ボクと神原の決戦!

 さて、状況を整理しよう。

 部屋の中にいる神原。その入り口の壁で足を止めて居る洋子ボク

 神原は部屋の中から出るつもりはない。待ちに徹するのは、洋子ボクに手りゅう弾などの爆薬的な武器がないことを大前提とし、部屋内に罠を仕掛けてあると見るのが妥当だろう。自分を巻き込まないレベルの罠で足止めし、確実に洋子ボクを狙い撃つために。


(と、なると罠は単純なワイヤーか、煙幕あたりか。疲弊具合を考えると、回避したい所だね)


 神原との距離はおおよそ五メートルほど。二歩か三歩でバス停が届く範囲だ。逆に言えば、神原は洋子ボクがその距離を詰めるまでに弾丸を叩き込めればいい。

 銃と近接武器。最大の違いは、やはりその攻撃が届く範囲だろう。神原が今装備しているアサルトライフルは三百メートル離れても問題なく弾丸は届く。銃身が長すぎない為、室内戦だろうが問題なく使えると来た。ええい、厄介だな!

 弾切れを誘発するのは無駄だろう。神原もそれぐらいは考えている。無駄弾を撃つような相手ではないし、万が一弾切れなり弾詰りジャムを起こすなりすれば、リロードせずに武器を捨てて、即座にサブ武器に切り替えるはずだ。その方が早いし。


(つまり、この三歩を如何に詰めるかが勝負なわけか。部屋に罠があることを前提として、アサルトライフルによる毎分600発の弾丸のシャワーを潜り抜け、そこまでして初めてバス停での近接戦闘に持ち込めるわけなんですが!)


 やっぱり『AoD』クソゲーだ。近接攻撃がどれだけ不遇なのか。現実的であれば何でも許されると思うなよ、こんちくしょう。

 愚痴っても已む無い。シャドウワンによる幻覚はもう使ったし、覚悟を決めて飛び込むしかない。ここでスルーして会長の元に向かうという選択肢もあるが、そうすると今度は神原から追いかけられることになりかねない。


(そうなると、勝率はぐっと減るよなぁ。拠点防衛よりも拠点攻略向けだし)

 

 我が2ndキャラの構成はよく理解している。防御に回ってくれるだけ、勝つ見込みはある。……まあ、どれだけステータス的に不利だろうが、勝つのは洋子ボクだけどね!

 いつものテンションおちょうしものを取り戻し、バス停を握りしめる。相手が弾切れ寸前とか、運悪くジャムりますように!


「いっくぞー!」


 掛け声と同時に部屋の中に突っ込む洋子ボク。わざわざ掛け声をあげて教える義理はないけど、せいぜい神原の反応がコンマ二秒早まるぐらいだ。それで一歩以上踏み込めるわけでもない。なら気合優先!

 無言で引かれるアサルトライフルの引き金。目線、銃口の向き、足の角度。それらを総合して弾丸が掃射される範囲を想定し、跳躍する洋子ボク。部屋の中は弾避けになるものはすべて排除されており、隠れる事もできない。

 神原から見て時計回りになるように走る洋子ボク。脇が開けば狙いは甘くなる。だから逃げる時は相手の効き手側。そんな何処で聞いたかわからない言葉に従うように部屋を走る――が、神原がそれで狙いを外すこともない。


「やっぱりムリゲ―じゃないかちくしょう!」


 叫びながら防御のためにバス停の時刻表示板を盾のようにして構える洋子ボク。ただの銃弾なら十発ぐらい防ぐことはできる。被弾覚悟でバス停を盾にしたまま突っ込むこともできただろう。

 だが、アサルトライフルの連射はそうはいかない。弾丸数も多く、防御に回ればそのまま降り注ぐ弾丸の雨で削られてしまう。防御に回った瞬間に、敗北確定。このまま洋子ボクのカワイイ体はひき肉になってしまうのか!?


