ボク VS 【バス停・オブ・ザ・デッド】

 視界を染める白い煙。低温を伴う風が頬を撫でる。

 その奥から躍り出てくるのは、ガスマスク付きの黒いオーバーオールな化学服。手にはガス噴霧器。いわゆるマッドガッサースタイルだ。『ドクフセーグ』に『ETF』。こんな特徴的な格好をしている知り合いは、ひとりしかいない。


「ミッチーさん……!?」

「…………」


 叫ぶ声に応えはない。いつもなら一言言えば三倍ぐらいは帰ってきそうなミッチーさんが、何も言わずに洋子ボクに相対してくる。

 VR闘技場の会場で待機しているはずの彼女がここにいる理由。そんなの言うまでもない。


「ミッチーさんにも『命令』したのかよ! ってことは――」

「…………」


 白い毒ガスが晴れると同時に、ネコパーカーを着た影が洋子ボクの脇を通り抜ける。音も立てない素早い移動。隠密に特化した音子ちゃんの<キャットウォーク>。いるだろう、と思っていたも止めることが出来ない動き。


「あの会長! 【バス停・オブ・ザ・デッド】メンバーにも『命令』していたのかよ!」


 例の『過去に戻って行動したことにする』能力とやらで、命令して洗脳したことにしたんだろう。

 あー、もう! 『命令』の可能性を考慮して『命令』が行かない洋子ボクだけでの行動だったのに、そんなことされるんじゃどうしようもない!

 対抗策があったとすれば『巻き戻し』をさせる間もなく気を失わせるか、何らかの手段で『偽・太極図』とやらを使わさない事だ。……最悪、殺してでも。


「前門のミッチーさん。後門の音子ちゃん。

 ……あとは機を見て福子ちゃんが参加してくるかな。来てほしくないけどね!」 


 冷静に考えれば、洋子ボクを捕らえるのにどうすればいいかを考えれば、この人選は適任だ。

 神原は強い。だけどそれは万能と言う意味での強さだ。

【バス停・オブ・ザ・デッド】メンバーは洋子ボクと共に戦い、そして訓練してきた。いわば洋子ボクの手の内はよく知っている。洋子ボク特攻とも言うべき存在だ。

 洋子ボクがよく使う手段。洋子ボクがやられて困る動き。それを知っているのといないのとでは、戦術の立て方がまるで異なる。そして何よりも――


(精神的に、皆を殴るのは抵抗ある……!)


 ここはVR空間ではない。現実だ。殴れば血が出るし、最悪死ぬ可能性もある。

 だけどこの三人を傷つけずに突破することはできない。

 ミッチーさんをフリーにすれば要所要所に毒ガスを撒き進路を妨害され、音子ちゃんを無視すれば不意打ちされる可能性が高まる。福子ちゃんのコウモリの攻撃力と射程距離、その汎用性は油断できない。

 最低でも二人、出来れば全員無力化しないと、前に進むことも後ろに下がることもできないだろう。


(覚悟しろ、ボク!)


 少しずつ追い込まれながら、呼吸を整える。三人の戦意は高い。その鋭さに当てられて、物騒になる洋子ボクがいた。いつぞやの八千代さんとの戦いのように、戦う事だけに特化していく。


!)


 ただ鋭く武器のようになる僕自身を自制する。犬塚洋子として大事な人達を守るために、大事な人達と戦う。殺意のままに戦えば、全力で戦えばきっと勝てる。だけどそれはゲームの勝利条件かもしれないけど、犬塚洋子の勝利条件ではない。

 この世界に住む洋子ボクにとって/この世界に転生した僕にとって。

 必要なのは何かと問われれば、そんなものは言うまでもない。皆と過ごす日々。ゾンビとの戦いに明け暮れ、死と隣り合わせでも何とか笑って過ごして、明日消えるかもしれないけどなんとかなると笑って。

 そんな非現実ゲームのような日々を仲間と過ごす事こそが、大事なのだ。


(大事なモノを、護るために)

 

 僕/洋子ボクに必要なのは、その覚悟。


(大事なヒト達を、傷つける!)


