五章 アカデミー・オブ・ザ・デッド!

半年のそれぞれ

早乙女音子は今日も頑張ってます

 朝、五時に起床。身だしなみを一五分で済ませて、バステト様への祈り。

 それが早乙女音子の日課の始まり。【聖フローレンス騎士団】の人数はもう百名を超える。かつての数にはまだ届かないけど、それでもフローレンス様を慕う精鋭達の集まりだ。前の時よりもハンターの質は増している。

 祈りを済ませた後に、厨房に向かう。クランの朝御飯を作るのが音子の務めだ。


「おはようございます」

「おはようございます、早乙女さん」

「さあ、今日も一日頑張りましょう」


 音子の到来から少し遅れて、厨房担当の人達がやってくる。百人近くの朝御飯を作るのは、大作業だ。気合を入れて、作業に挑む。

 とはいえゾンビにより生活圏が狭まった現状、食材はほとんどが工場生産のものだ。それを適度な皿に盛り、均等に配分していく。冷凍してある米を解凍し、フリーズドライをお湯で溶かす。そんな朝御飯。


「早乙女様、おはようございます」

「隠密部隊長殿のご飯は美味しいですからなあ。いつも感謝です」


 作業が終わるころに、声をかけてくるクランメンバーに頭を下げる音子。朝の鍛錬が終わったのだろう。時刻は七時を回った時刻。そろそろ食堂が慌しくなることだ。


「皆様、今日の朝食に感謝ですわ」


 団長のフローレンスさんの言葉と共に、朝食が始まる。皆を守る聖女として常にゾンビと戦う<聖歌>の使い手。生徒をゾンビから守る希望の星。癒しの力だけではなく、その戦術眼の高さも評価されていた。


(いただきます)


 クラン全員の食事が終わってから、音子も食事を行う。手を合わせ、神に感謝した後に食事を開始した。


(今日の予定。隠密班の訓練を行い、書類チェック。その後に新団員の面接。夕ご飯を作りながら、明日の朝御飯の確認)


 すでに決まっているスケジュールを脳内で再確認する。これに加え、不意の出来事への対応と夜はゾンビハンターとしての活動もある。


(今日の訓練は、櫻華おうか学園ですね。、いい隠密訓練所です)


 半年前、学園は崩壊した。

 正確には、学園自体は存在するがその生徒数が大きく減少した。それはゾンビによる襲撃ではない。むしろゾンビに対する対抗勢力は、ハンターの質向上により向上している。

 半年前にハンター委員会と生徒会が掲げた制度が原因だ。


『これより学力テストを行います』

『テストの結果、各学園各学年の最下位から五名を<特別補習>します』


 特別補習。それに選ばれた生徒は、特別室と呼ばれる場所に連れていかれる。そこで補習を受けるという事になっていた。

 だが、特別補習を宣告された者は誰も帰ってこなかった。そしてテストは定期的に行われる。あるいは不意に行われる。その度に各学園から生徒が連れていかれ、そして帰ってこない。

 そして特別補習にはとある抜け道があった。


『ただし、ハンター活動を行っている者は<特別補習>の対象外とします』


 この抜け道を聞いた者は、ハンターに志願する。次は自分が特別補習の対象になるかもしれない。そんなのは嫌だ。そんな事もあり、ハンターの数は激増し……そして初めてのハンター戦で死亡してゾンビになる者も増えた。

 そう言った経緯もあり、学園で学ぶ生徒は極端に減ったのである。その為学園内はほぼ無人。ハンターになっていない生徒は、次は自分のばんだと戦々恐々とした日々を送っているという。


(訓練内容を強化しないと、死亡者は増えていきます)


 事実、【聖フローレンス騎士団】もクランメンバーの死亡率は上がってきていた。それは入団してすぐのハンターの死亡率が高い。そう言ったことを防ぐためにも、情報を仕入れる為に戦場を先行する隠密班の練度は重要視されるのだ。


(多くのゾンビの情報を仕入れ、そしてそれを伝える。その記録が、後に続くクランメンバーの命綱になります)


 だから、<オラクル>を使って情報を仕入れる音子の存在は重要なのだ。そして同時に<キャットウォーク>などで目視して確認する。その情報を元にハンター本隊がその場所を制圧し、そこを拠点にさらに戦端を広げていく。


(初めから全てのゾンビの情報が分かれば、こんな苦労はないのですが――あれ?)


