ボクの魂と肉体

「女の身体に男の魂、ねえ」


 先ほどとは一転、今度は洋子ボクが驚き言葉を濁すこととなった。

 ゲーム転生。元は男性だった僕の魂は、犬塚洋子というゲームの女性キャラに転生してしまう。いろいろあって女性の体になじんではいるけど、精神とかは男性のままなのだろう。男性に抱かれたいなんて、欠片も思わない。


(まあ、これは、福子ちゃんにさんざんアレコレされて女性の凄さを教えられたこともあるんだけど……!)


 年代的にもハンターの実力的にも後輩といえる存在に、夜は逆転されてしまうというのは、その、恥ずかしいんだけど、もう逆らえないというかなんというか。むしろもう流されちゃいたいというか。

 いや今はその話ではなく!


「えーと、いつ気付いたのかな?」

「初見です。急激にハンターランクを伸ばしたので色々調査をしていまして。その動きを見てこれはと推測し、初めて会ったときに魂の波長を見て察しました」

「AYAMEも魂を見るとか言ってたけど、そんなこと本当にできるの?」

「彼女のはオウカウィルスによる視覚強化の結果でしょうね。私の場合は、まあ修行の結果と言っておきましょう」


 修行と来たか。よくわからんけど、実際に洋子ボクの状態を言い当てているのだからそういうものだと納得するしかない。


「それはには?」

「もちろん言っていません。おそらく永遠に気づかないでしょう。彼らは生徒の状態を数値データとしか見ていない。実の所、私も事前情報が無ければ気付かなかったでしょうし」

「事前情報……急激にハンターランクを伸ばしたこと?」

「はい。より正確には貴方の動きです。

 貴方はまるで


 会長の言葉に、背筋がぞくりとするのを感じた。

 僕の強みは、この世界が『AoDゲーム』世界で、その情報を知っていること。生きるか死ぬかのギリギリを見極め、そのラインを軸に最大限の攻めを行う戦術を立てて動ける事。

 まさに会長の言う通り。僕はこの世界の全てを知っている。


(……まあ、半年でサービス終了したゲームだから、未公開データとか知らない部分はあるんだけど)


 だが、そこまで知られているというのは驚きだ。

 もしかしたらこの人は、僕がゲーム転生したことを知っているのかもしれない。


「ま、ボクは頭脳明晰で完全無欠なハンターだからね! 何でも知ってて当然さ!」

「ええ。比喩抜きでそうなんでしょうね。そんなあなただからこそ、不老不死に近い。より正確には、不老不死を生み出せる可能性がある」


 ん? そう言えばそんな話だったっけ。


「えーと、ボクが才色兼備で……蝶よ花よなかわたんなのと、不老不死って関係あるの?」

「見た目の美醜は無関係です。大事なのは男の魂が女性の身体に宿っているというその事実。

 陰陽思想と言うものをご存じですか?」

「なんか黒と白のマークがついてるあれ?」


 問いかける洋子ボクに頷く会長。


「この宇宙にある者全ては陰と陽に分けられます。プラスとマイナス、光と闇、収縮と膨張、天と地、偶数と奇数、静と動。それらの二気にはバランスがあり、そこからさらに五行思想に至るわけですが……それは今は関係ありません。

 その二気の中に、男と女があります」


 なるほど、話の流れが見えた。つまり洋子ボクには男と女の二つがあるから、とかそういう事か。


「つまり男の魂が女の身体に宿っているボクは、その陰陽とかに合致する、ってこと?」

「察しが良くて助かります。陰陽に置いて肉体は陽、精神は陰。性別に置いて女性は陽、男性は陰となっています。

 つまり、貴方は男性いん肉体ようを持ち、女性よう精神いんを持っています。その存在に置いて陰陽が回転して存在する奇跡的存在なんです」


 あ、予想以上だった。


「あー、うん。そういう考えなんだね。で、それが不老不死とどう関係あるのさ?」

「犬塚さん自身が太極を示す存在――すなわち、万物の根源に繋がる可能性があるという事です。理論上は万物の起源に繋がることであらゆる事象を支配することが可能となります。それは世界の創造に等しい。

 不老不死を生み出すなど容易な事。根源に繋がり、人の寿命を操作すればいいだけです」


 熱のこもった説明だが、洋子ボクからすれば『なんか変な宗教にはまった人』という感想しかない。

 この世界全てを支配? 根源から世界を書き換える? そんなこと――


(……あ)


 できるか否か、でいえばできる気がする。

 何せこの世界は洋子ボクからすればゲーム世界。プログラムを書き換えれば『無敵しなないキャラ』はいくらでも作れる。世界そのものを書き換えるというのは絵空事だが、そういう事が出来るかもしれないと言われればイエスと言わざるを得まい。


「どうやら自分の持つ可能性に気付いたようですね」

「あ、いや。そんな立派なものではなく」

「こんな荒唐無稽な話を聞かされてドン引きしないのは、そういう事なのでしょう。あるいはそう言う勘違いをしがちなお年ごろでしたか?」

「そう言うクランメンバーがいるからなぁ」


 福子ちゃん当たりはノリノリでそれっぽいセリフを吐きそうである。

 無論、それで誤魔化せる会長ではない。洋子ボクにそれが可能であるという前提で話を続ける。


「とはいえ、貴方だけでは根源には至れません。

 貴方の持つ力――私はそれを『偽・太極図』と名付けました。それは世界をる力。貴方は世界そのものを遊戯盤を見るかのように俯瞰して見ることができるはずです」


 ……ん?


「戦場の最中に置いて全ての状況を脳内に収め、時を止めたかのように思考できる。また全ての攻撃を識ることで最善手を見出し、勝率さえ存在すればそこに到達する活路を見つけることができる。

 また根源に接触することでそこから知識を引きずり出し、本来知りえないはずの情報を得ることができる。仮に初見の相手であっても、すべての手管を知ることができる。

 違いますか?」


 なんというか、ものすごい能力である。ラスボスとか主人公を導いて死んじゃう師匠あたりが持っていそうな能力。

 うん。でもそれってさぁ……。


「……つまり。

 この世界をゲームみたいに見ることが出来て、ゲームの攻略ページとか掲示板から情報を仕入れることができる、ってこと?」

「今風に言うとそういう事ですね」


(うがああああああああああああああ!

 それって、要するにゲーム転生した僕が持ってるものと同じって事じゃないか! えー! 転生ボーナスがかぶるとかどういうこと!? ボーナスを統合して強化能力になるとか、そんなのないの!?)


 思わず頭を抱えたくなる。

 なんか太極図とか出てきたから、中華系の新しい力が覚醒するんだと思ってたのに! なんなのさ、これ!


「あー、うん。そう。とにかくそういう力ね」


 なので洋子ボクの対応が雑になったのは仕方のないことだ。

 本当なら、ここで少し思考すべきだったのだ。洋子ボクにとって当たり前の事。ゲーム転生して知識を持っているという事。

 そんな洋子ボクを見て、なぜ会長は『太極図』だなんて理論に至ったのかを――


「で、キミはその事実をに伝えるつもりはない、と。

 ってことは自分で独占したいとかそういう事?」

「察しが良くて助かります。ようやく見つけた太極に至る道、誰にも渡すつもりはありません。身柄を押さえてさせてもらいますよ」

「お笑い種だね。キミがボクの身柄を押さえるなんて。簡単にそんなことができるなんて――」


 言って会長から距離をとろうとする洋子ボクの目に、僅かに開いた窓とそこから部屋の中に投げられたモノを見た。


(――スタングレネード!?)


 会議室内に180デシベルの爆発音と100万カンデラの閃光が広がった。



 

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