ボク VS 学園最強!

「ま、その時はその時! ゲームっていうんなら乗ってあげるよ!」


 ――なんて言ったことを数十秒後に後悔することになる。


「にぎゃあああああああああ!」


 情けない声をあげる洋子ボク。そのまま地面を転がり、その背中を叩きつけるように衝撃波が飛んでくる。三半規管がぐるぐるしているけど、ここで止まるわけにはいかない。何とか転がって物陰に隠れる。


「わ、わ、わわわわわ!?」


 さっきまで洋子ボクがいた場所に、着弾するライフル弾。向かいのビルに居るスナイパーからの狙撃だ。回避があと一秒遅れれば、弾丸は洋子ボクの身体を貫いていただろう。

 曲がり角に仕掛けたワイヤ―トラップからの爆発+逃げた先へのライフル狙撃。こんなものは序の口だ。

 爆発音で視覚聴覚を誘導しての背後からの襲撃。窓からの狙撃を避けてしゃがんだところに溜まっているガス。狙撃を避けるためにカーテンを閉めれば、光感知で作動するトラップ。

 殺意が一段階上がった【ナンバーズ】のトラップ群。初見殺しにもほどがある!

 そしてそのトラップ群よりもさらに厄介なのが、


「死ね」


 と言ったかどうかは分からないけど、壁越しに放たれる銃撃。単発だが、見えない場所から撃たれる恐怖はむしろ精神的にクる。

 44マグナム弾。マグナムっていうのはざっくり言うと、通常弾より火薬量を増やした弾丸のことだ。規模によってはティラノザウルスも倒すと豪語するほどである。『AoDゲーム』では壁越しの攻撃が可能で、建物内などの入り組んだ戦場で重宝される。……ちょうど今みたいね!

 そしてそれを撃っているのが――


『どうだい? 【ナンバーズ】代表の神原刹那に狙われるのは』


 スピーカーから聞こえる会長の声。

 今ビル内で洋子ボクを追い詰めているのは、最強軍人系クラン【ナンバーズ】代表、神原刹那。銃器最強のこの世界において、銃を扱うのに特化したスキル構成。そして様々なレア銃を持ち、どんな状況でも戦えるハンター。

 なんで詳しいかって、そこまで育てたの僕だからね! 僕の2ndキャラだもんね!


(まさかその努力がこんな形で帰ってくるなんて、酷くない!?)


 おそらく建物戦に特化した装備をしているのだろう。トラップでこちらの体力と精神を削り、壁越しに撃って相手を追い詰める。逃げ場を完全に封殺して、最大火力でトドメ。手榴弾からのアサルトライフルフルオートあたりか。

 対して洋子ボクの装備はバス停にブレードマフラー。服はいつもの橘花学園制服。オトリ用のシャドウワン人形。もうふざけているとしか思えないよね、この装備の差。自分で選んだんだけどさ。


「これだけ派手にやって誰も来ないってことは……上位命令とかで人払いをしているのかな?」


 銃声や爆発音。これだけ大ごとになっているのに、悲鳴の一つも上がらない。ハンター委員会のビルなんだから、委員の生徒の一人でもいそうなのにそんな気配はない。そして騒ぎを聞きつけて誰かがやってくるという事もない。

 本当に用意周到だ。完全に不意を突いてのインタビューのつもりだったのに、小鳥遊会長はそれを予想していたかのように動いていた。


「そこがわっかんないんだよなぁ。これだけの準備をするのなんて一日二日じゃすまないだろうに」


 上位命令とやらがどれだけ相手に言う事を聞かせられるかはともかく、【ナンバーズ】の一部隊やハンター委員会の人達。ついでに言えば人払い。それだけの人数に『命令』するのは大変だろうに。

 そもそも命令できたとしても、ここまで手の込んだ戦場ステージを用意するのも一苦労のはずだ。スナイパーを含めた部隊の配備。ワイヤ―トラップの設置。洋子ボク襲撃の計画。如何に【ナンバーズ】が有能とはいえ、簡単に立案できるものでもないはずだ。


