美鶴・ロートンの過去と現在

混合姫ミキシング』――

 その名称は美鶴・ロートンにとって忘れたい過去だった。


「まー、こっぱずかしいデスカラ。日本のことわざでいう所のチューニバリバリとかデスシ」


 その名称に関して聞かれた時、いつもそう言ってごまかしていた。小守福子辺りは『まだパンチが足りないと思います」などと言ってたが、その辺りも含めて話を逸らしていた。


 才能、なんてものを信じるつもりはないがそれが一番しっくりくる描写なのだろう。六歳の子供が複雑な化学式を組み立て、新しいガス理論を考案したのだから。


(なんでみんなこんなことがわからないんだろう?)


 当時の美鶴は、まるで積み木をくみ上げるように複雑な結晶構造を解析していった。温度、密度、そう言った複雑な環境も含めて美鶴からすればパズルだ。楽しむように、遊ぶようにガスを作り出す。

 最初は生活に役立つものだった。機械を効率よく冷やす冷却ガス。安定して炎を生むガス。医療で使用するガス。そして――


「子供でしたシネー。意味もかからず、毒ガス作ッチャイマシター。テヘペロ」


 効率よく命を奪う毒ガス。その開発に手を貸していた。

 それが何に使われるなど、知りもしない。誰も教えてくれない。だからと言ってその事実から逃げるつもりはない。

 美鶴・ロートンは多くの命を効率よく奪うガスを作った。そしてそれは、彼女が知らない所で多くの命を奪っていった。

 それがこの島。御羽火おうか島と呼ばれる島の一端だ。日本本土から遠く離れた島。ネットも電波も届かない極秘の島。そこで行われる研究だ。

 美鶴はそう言った研究に携わり、そして成果を上げていった。だけどその研究の全容は知らなかった。中学生になり、島の外に兵器を売っているのだと漠然に思っていた。それは常識的な用法だろう。人知れぬ島で兵器を作り、戦争をする国に売り込む。それがこの島の実態だと思っていた。だが、実際は――


「マ、その最終目的が不老不死の研究だなんて思いもしませんケドネ」


 兵器売買はあったのかもしれない。そうして得た金でさらに研究を重ね、さらに兵器を売る。そんな死の商人――ではなかった。なんと不老不死。秦の始皇帝もびっくりの目的だった。


「まったく――の君は……イテテテテ!」


 誰がこの事を教えてくれたのか、というのを思い出そうとするといつも頭痛が襲ってくる。誰かがこの事を教えてくれたのに、それが誰だか思い出せない。知り合いに聞こうとしても同じことだ。


「なんなんでしょうかネ、コレ。まあいいデス。今は――」


 美鶴が歩いているのは、とある山の道だ。アスファルトで舗装されているが、もはや誰も通らない事もあり舗装はボロボロで、隙間から雑草が生えてきている。目的地はこの道の先にある建物だ。


「別についてこなくてもよかったんデスヨ」


 美鶴はついてくる男二人に声をかける。


「かつてのパーティメンバーのよしみだ。気にするな。ミーの心は広いからな!」

「『混合姫ミキシング』の研究所跡と聞いたのなら、やはり興味があります」


 一人はかつてパーティを組んでいた十条・金吾。<テレキネシス>持ちで浮遊砲台を使うハンターだ。金にものを言わせた装備とクランの家具効果でかなりのスペックを持つ。兎角力押しでゴリ押す戦術だ。王様気質の成金戦略。

 そしてもう一人は四谷・和馬。炎の毒ガスHCD――聖なるHoly紅蓮のCrimson闇龍炎Darknessを開発した中二病……中学生だ。隠密とガス手榴弾投擲で戦場を荒らすタイプである。あと中二病。


「ミーがいれば万事解決。敵なしだ! 中学生の小僧は帰っていいんだぞ」

「いいえ。毒ガス使い同士にしか理解できない連携があります。十条さんこそ、クランリーダーで忙しいでしょうから無理せずに」

「いやいや、ミーの事は気にせずに君こそ」

「いいえ。十条さんこそ」


 火花を散らせながら『お前は邪魔だから帰れ』とけん制し合う二人。お互い、美鶴に気があることを隠そうともしない。互いを蹴落とそうとけん制し合うが、暴力を振るったりはしないあたりは分別はある。仲のいい悪友と言った感じだ。


