ボク VS 吸血妃プラス……

 ビルの三階。ご丁寧に放送室と書かれた案内板がある部屋。

 そこに通じる廊下に、彼女はいた。

 片目を隠し、牙を思わせる装飾を施されたマスク。ゴシックな黒ドレス。背中から生えたコウモリの羽根。浮遊ブーツ。そして彼女を守るように展開しているコウモリたち。

 小森福子。

 敵意に見た視線を真っ向から受けながら、そのストレスを誤魔化すように口を開く洋子ボク


「いやー、ラスボスが福子ちゃんとか会長分かってるよねー」


 あははー、と笑いながら頭をかく洋子ボク

 うん、本当にわかっている。福子ちゃんを持ってくるなんて、洋子ボクにとって本当に最高の一打だ。

『命令』されて操られているということが分かっていても、やっぱり手を出しづらい。ここで完全に心を氷に出来るほど、洋子ボクは薄情じゃない。素直な意見を言えば、福子ちゃんに睨まれて心折れそうだ。


「ハンター委員会会長の小鳥遊を襲撃する犯罪者、犬塚洋子。『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』が討たせてもらいます」

「やだなー。同じクランの深い仲なんだからせめて『どうしてこんなことをしたんですか!?』的なドラマとかしない?」

「そんな事実はありません。妄言を吐くと聞いてましたが、どうやらそのようですね」


 そうかい、そう言う設定かよ。

 どうやら今の福子ちゃんは洋子ボクと過ごした日々を知らない……というかなかったことになっているらしい。そんなことまで『命令』できるのか。ホント、ひっどいよね。魂に干渉云々とか、マジ害悪。

 出会ってからこれまでの事を『妄言』の一言で切り捨てられたのは、流石に腹が立った。この怒りは思いっきり会長にぶつけてやろう。あとはこんな技術を作ったにも、かな。


「会長に会いたいんで、退いてもらえるかな」

「通すと思ったんですか?」

「止められると、思ってるのかな?」


 これ以上の問答は必要ない。今の福子ちゃんは洋子ボクを知らない『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』だ。コウモリを繰るハンター。そう自分に言い聞かせながら、バス停を握りしめる。


「咎人よ、己の罪を数えよ! その罪科が汝の鎖となり、痛みをもって拘束しよう!」


『中二病』特有のセリフ。その台詞の文だけ攻撃に遅延が発生し、その分精神が高揚して攻撃力が高まる。同時に『中二病』は他のハンターとパーティを組むことが出来ない。

 だから単体ソロで狩りをするのには向かない。発生した遅延の間に一気に駆けより、バス停を振るう。攻撃発生よりコンマ4秒、洋子ボクの方が早い。そのまま攻撃を止めて、気絶まで追い込めばこの戦いは終わる。


 そんなことは、当然福子ちゃんも知っているはずだ。

 だからこんな所に一人で立っている――はずはなかった。


「…………え?」


 受け止められるバス停。近くの部屋に隠れていたハンターが、洋子ボクと福子ちゃんの間に割って入ったのだ。

 受け止めたのは銀の剣。流れるようなロングの金髪。背中にコウモリの羽根を生やし、夜を思わせるゴシックなドレス。そして福子ちゃんと対になるような牙のマスク。

 見たことはなかった。

 正確に言えば、生きている姿を見たことはなかった。

 見たのは『オウガ』の戦いの時。剣を使うパワーファイターの生徒ゾンビ。

 福子ちゃんの唇が動く。


「カミラお姉様シュヴェスター!」


 愛おし気に、信頼を込めた言葉で。

 福子ちゃんはその名を呼んだ。


「…………あ」


 ぐちゃり、と何かがつぶれた音がした。

 それは物理的な音ではない。心にある何かがトマトを床に落としたように潰れ、どろりと崩れたような。そんな音。


(やめ……)


 カミラ=オイレンシュピーゲル。福子ちゃんの『前』のパートナー。

 同じ光華学園のコウモリ因子を持つ先輩後輩。前衛の先輩と、後衛の後輩。似た装備を着た二人は、まるで人形のようにお似合いだった。金髪でクールな美形と、銀髪で姉を慕う夢見がちな少女。