「今はそれを考えている余裕はないか」


 ヤらなきゃヤられる。トラップや銃撃の殺意が、ボクの心のタガを外していくのが分かる。人に武器を向ける意味を理解しながら、どこか現実離れしていく感覚。

 ――思考する。

 ――思考する。

 ――思考する。


 戦場ステージ――ビル。地図把握マッピング、完了。

 敵性エネミー――神原。戦闘能力ステータス、把握。

 取りうる動き。作戦。想像イメージ。相手の勝率――98%。

 2%のスキは――


 回転する思考。白と黒。二匹の魚がくるくると回る。

 このビル自体を上から見下ろすような感覚。否、『Academy・of・the・Dead』というゲームをプレイしているような感覚。モニター越しに世界を見て、洋子ボク自身をキャラと見立てるような感覚。

 世界そのものを俯瞰し、相手を打倒する熱を込めながら同時に冷静になる。ゲームに勝つ。適度な力の入り具合と、適度な力の抜き具合。緊張と弛緩。相反する二つの感覚。

 回る。回る。相反する二つが回る。

 男で、女で、 

 熱く、冷たく、

 緊張し、力を抜き、

 キャラと同一化しながら、キャラではないと切り離し――


「――ふっ」


 足が動く/キャラを動かす

 脳内でイメージした地図から/サイトで見た地図から

 神原に通じる最短ルートを/エネミーを攻撃するために

 トラップを仕掛けている場所を想像し/自分ならここに仕掛けるだろう場所を避け

 移動を察知されたのか撃たれるけど痛みに耐え/攻撃されて耐久力的な数字が減るけどまだ大丈夫

 進む、進む/移動、移動

 強引なトラップ突破で痛む体を押さえながら/数字的にはまだ大丈夫


 神原/敵のいる部屋の前にたどり着く。


「いえーい! ボク参上、だよ!」


 ポーズを決めて神原の前に飛び出る洋子ボク。神原はあっけにとられることもなく、振り向いて容赦なくアサルトライフルを掃射する。

 洋子ボクの姿は煙が晴れるように掻き消えた。


「シャドウワンによるニセモノか」


 さして驚くこともなく告げる神原。実際、撃った弾丸もそれほど多くない。初めからシャドウワンによる囮なのだと気付いていたのだろう。


「シャレが効かないなぁ。一瞬あっけにとられるぐらいじゃないと、モテないぞ」

「恋愛にかまけている余裕はない」


 壁越しの会話。こちらの冗談に乗ることもなく、硬く会話を閉じる神原。あー、うん。2ndキャラかんざきは効率重視だったからね。遊びがないキャラならこうなっちゃうのはしかたないのかな。


「それにしても【ナンバーズ】の神原ともあろうものが会長にいいように扱われるなんて、悔しくないの?」

「これも仕事だ」

「ご苦労様。どれだけ時間かけた襲撃計画かは知らないけど、ボク一人に手の込んだ作戦じゃないか。精鋭を一部隊投入するとか正気?」

「正気だ。貴様の実力を考慮すればこれでも足りん。ビル内も俺一人じゃなく、もう少し数を導入したいぐらいだ」


 軽口交じりの言葉に苛立ちを押さえるように応える神原。

 口ぶりから察するに、襲撃計画は一から十まで【ナンバーズ】が立案したわけじゃないのか。もう少し戦力を導入したいみたいだし。自分達じゃない誰かの作戦を受け入れた、という感じだ。

 誰……だなんて言うまでもないだろう。会長の『命令』だ。


(思えば最初から変だったんだ)


 洋子ボクをビルに追い込んだり、更には中にいる戦力が神原一人だったり。

 そりゃ神原は強い。自画自賛っぽいけど、勝つために構成された装備とスキルだ。強くて当然。そして【ナンバーズ】は勝つために人を厳選したクランだ。学園最強の名は伊達じゃない。

 洋子ボク一人を無力化するのなら、初めから火力全開で攻めればいい。そして洋子ボクを傷つかないように配慮した、というのは絶対にない。


(何せボクは不老不死になりそうな可能性が高いっぽいからなー。殺さなければ良い、ぐらいには思ってそうだね)


 洋子ボクをAYAMEやカオススライムと同等と思っているのなら、こんな手加減なんて絶対にしない。むしろ相手に何もさせないうちに勝負を決めるだろう。僕ならそうするし、なら神原もそうする。

 おそらくは、試されているのだ。

 犬塚洋子は本当に小鳥遊会長の思うような可能性……『偽・太極図』を持っているのか? 

 それは神原を押さえるほどのものなのか? 会長の期待に応えられるものなのか?


(わずかな勝機を手繰る寄せられるか否か。それを見極めようとしているってか。

 ならその油断をついてやるよ。神原も、そして会長もね!)

 

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