「一歩!」


 弾丸の嵐の中、一歩進む。広範囲を面制圧するアサルトライフルの弾丸。その弾丸の行き先を予測するように斜めに進む。見て避けたのでは到底間に合わない。経験と知識。無数の失敗から学んだ神がかりの一歩。


「二歩!」


 バス停の時刻表示板で弾丸を受け止めながらの前進。バス停は弾丸を受ける端からボロボロになり、盾として使用している時刻表示板はすぐに使えなくなる。その間にも洋子ボク自身被弾して、痛みが走る。


「三――!」


 歩、という言葉を紡ぐ前に足をとられる。足元に張られたワイヤートラップ。近接戦闘を仕掛けてくるだろう洋子ボクに対し、自分の周辺に張った神原の罠。それに足をとられてしまう。転びこそしないが、踏み込みは止まってしまい――


「あがっ!?」


 ライフルの銃床で殴打され、そのまま地面に倒れる。腕を踏まれ、見下ろすように銃口を向けられた。動けば撃つという遠回しの降伏勧告だ。


「流石、詰め将棋のような戦術だ」


 神原の手腕を誉める洋子ボク。僕が洋子ボクを部屋の中で待って攻略するならこうする。その最善手を披露してくれたのだ。褒めるしかない。


「ワイヤートラップまで迫られるとは思わなかったがな」

「そう? ボクは予想できたよ」


 予想通りの動き。予想通りの戦術。

 相手はもう一人の僕だ。僕ならこうする、という動きそのままだった。あそこにワイヤーを仕掛けるという行動も、動けないと判断した相手に銃口を突きつける行為さえも――!

 だから、対策は打てる。


「いえーい! ボク参上、だよ!」


 入り口から聞こえる声。それは紛れもない洋子ボクの声。

 それはスマホに録音した洋子ボクの声。時間が来ればタイマーで作動するようにした音のダミートラップ。

 通常ならこんなモノ、無視できただろう。

 だが洋子ボクは事前にシャドウワンで同じことを言って、神原を惑わそうとした。あれはあっさりとニセモノだと看破されたが、もしかしたらあれは本物かもしれないという疑問が湧き上がってくる。

 一秒思考すれば『ありえない』と判断できるくだらないひっかきまわし。だけどその一秒が命取りになるのが戦場なのだ。振り向けばその一秒を節約できる。そんな状況で、敢えて一秒思考する余裕はありやなしや?


(――逸れた!)


 神原は洋子ボクに銃口を向けたまま、僅かに首を傾ける。洋子ボクから目を逸らしはしない。油断もしない。銃口から指を離しもしない。ただわずか、入り口に気を向けた。

 そのわずかに、洋子ボクは賭けた!


「どっせーい!」


 背筋に力を込めて、神原が持つアサルトライフルを蹴り上げる。腕から飛ばすことはできなかったが、隙が生まれればそれで十分。僅かに後ろに下がる間に、勢いづけて起き上がる。このまま一気に殴りかかって勝負を決める!

 神原が一歩下がれば、洋子ボクの拳は届かなくなる。そして銃口を突きつけられれば、今度こそ対抗手段はなくなる。もう手品の種は品切れだ。


「くそ――」


 混乱から立ち直り、反歩下がる神原。洋子ボクの拳が振るわれたのはこの瞬間。その拳は真っ直ぐに神原の頭に――叩き込まれることはなかった。アサルトライフルを捨て、素手で防御したのだ。そのままもう半歩下がりながら、懐からサブ武器の拳銃を抜こうと――


「――させないよ!」


 拳を振るった勢いのままに飛来する洋子ボクのブレードマフラー。鋼線が編み込まれた赤いマフラーは、洋子ボクの動きに合わせて軌跡を描く小さな刃。それは銃を抜こうとした神原の腕を裂いた。痛みで銃を落す。


「おりゃああああああああ!」


 ここが勝負の決め時、とばかりに吼える洋子ボク。拳を振るい、神原に叩き込んでいく。ボクシングとか拳法とか知らないけど、とにかくパンチで攻め立てる。この機会を逃せば、もう洋子ボクの体は動かなくなるだろう。

 限界ギリギリのダメージを根性とかアドレナリンとか高揚とかバーサーカーとかそんなので無視し、とにかく殴り続ける。殴っている洋子ボク自身、痛かったり息切れして何が何だかだったり――


(大丈夫。リソース的にはまだまだいける)


 同時にそんな洋子ボク状況ステータスを冷静に見降ろす自分がいるのも、確かに理解していた。これが会長の言う『偽・太極図』の効果なのか、あるいはゲームとしてこの世界を見ている僕の感覚なのか。それはわからないけど――


「か、勝ったぁ……!」


 背中から倒れる神原。それを見ながら、洋子ボクは膝から崩れ落ちながら勝利の雄叫びをあげるのであった。

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