小守福子は愛する人と共にある

 夜。御羽火おうか島は死に包まれる。

 太陽の陰りと共にゾンビは現れ、生きている者に襲い掛かる。日が当たらない地下から這いずり出てきて、人を超えた力で襲い掛かる。

 ゾンビウィルス。それに完全に汚染された存在はゾンビとなる。それは人だけではない。動物や植物も、神社の狛犬と言った物質でさえもゾンビ化するのである。その原理は解明されていないが、それがエネルギー源となって学園の生徒を助けているのも確かだ。

 かくして生徒はゾンビを狩る。ゾンビウィルスを含んだ爪や血肉を回収し、そこからゾンビウィルスを摘出して学園のインフラを回すエネルギーとする為に。

 しかし、ゾンビを狩ることはけして容易な事ではない。基本的には命がけ。熟練したハンターであっても、ふとしたことから死ぬこともあり得るのだ。

 この日も『篠原養鶏所』に挑んだハンター達は予想以上のニワトリゾンビに囲まれて追い詰められていた。地を駆けるニワトリゾンビは小さいながらも連携をとり、何よりも群れのボスである威風理鶏イフリートは高速移動と同時に炎を放ち、ハンター達の逃げ場を塞いで追い詰めていく。

 もはやこれまで。炎と多くのニワトリゾンビに囲まれたハンター達はここを死地と覚悟を決める。最後の抵抗を行うと覚悟を決めたその背中に、二つの気配を感じた。


「死の絶望が立ちはだかろうとも、希望を捨てぬが狩人の心。たとえこの身が滅びても、気高き心は滅びはしない」

「例え天が見放しても、たとえ闇夜が隠しても、貴族の瞳は見逃さない!」


 朗々と響き渡る声。声がする方を振り向けば、養鶏所の小屋の上に立つ二人の少女。コウモリの翼を生やし、黒いゴシックドレスを着ている。片目を隠す革製のマスクには牙の装飾。に対象を斬る二人はまるで姉妹を思わせる。


「私は『白銀の牙ズィルバーシュトースツァーン』カミラ=オイレンシュピーゲル。この剣は罪を裁く断頭台ツュッヒティゲン・ギヨティーネ

「私は『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』小守福子。死に穢れた存在よ、我が名において汝らに滅びを告げよう!」


 ポーズを決めるとともに高らかと宣言する二人のコウモリ少女――カミラ=オイレンシュピーゲルと小守福子。なお名乗ってる間、わざわざゾンビが待っている理由もなく、そして『何アレ?』と思う知性もない。とりあえず一番近いハンター達に攻撃を仕掛けていた。


「早く助けてー!?」

「……むぅ、情緒のない。もう少し喋りたかったのですが」

「ええ。仕方ありませんわね」


 必死の救助申請に肩をすくめるカミラと福子。そのまま背中の羽根を広げ、ふわりと優雅に屋根から降りる――羽根で飛んだように見せかけているけど、二人が履いている浮遊ブーツの効果である。高低差を無視する足装備品だ。


「さあ、舞い踊りましょう。これより始まる橋の舞踏会」

「白銀と黒の輪舞ロンド、今宵のダンスホールは血に染まります」


 中二病コウモリゴシックな二人の少女は言ってニワトリゾンビに挑む。カミラが切りかかり、福子のコウモリが攻め立てる。野生のままに暴れまわるニワトリゾンビも、カミラの剣術と福子のコウモリには為すすべもない。


「これが運命。死に帰りなさい、愚者ナール

「夜に生きる『宵闇の姉妹ナハト・シュヴェスター』に、知性亡くした獣が勝てる道理はないのです」


 ニワトリゾンビ全滅後、抱き合うようなポーズをとる二人。助けられたハンター達は何処で声をかけていいのか迷っていた。


宵闇の姉妹ナハト・シュヴェスター』……そう名乗るコウモリ遺伝子を委嘱された二人のフリーハンター。その知名度はこの半年間でかなり広がっていた。

 曰く、危機に現れハンターを救う。

 曰く、死者の群れの前に立ち、逃げるハンターの殿となる。

 曰く、彷徨える死者ワンダリングに牙を突きつけた無謀かつ勇猛な二人。

 突如現れ、そして去って行く。その活躍に救われたハンターは多い。

 そしてもっとも有名な噂……というか、邂逅した瞬間に分かる噂は――


「『宵闇の姉妹ナハト・シュヴェスター』……本当に中二病だったんだ、なぁ」

「恥ずかしくないのかな……? いや、助けてもらってありがたいんだけど」

「あの【ダークデスウィングエンジェル零式】並にイタかった……!」


 ノンストップなアクセルベタ踏み、現在進行形中二病姉妹という噂だった。


「礼は不要です」

「私達にとって、変わらぬ日常こそが報酬なのですから」


 そう言って、二人のコウモリ少女は去って行く。あとに残されたハンター達は、ゾンビウィルスを含んだ素材を回収し、帰還する。この分は『宵闇の姉妹ナハト・シュヴェスター』が倒した分だと分かるようにして。


