ボク VS ナンバーズ!

 部屋の中で広がる閃光と騒音。それが収まると同時にドアから入ってくる数名のハンター達。銃を構え、会長を守るように展開する。

 連携の取れた突入作戦。スタングレネードで無力化して、一斉突入、人質の確保と同時に犯人を拿捕。スタングレネードで視覚と聴覚を混乱された人間は立つことすらできない。


「いきなり何するのさ!」


 なので、洋子ボクがこうやって立って叫べるのは、とっさに窓を割って外に飛び出せたお陰だ。ここが一階じゃなかったら、落下ダメージで酷い目に遭っている所だ。直撃を避けたおかげで、くらくらする程度で済んだ。


「――――!?」

「…………!」


 目の前でインカムに何かを言っているハンター。スタングレネードを部屋の中に投擲したのはこの二人だろう。軍人教育な氷華学園の制服に物々しい装備。鍛えられた肉体と不測の時に動じない精神。

 そんな人間が、ただの悪戯で会議室にスタングレネードを投げ込んだわけはない。明確に部屋の中にいる人間を確保するために行動したのだ。その証拠に、警棒を手にこちらに殴り掛かってくる――!


「ほわぁ!? ちょ、何するのさ!」


 この氷華学生が洋子ボクを捕らえようとしているのは解る。ただその理由が分からない。いきなりこんなことをされる筋合いはないんじゃないかな!?


「犬塚洋子! 貴様には『彷徨える死者ワンダリングと手を組んでハンターを殺した』疑いがある!」


 ようやく戻ってきた聴覚に、そんな言葉が届く。


「うえええええ!? なにそれ、なんでボクがハンターを殺さないといけないのさ! 濡れ衣着せるにしても突拍子なさすぎない!?」

「黙れ。VR闘技場の出場者を襲っておいて何を言うか!」

「貴様がハンターに何らかの敵意を持っているのは明白だ! あまつさえハンター委員会会長を襲うとはな!」


 ――つまり、こういうことか。

 普通のハンターなら出会えば死亡確定な彷徨える死者ワンダリングに何度も交戦し、生き残った洋子ボク。それは彷徨える死者ワンダリングと何らかの密約を結んでいるのではないか? そんな疑いをかけられている。

 ……まあ、AYAMEとか八千代さんとか仲が悪いというわけじゃないけど、でもあの二人は洋子ボクの命狙ってるわけで! 時々命の危険感じるんだよ、マジで!

 で、VR闘技場出場者の襲撃。これは言うまでもなく、ボククローンが襲撃したから普通に考えれば犬塚洋子に疑いがかかる。うん、これは仕方ない。仕方ないんだけど……。

 この二つの容疑で、『会長と会見している時に』『問答無用で襲撃』というのは流石に出来過ぎている。ありえないを通り越して、悪意すら感じる。


「……はめられた?」


 会長と二人きりで会議室に入り、そこを襲撃された。問答無用のテロリスト拘束扱いでだ。

 小鳥遊会長が洋子ボクを罠にはめた、と考えるのが妥当なんだけど……。


(嘘だろ? いつ連絡したのさ!)


 今日会長に押し掛けたのは、不意打ちのはずだ。【バス停・オブ・ザ・デッド】のメンバーにしか告げてない。あの三人が洋子ボクを裏切って、会長に情報をリークした? そんなはずはない。少なくとも洋子ボクはそれはないと信じられる。

 それに会長だって洋子ボクの到来に言葉を詰まらせていた。洋子ボクが来ることは予想していたが、ここまで真相に迫るとは思ってなかったと自分でも言っていた。つまり、会長自身話がここまで進むとは思ってなかったはずだ。


(なら、初めからボクを捕らえるつもりだった? 何時来るかもしれないボクを? その為にわざわざ人を配備して?)


