ボクとヤツと太極図

「……あー、マジで死ぬかと思った」


 肩で息をしながらどうにか立ち上がる洋子ボク。応急処置で出血を止めて、どうにか動けるレベルまで回復する。

 ここまでダメージ受けたのって最初の『オウガ』ぐらいじゃね? 

 ……理由を考えれば簡単な話で、あの時は福子ちゃんとも共闘レベルの仲だったからで、戦いが楽勝になったのは福子ちゃんを始めとしたクランの仲間がいたおかげだ。

 単独ソロで学園最強のハンターと戦ったのだから、当然の結果といえよう。


「……まあ、神原コイツも十全の状態じゃなかったわけだけど」


 地面に倒れる神原を見る。本気で洋子ボクをどうにかするなら、単独ソロではなく部隊を組んで戦うはずだ。【ナンバーズ】はハンターレベルもプレイヤースキルも高い人間ばかり集めたクランだったけど、その真価は軍隊チックな連携にあった。

 仮に【ナンバーズ】の一割でも神原の元にいたら、洋子ボク一人ではもう手も足も出ないだろう。ジェラルミンシールドもった防衛役がもう二人いて、トラップの密度がもう少し厚かったら、今立ち上がる体力も残っていない。


(ギリギリで勝てた……っていうか、ギリギリで勝てる戦力で待ち構えられていた?)

(うん。外にいる【ナンバーズ】もそうだけど、あの数より少なかったら強引に突破する選択肢もあった。かといって多すぎたら、戦意を失って降参していたかもしれない)

(勝てるか勝てないかわからないバランス……。無理すれば勝てる戦力で戦わされた。そんな感じだ)


 息を整えながら、そんなことを考える。ありえないと思いながら、その感覚を拭えない。

 この兵力を割り振ったのは『命令』できる会長だろう。

 如何に会長が全ハンターの戦力を的確に判断し、知っていたとしても疑問は残る。いくらなんでも、洋子ボクが『あ、これやっばい』と判断して逃げるラインを見極められたとは思えない。

 逃げるか否かの絶妙なライン。なんとか戦ってどうにかできるかも、っていうその分水嶺を知っているかのような絶妙さだ。そんなの、一緒に戦って来た福子ちゃんだって見極めるのは難しいだろう。

 ――と考える洋子ボクの耳に、聞きなれた音楽が響く。洋子ボクのスマホ着信メロディだ。痛む体を堪えるようにしながら移動し、入り口に置いてたスマホを拾う。

 画面をみた洋子ボクはものすごく嫌な顔をしていたと思う。今一番見たくない名前がそこにあったのだ。


「あー……この電話は現在使われてないからバイバイ!」

『はっはっは。冷たい反応ですね。先ずは神原打倒、おめでとう。これで貴方が六学園最強のハンターですよ』


 電話をかけてきたのは、小鳥遊会長だった。

 そのまま通話を切ってやろうかと思ったが、それより早く声をかけられて指を止める。


『そろそろ気付いたんじゃないですか? 用意周到すぎるって』


 む。それは散々実感していた。

 相手に準備時間を与えてはいけないとばかりに大会直前に会長に襲撃し、その襲撃自体も福子ちゃんを始めとしたクランメンバー以外には伝えていない。加えて会長黒幕説は伝えてあるから不審な電話には出ないように念押ししている。

 盗聴器の可能性も考慮した完全な不意打ちのはずだったのに、見事に読まれて待ち伏せされたのだ。


「全くだよ。完全に君の手のひらの上じゃないか。御慧眼、とか言って褒めておきながらその裏で舌出して笑ってるなんて酷いんじゃないかな!」

『いやはや全く。ですがでは本当に不意打ちだったのですよ。本気で貴方の頭の良さに驚いていたんです』

「……は?」


 何言ってるのさ、この会長。


「へー。つまりキミはあの瞬間で不意を撃たれたけど、この短い間でこれだけの襲撃計画を練り上げて【ナンバーズ】を派遣させた、っていうの? あれからまだ一時間も経ってないよね?」