 そして二人は光華学園の学生寮に帰る。クランを結成していな二人はクランハウスを使用できない。この寮室こそが二人のアジト。最も――


「寂しくなりましたね、お姉様シュヴェスター。以前はもっと生徒がいたのに」


 光華学園の生徒数は、この半年で大きく減少していた。

 ハンター委員会の<特別補習>精度が原因だ。各学園のテスト最下位五名を<特別補習>として隔離する。表向きは外界から遮断して勉学に集中させるためだが、そこから帰ってきた者はいない。

 そしてその<特別補習>に選ばれない例外が、ハンターになってゾンビを狩ることだ。そしてハンターの死亡率は高い。熟練したハンターでも、先のように危機に陥ることはある。

 結果、生徒数は大きく減少することになった。事の原因は明らかだが、反対できない理由もある。


「ええ、ですがお陰で私達は生きていけます」


 カミラはそう言って頷く。

<特別補習>という制度を押し通した理由に、枯渇する食糧問題があった。ゾンビウィルスをエネルギー源として農作物を作ったり、コンビニ弁当の工場を回したりしているがそれも限度がある。本土からの援助も応援も届かない。

 全員が餓死する、というわけにはいかない。となればゾンビウィルスの供給量を増やすしかない。その為の<特別補習>だ。

 これにより『ただご飯を食べるだけの役立たず』の数は減った。<特別補習>から逃れるためにハンターになり、半年前よりもゾンビウィルスの獲得量は増えたのだ。

 だが、食糧問題解決の最大の理由は、やはり食事をとる人間が減った事だろう。


「私達がサポートしているとはいえ、ハンターの死亡率は上がる一方です。このままでは学園はいずれ人がいなくなってしまいます」

「そうかしら? 一部の強いハンターや委員会は生き残るわ。弱きものが死に、強いものが生き残る。それが自然の流れと言うものよ。

 安心しなさい、福子。貴方は私が守る。いいえ、世界は私とあなただけあればいいのよ」

「それは……」


 何かを言いかけた福子を黙らせるように、カミラは少女を抱き寄せた。そのまま優しくなでるように愛撫し、重なっていく。


「私たち二人だけで、この死に満ちた世界で愛を紡ぎましょう」

「カミラお姉様シュヴェスター……」


 カミラの顔以外何も見えない。重なり合う部分から伝わる体温。福子は思考を止め、カミラに溺れていく。


(小守福子の『犬塚洋子』の記憶消去率、閾値以下。性行為によるそう状態を維持し、更なる処置を追加)


 体を重ねながら、カミラは冷静に思考していた。熱を帯びた表情、熱い吐息、刺激に震える女体、うわごとのように呟く言語。福子の反応を見る限り、かつて共に戦った『犬塚洋子』の事を覚えているように見えない。

 カミラは――カミラの肉体を操る『何か』は、福子に犬塚洋子の事を思い出させないように行動していた。かつてのカミラ=オイレンシュピーゲルのデータを何度も思考してそのキャラクターを学び、それを下地として小守福子に愛を囁き、そして肉欲に溺れさせ。

 愛の鳥籠。福子はカミラという鳥籠に完全に捕らわれていた。幸せなお姉様と共に生き、そして戦うことができる。福子が望んだ理想のハンター生活がここにあった。


(――ああ、全てをお姉様に任せて溺れたい。もうそれでいい。それ以外いらない)


 まだ成人していない福子がそれに抗えない事を誰が攻められよう。否、人であるならば幸せであることに抗う事はできない。


(いい加減で調子者で何も考えないで人の行動に呆れるよりも、完璧なお姉様に全部任せてしまう方が楽でいい。

 黒のドレスに身を纏った銀の剣を持つコウモリの女剣士。私の憧れそのもの。ええ、バス停をもった人なんかより――んっ!)


 何かを思い出しそうになり、体を震わせる福子。一瞬痛みから逃れるようにカミラを跳ねのけそうになるが、無理矢理押さえ込まれる。


「どうしたの? もしかして、ゾンビに噛まれてた?」

「いいえ、いいえ! 何でもないんです。なんでもありません」

「じゃあ……どうして泣いているの?」


 カミラに言われて、福子は自分が涙を流していることに気付く。何かを失ったような、何かを忘れているような……そんな哀しみ。胸に開いた原因不明の何か。どこかで落とした何か。それがとても悲しかった。


「分かりません……。分かりませんけど」


 涙は、止まらなかった。

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