 彼女は死んだ。でもクローンの洋子ボクを動かす技術を持つのだ。カミラさんのクローンを作り、それを意のままに動かすこともできるのだろう。そしてそれを生きているカミラさんと『命令』されれば――

 洋子ボクのことを忘れ、カミラさんのことを覚えている福子ちゃん。

 それはすごく、しあわせそうで――


(そんなこと、かんがえたくない)


 二対のコウモリ姉妹。あたかも絵画に描かれたかのような美しい二人。二人が並んでいるだけで、人は多くの想像をするだろう。まるで創作の一部を切り取ったかのような二人。

 少なくとも、バス停に拘るお調子者よりも、ずっと形になっている――


(だって、でも……!)


 そうだ。実際は違う。これは『命令』されて自分のことを忘れているだけだ。本当にそこにいるのは洋子ボクのはずだ。福子ちゃんを守り、その視線を受けるのは洋子ボクのはずだ。だけど――


「ありがとうございます。信じてましたわ、カミラお姉様シュヴェスター

「消えなさい、下郎。私の福子に触れないで」

「う、あ……!」


 だけど、これが現実。

 洋子ボクが築いてきた信頼も日常も何もかも、すべて奪われた。取られた。消え去った。会長が『命令』するだけで、全ては奪われる。

 がそれをしなかったのは、人の心の機微が分からないからだった。

 だが、小鳥遊は違う。生徒と同じ目線に立ち、生徒の動向を気にかけ、生徒のよく観察していた。そんな人間だから、人間関係の重要さを理解していた。


コウモリのフレーダーマウス戦争・クリーク!」


 福子ちゃんの声と共に、コウモリたちが洋子ボクに迫る。四匹を待機させ、三匹の攻撃命令と同時に待機コウモリにも指示を出す七体同時攻撃。

 今の洋子ボクにこれを耐えるだけの体力はない。迎撃して、仕切り直すために福子ちゃんの視界から外れるのが最善手だ。下がりながらコウモリを迎撃し、向うの角まで走る――


(あ、れ……?)


 走れなかった。

 気が付いたら全身の力は抜け、見上げるようにカミラさんと福子ちゃんを見ていた。共に信頼し合った二人の戦いの距離感。それを見上げるように崩れ落ちていた。


「あ、そっか……」


 動けない理由は、いやになるぐらいに理解できた。

 ここで勝っても、もう洋子ボクが守ろうとしたものは戻らない。

 小守福子との仲は戻らない。

【バス停・オブ・ザ・デッド】の関係は戻らない。

 ……いや、戻るのかもしれない。会長を倒して、『命令』を解除して、二度と手出しできない様にすれば。

 そうだよ、その為に立たないと。立ってここを突破して、会長の元に向かわないと。だから立て、立て、足を動かし、立ち上がって、立って。立って、立ってよ、洋子ボクの体!


 ――――――――

 ――――

 ――


「最後はあっけなかったですわね。あの神原さんを倒したと聞いたのですが」

「ここまで来るのに体力を使い果たしたのでしょう。事実、先ほどの一撃は鋭い鍛錬を感じるほどだったわ。

 でも、それで終わったみたい。燃え尽きる前のろうそくの如く、最後の一撃だった様ね」


 倒れた洋子ボクを見下ろす福子ちゃんとカミラさん。

 もう指一本動かすこともできず、バス停も遠くに飛ばされている。


「これでお仕事終了ですね、お姉様」

「ええ、帰ってゆっくりしましょう。今夜は狩りをお休みして、朝まで二人で」

「お手やらかにお願いしますわ、カミラお姉様シュヴェスター……」


 言いながらカミラさんは福子ちゃんの頬に手を当てて引き寄せる。福子ちゃんも抵抗することなくカミラさんに顔を近づけ、マスク越しに唇を重ねる動作をする。

 それがとどめの一撃。

 立つ体力も気力も何もかもなくなった洋子ボクは、そのまま闇の中に堕ちていく――

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