 思ってから、音子は首をひねった。

 今まで、誰かがそういった情報全てを教えてくれた気が、する。

 だから音子は、余裕が出来て、フィラデルフィアをもって、暗殺という形でクランに貢献……していた、はず――


「痛っ……!」


 頭痛で頭を押さえる音子。最近時々頭痛が起きるのだ。気圧のせいだろうか? 雨が降るとか聞いてないけど。


(気のせいですね。音子が隠密以外でクランに貢献できるはずもありませんし)


 頷いて、訓練場に向かう音子。

 その頃には、頭痛は収まっていた。


「来たか、隊長」

「……むぅ、もう少しゆっくりしていてもいいのでござるよ。その分拙者がエヴァンス殿と話す時間が増えたでござるし」


 訓練場の櫻花学園校門で待っていたのは、副隊長のエヴァンス・マッコイとコリン・ジェイミソンだ。エヴァンスは隠密兼ライフル狙撃手。マッコイは隠密兼罠師。共に副隊長として音子を支える立場である。

 最初に隠密部隊に配属された者は皆、『小学生が隊長とか、ふざけんな』と見下すのだが、訓練開始して二〇分でその考えを恥じるのである。

 

「音が漏れてる。そんな歩き方じゃゾンビにすぐ見つかる」

「視線が通ってる。自分が見えるという事は、相手からも見える可能性があることを忘れないで」

「周囲の警戒が疎か。ゾンビはその隙をついてくるから」


 特に音子との訓練は苛烈だった。他のクランやフリーで名を馳せた隠密系のハンターは音子の訓練を受けると自分の未熟さを悟る。今まで培ってきた技術がまるで通用せず、逆に隠れた音子を探そうとしても見つけることが出来ない。

 その隠密技術の高さと、気が付けば背後に立つことから、音子は隠密班からこう呼ばれる。黒いネコパーカーを着て、影から現れるそのスタイルから――


「流石『カゲネコ』でござる。拙者でも五回に一回しか背後をとれないでござるからなあ。さあさ、他の団員に指導してきてくだされ。その間に拙者はエヴァンス殿と談笑して奥でござる故」

「いや、話がある隊長。明日のシフトについてだが――」

「はい。先日との変更点があるんですね。もう少ししたら音子の手が空きますのでその時に」

「ななななななんと!? 拙者の知らない間にミーティングしていたでござるか!? おのれ『ドロボウネコ』め油断ならぬ――」

「あ、コリンくんも一緒に話し合います?」

「無論でござる。いやあ、流石隊長、話が分かってますなあ」


 エヴァンス(♂)が大好きなコリン(♂)。未だに進展しないエヴァンス(♂)と音子(♀)。そんな関係は半年間変わらない。どちらかというとコリンの暴走を音子がエヴァンスを餌にして押さえるのが日常になっていた。


「まあ、あの三人はあれはあれで仲がいいのでしょうね」


 とはフローレンスの呆れたようなため息。提出された書類を確認し、戦術を練り上げる。


(現状、タンク役が不足していますわ。こればかりは素人を割り当てるわけにはいきません。戦術の要ですからね。油断すればあのバス停――痛っ!?)


 タンク役を用いた最高の戦いを思い出そうとして、フローレンスは頭を押さえる。確かVR闘技場での戦いで、相手は………相手は……。


「誰、と戦ったんでしたっけ……?」


 気になってVR闘技場の記録ログを確認する。画面に映るバス停を持った■■■■。誰? 確かに誰かと戦っているんだけど、それをしっかり見ようとすると、頭痛がして、拒絶……。


「はぁ……はぁ……!」


 気を失っていたらしい。体中から汗を拭きだし、眩暈もする。何を調べようとしていたかも、思い出せない。


「ああ、戦術を練らないといけませんわね。ええ、私は【聖フローレンス騎士団】のクランリーダー、フローレンス・エインズワース。この私が心折れるわけにはいきませんわ」


 そして聖女と呼ばれたハンターは思考に耽る。かつて最高の戦いをしたハンターを意識の外に投げ出して。


 こうして【聖フローレンス騎士団】での早乙女音子の一日は過ぎていく。変わらない日常。変わらない生活。

 ただ――


「む、隊長はどうしたでござるか?」

「バス停を見ると無性に心が空しくなるみたいだ。……なぜかは、自分にもわからないらしい」


 副隊長のコリンとエヴァンスは、時折悲しい顔をする音子を見て、それに触れないように遠巻きに見ていた。

 道に立つ古ぼけたバス停。もうバスなんて走っていないこの島にある、無意味なオブジェ。

 失ったモノを惜しむような、そんな表情で早乙女音子はバス停を見続けていた。

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