 矛盾しているけど矛盾していない事。相反するけど、同じ事。

 福子ちゃん達が洋子ボクのことを熟知しているように、洋子ボクもみんなのことを熟知している。 

『命令』されて操られている? 上等じゃん。


「操られていない人間の強さ、見せてあげるよ!」


 イメージする。あの三人なら洋子ボクをどう攻めるか。狭い廊下。ガスで視界を奪って、バステで動きを制限して、福子ちゃんがコウモリを放ってくる。コウモリに対応している隙をつくように、音子ちゃんの銃が洋子ボクの頭を撃つ。あるいは音子ちゃんが先に来て、トドメにコウモリのパターン。

 となると戦術上一番やられて困るのは――


「マッドガッサーいただきまーす!」


 こちらの動きを制限するミッチーさんだ。毒ガスがフィールドから消える瞬間を見計らって突撃し、毒ガスの影響を最小限にしてバス停が届く範囲まで迫る。そのままバス停の駅表示面を叩きつけるように振り下ろした。


「うは! 流石ミッチーさん、避ける避ける!」


 洋子ボクのバス停を避け続けるミッチーさん。洋子ボクの攻撃を避ける訓練を毎日していることもあり、その見切りはかなりのものだ。どうやら『命令』されても身についた実力はそのまま残るようだ。


(となると、体を乗っ取るんじゃなくて『○○しなくてはいけない』っていう強迫観念を刷り込む常識改変みたいなものかな。

 ユースティティアの時は明らかにの意志があったけど、生きている人間にはそれが出来ない、って所か。魂の有無とかそんな感じで!)


 ミッチーさんの回避を見ながら『命令』の性能を考察する。ユースティティアやボククローンの時は明らかにの意志があったし、言葉による会話もできた。ついでいえばユースティティアは単純なフェイントに引っかかるし、ボククローンの動きは洋子ボクには遠く及ばなかった。

 あれらはおそらくが操っていたのだろう。そういえば『洋子に近い魂を作る云々』とか言っていたので、経験や知識などは魂に刻まれているのかもしれない。まあそれは些末事。

 ミッチーさんの回避力が洋子ボクとの訓練で培ったのだというのなら、


「これでリーチ! 一発ツモ、ってね!」


 足を払うようなバス停の一閃――というフェイントの後に、顎にはね上げる一撃。訓練でもミッチーさんは下から上のフェイントに弱かった。

 続くバス停振り下ろしの一打。これでミッチーさんは完全に意識を飛ばし、その場に倒れ伏す。そのまま洋子ボクは――


「やっべ! 迎撃一瞬遅れた!」


 体をひねってブレードマフラーを翻し、迫るコウモリを迎撃する。本来ゾンビウィルスを塞ぐマスクであるマフラーの一閃。その攻撃力は高くなく、腕に足にかみつくコウモリ。ダメージで朦朧としてきた。


「ま、だまだぁ!」


 よろめきながらも、振り向いてバス停を横なぎに払った。背後に迫っていた音子ちゃん。その身体がバス停によって吹き飛んだ。福子ちゃんの攻撃に合わせて、フィラデルフィアを使って洋子ボクを暗殺しようとしたのだ。

 見事なタイミング。見事な連携。だからこそ、来るタイミングは読めた。


(音子ちゃんなら、それを想定して少しタイミングをずらすことはするかと思ったけど……)


 音子ちゃんの思考センスは並以上。一を言ったら一〇まで考えてくれる子だ。洋子ボクがタイミングを読むことを想定して、僅かに攻撃タイミングをずらされればジ・エンドだった。

『命令』されて、融通が利かなくなったか。人の機微を失った戦術故の隙か。

 地面を転がり、痛みにうずくまる音子ちゃん。動くより前に近づき、トドメの一撃を加える。残酷なように見えるけど、ここで隠密されて仕切り直されれば厄介だ。ここで確実に押さえておかないといけない。


(覚悟はしたけど、キッツいなぁ……!)


 見知った人間二人を殴って意識を奪う。医学の知識はないけど、二人が生きていることは理解していた。会長の言う『偽・太極図』とやらの効果なのか、妙な確信がある。ゲーム的に言えばステータスバーが見えているとか、そんな感じ?

 そのまま一気に走って、会長がいると思われる場所――館内放送が出来る場所に向かう。

 会長の手札は、恐らくは福子ちゃんだけ。

 なら何とかなる。そう言い聞かせて、痛む体に気合を入れた。


「どんだけセーブ&ロードしても勝てない相手がいるってことを、教えてあげるよ!」


 



 

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