 それこそありえない。洋子ボクが会長を訪れるタイミングが予想されていたとか、非現実的すぎる。

 しかし現実として洋子ボクは捕らわれようとしている。


「とにかく今は!」


 迫る氷華生徒の警棒を一歩下がって避け、その横を通り抜けるように走り出す。もう一人の氷華生徒が、洋子ボクの走る先を塞ごうと回り込む。見事なツーマンセル。訓練された通りの動き。


「予想通りの動き、ありがと!」


 そう来ると思っていたのなら、対応は簡単だ。その場でくるりと反転し、逆方向に走り出す。進むと見せかけたフェイント。稼いだ時間はせいぜいコンマ4秒ほど。その間に一気に距離を稼ぐ。


「たった二人でこのボクを捕まえようなんて、ムリムリ! 一部隊ほど連れてきて出直してき――なぁ!?」


 出直してくるまでもなかった。

 逃げる先に待ち構えていたかのように出没する氷華生徒。さらに別の逃げ道を塞ぐように展開している氷華生徒。本当に一部隊程で、逃げ道を塞がれている。

 氷華学生が銃を構え、引き金を引く。実弾ではなく暴徒鎮圧用のゴム弾だ。だが当たり所によっては骨折もありうる。それを躊躇なく撃ってきた。

 彼らの包囲網は、じわりじわりと狭まれてくる。隙の無い動き。何処かを一点突破しようとすれば、背後から取り押さえられる。完全に退路を断たれた形だ。逃げる先は、逃げ出したビルしかない。


「ここまで用意周到とかさすがになくない!?」


 追い込まれるように――実際追い込まれたんだけど、ともあれビルに入る。追いかけてきてくればどこかの窓から逃げるつもりだったけど、その逃げ道を防ぐようにビルを包囲するように展開する。


「やばいやばいやばい! 完全に手のひらの上だ!」


 スタングレネードから逃亡経路防止の流れ。人数の配備も含め、完璧に手玉に取られている。

 ――いや、実際の所は突破可能だ。どれだけ練度が高かろうが、個人戦闘力では洋子ボクの方が強い。一点突破で逃げる事は無理じゃない。スタングレネードのダメージも抜けてきたし、その気になれば突破はできる。


(突破――あの氷華生徒を力づくで殴って倒せば、できる)


 だがそれは力技だ。バッグの中にしまってあるバス停を抜いて、彼らに殴り掛かることになる。VR空間ではなく、現実で。下手をすれば、彼らを殺してしまうかもしれない。

 八千代さんの時は問答無用だった。そうしなければ本当に死んでいた。だから葛藤している余裕なんてなかった。

 だけど今は違う。殺意はなく、悪人ぼく(濡れ衣だけど!)を捕らえようとするだけの氷華生徒。八千代さんの時ほど切羽詰まってはいない。

 なによりも選択肢がある。殴らなくてもいい。逃げることができるかもしれない。そんな猶予。それが戦う事を拒否させる要因になっていた。


『どうです、学園最強と言えるクラン【ナンバーズ】の連携は。さしもの犬塚さんも手を焼いているようですね』


 スピーカーから聞こえてくる、小鳥遊会長の声。


『彼らは私が上位命令を出して操っています。つまり、私をどうにかしないと彼らは止まりません。今ここを逃げても、四六時中貴方を追い詰めるでしょう。

 そこで、ゲームをしましょう。貴方が私の所に着て降参させることが出来たら、彼らを撤退させます。罪状も解除しましょう』


 げーむぅ?

 ここまで有利に追い込んで、何を言っているんだろうコイツ。洋子ボクを捕らえたいなら、このまま堅実に氷華学生……【ナンバーズ】を進めればいい。わざわざ手の内を晒して、自分を危険に追い込む理由はないはずだ。


『信じる信じないは貴方にお任せしますよ。ですが制限時間は設けましょう。十五分後に包囲している【ナンバーズ】がビル内に突撃します。それまでに私を押さえる事が出来れば、貴方の勝ちです』


 言葉に洋子ボクを侮るような感じはない。優位を楽しむような油断もない。表情こそ見えないが、何かを推し量るような慎重さを感じる。

 何らかの罠なのは間違いないんだろうけど……。


「ま、その時はその時! ゲームっていうんなら乗ってあげるよ!」


 

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