(ワタシも罪な女デスネー)


 そんな二人の牽制を見ながら美鶴はそんなことを想う。二人の気持ちは理解している(実際、この半年の間に二人には告白された)し、美鶴も二人に恋慕の感情がないことは伝えてある。それでも『いや、今恋人不在ならまだチャンスはある!』と諦めずについてくるのだ。


「ハイハイ。喧嘩しない。サクッと行って帰るデスヨ」


 喧嘩に発展はしないだろうが、ここで止めておいた方がいいだろう。手を叩いて二人を止め、道を進む。三〇分ほど歩いた後に、古ぼけた建物が見える。


「ここが昔『混合姫ミキシング』が研究していた場所、ですか?」


 疑問を含んだ和馬の声。然もありなん。何も知らなければ、廃墟にしか見えない建物だ。入り口は破壊され、中には数名のゾンビがいるのが見える。逆に言えば危険はその程度だろう。

 正直、美鶴の敵ではない。


「よし、ゾンビを倒した数が多い方がこの廃墟のエスコート役だ。負けたものは外で見張り役。乗るか、小僧?」

「下手な挑発ですが、乗ってあげましょう。炎海で溺死する死者の声が、勝利の鐘となります」

「ソレ、ワタシが勝ったら二人共は外ってことデスケド、それでOK?」


 え? と男二人疑問の声をあげた時にはすでに美鶴は動いていた。一気にゾンビに迫り、凍結ガスを噴霧する。迫るゾンビの攻撃を紙一重で避け、噴霧器をゾンビの口に突っ込んで体内を直接凍らせる。

 十条と和馬が慌てて参戦するが、初動の遅れは大きく響いた。美鶴の一人勝ちである。


「ンジャ、見張りヨロ」

「ミーが言い出したこととはいえ、何たる結果……!」

「信じて待つ。これも愛の形という事か。運命とはかくも非常なり」


 手をひらひらさせて研究所の外にいる男二人に手を振る美鶴。実際、あまり巻き込みたくない――もっと正確に言えば、出来るだけ極秘にしたいのでこの状況はありがたい。


(不老不死。それを研究する人達)


 半年前、美鶴はそのことを知った。【■■■・■■・■・■■■■】と呼ばれるクラン――思い出せないのがもどかしい――にいた時に知ったことだ。


(どーもこの辺の記憶を主出そうとすると靄かかるんデスヨネ。日本のことわざでいう所の貴方のクリアランスでは開示できない情報とか、そういう感じ?)


 考えようとしても思考がそこに届かない。深く追求しようとすると激しい頭痛に見舞われ、度が過ぎれば意識を失う事もある。


(半年前、それを調べようとしていたのは確かデス。――ット、セキュリティは更新されてないみたいデスネ)


 廃棄された建物内を歩き、とある扉の前に立つ美鶴。持っていたカードをスリットに通すと、青いランプがついて『第十三研究室』とプレートが掲げられている自動扉が開く。長い間動いてなかったこともあり、ドアの動きに引っかかるものがあった。


(ワタシは少なくとも何かを忘れてる。忘れさせられてる。どういう手段かはわからないけど、とあることに関する記憶を人為的に忘れている。

 そしてそれは不死研究を行っていた人とは関係はないけど、調べる事でそのなにかと交わるかもしれないデス)


 不老不死研究を調べている時に、頭痛や倦怠感は起きない。忘れている■■■■とは関係がないのは確実だ。

 でも■■■■が不死を研究していた者と、関わらろうとしていたのは何となく覚えている。その理由は思い出せないけど、調べていけばもしかしたらその鱗片を掴めるかもしれない。


(まー、ただの悪あがきデスネ。大事なオモチャを奪われたような、そんな悔しさがあるですヨ)


 中にある資料を集め、記憶媒体も抜き取る。他の研究所の情報とかが分かれば、次はそこに向かってみる。当てのない、そもそも方向性があっているかも分からない創作方法だが、とにかくやってみるのみだ。


「サーテ、帰るデスヨ」


 待たせていた男二人に声をかけて、帰路につく。途中、もう敗戦になったバスの停留所を見つけた。古ぼけた、ボロボロのバス停。


「…………んー?」


 美鶴は何かを思い出せそうで、だけど何も思い出せずにバス停から目を離した。

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