですね。それで現在に影響して、太極図が完成しない可能性がある』

『ホント、犬塚ボク小鳥遊ボクに捕まる可能性って、極小の可能性だもんね。10年程度の時間干渉能力で可能性を手繰り寄せたもんだよ』

『ええ。苦心しました。何度やり直したことか。……ともあれ、この結末は維持しなければ。最悪、太極図の完成さえ保てればいい』


 そう結論付けて、会話を終える。どの道、この場所でできる事は何もない。未完成の太極図を用いればその効果範囲内を好きに支配できるが、そんなことは目的ではない。


宇宙せかいそのものを掌握し、その全ての存在の生命としてのランクを上げる。すなわち、仙人にする』


 人間は不完全だ。

 肉体は弱く、向上心は低く、世界のことを知らない。それ故に成長も鈍く、遅々として文化は発展しない。

 だが、人類のステージが上がればそれは変わる。強度な肉体、高い精神性、鋭い知性。それを持つことが出来れば、不完全ではなくなる。そしてそこからさらに成長し、更なる上を目指す。

 不老不死などそのついでに手に入れればいい。根底として抱くのは、人類の成長。その為に人類の99.99998%が滅んでも、残った0.00002%がそれを埋めるように成長し、発展していく。


『太極図が完成すれば、それは為しえる』

『その為には学園生徒の犠牲は仕方のないものだー、ってこと?』

『間違っていますか? 犬塚わたし。停滞している今よりも、大きく文明が発展するのは十万回行った試算の結果、明らかなはず』

『うん。小鳥遊ボクは正しいよ。宇宙が生まれ、生命が発生し、そして知性を得た。その知性が更なる段階に進む前に、きっと人類は滅んでる。太極図の完成により、次の段階に至れるのは間違いない』

『なら――』

『だけど、人間はバカだからなー。正しいってことが正しいなんて思わないよ』

『言葉の意味が理解できない。正しいという事を理解しないという事か?』

『違うよ。正しく、それが正解だと分かっても――』


 かつて、ゾンビを狩る最適解は銃だと知りながら、敢えてバス停による近接攻撃を選んだ魂があった。

 それは正しくない。そんな事は解っているのに、それを選んだ人間がいたのだ。


『それでも馬鹿でお調子者な人間は、突拍子もないことをしでかすものさ』


 

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