『犬塚さんの可能性『偽・太極図』に関して説明しましたよね。世界全てを識る力なのだと』


 突然話を変えてくる小鳥遊会長。

 ……いや、話は変わっていないんだ。会長の中では、この話は繋がっている。それを察して、沈黙を保つ。


『貴方の『偽・太極図』のように、私も『偽・太極図』を持っているのです』

「は?」

『世界に意識を向けることができる貴方に対して、私の太極図は自分の事に特化しています。自分自身の過去・現在・未来に意識を飛ばし、その事象に干渉する』

「……つまり?」

『犬塚さんに詰め寄られたあの瞬間、私は自分の意識を過去に飛ばしました。そしてその時間軸で貴方の襲撃計画を立てたのです』


 …………えーと、どういうこと?

 つまり、洋子ボクの襲撃は完璧だった。うん、それはウソじゃないんだろう。

 だけど魂だか意識だか精神だかを過去に飛ばした? その過去で計画を練って、今発動させた?

 動画でいえば、登場人物じぶんが危険な目に遭いそうだからシークバーをいじって動画内の時間を前に戻して、そこから再行動。不意を討たれなかったことにして現在に戻ってくる。

 何それぇ!? セーブ&ロードとかそんなレベルでチートじゃん!


『いやはや、苦労しましたよ。過剰に戦力を投与すれば貴方は逃亡しますし、かといって加減が過ぎれば『偽・太極図』の性能を測りきれない。

 ともあれ、貴方の行動に先回りできたのはそう言う理由です』


 お、おう……。

 あまりと言えばあまりの事に、二の句も告げない洋子ボク。いやだって、なにこのラスボス感! なんでここだけ別世界っぽい能力使ってるのさ! 洋子ボクなんかゲーム知識と能力がかぶってるのにさ!

 などと怒りをぶつけても仕方ない。いや、ぶつけてもいいとは思うけど間違いなく笑って受け流されるだろう。


「……確か、相反する魂と肉体を持っているから『たいきょくなんとか』なんだよね?

 ってことは、もしかしてキミもそんな状態なの?」

『はい。男の肉体に女性の魂を持っています』

「つまりキミも転生者?」

『転生? 仏教思想ですか、それとも輪廻サンサーラ?』

「……あー、うん。忘れて」


 転生とか、ラノベとか読まない人が聞いたら首傾げるよね。


『男性の肉体に女性の魂を持つ私。女性の肉体に男性の魂を持つ貴方。

 この二気を組み合わせることで、太極図は完成します。太極図を完成させれば、いずれ根源にたどり着く。そうなれば、時間軸を含めた世界全てを掌握することもできるでしょう。全人類を不老不死にすることさえも容易い事』

「そこまですごい能力を持っているのに、不老不死に拘るんだ。

 無様だね。そこまで死にたくないの?」

『死の克服は副産物です。全人類を仙人にする事こそが最終目的。宇宙の真理全てを識り、更なる高みに至るために』


 仙人? よくわからないけど、理解し合えないのはよくわかった。


「そんな意識高いのはまっぴらごめんでね。ボクはボクカワイければそれでいいのさ。宗教ゴッコは身内だけでやってくんない?」

『ええ、身内で楽しみますよ。全世界と言う身内で。全人類を進化させるために、貴方の存在を融合させてもらいます。逃がしはしませんよ』


 スマホ越しに聞こえる平坦な言語だが、その意志は嫌になるぐらいに通じる。

 時間を操作する、とは言ったが会長の努力は並みならぬものだろう。洋子ボクを逃さないために周到に罠を張ったのだ。下手に動けば彷徨える死体ワンダリングに感知されたかもしれないのである。

 レアアイテム手に入れる為に何度もセーブロードを繰り返すとか、ゲームに例えるならそんな感じ? そう考えると、会長も無敵じゃない気がしてきた。この状況も、四〇九六回ぐらい繰り返したのかのだろう。ボク、超レアユニットだしね!


「熱烈ラブコールありがと! だけどボクはそう簡単にゲットできると思わないでね!」


 落ちていたバス停を拾いあげる。アサルトライフルでボロボロになったけど、まだ戦える。

 痛む体を引き摺るように、洋子ボクは歩き出す。

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