太極図(ボクとヤツ)

 そして、六華祭は盛況のうちに終わった。

 目玉であるVR闘技場はおおよその生徒の予想通り【ナンバーズ】が優勝することとなった。

 なお、第一回戦から期待の星であった【バス停・オブ・ザ・デッド】は準決勝で出場を辞退することとなった。

 クランリーダーが彷徨える死者ワンダリングと密約を交わして生徒襲撃を行っていたらしく、その事を調べていたハンター委員会会長小鳥遊たかなし京谷きょうやを襲撃したという。

 だが小鳥遊会長は事前に【バス停・オブ・ザ・デッド】に潜入させていた生徒の報告により襲撃を事前察知。自らを囮にして犬塚洋子をおびき寄せ、これを迎撃したという。

 かくして【バス停・オブ・ザ・デッド】は解体されることとなった。

 ハンター委員会はその働きに報いるために、作戦参加者全員に多大なる報酬を与えようとしたが、


「権力に鎖でつながれるつもりはありません。私は気高き『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』。ですが助けを乞われれば応えましょう。それが貴族の義務アーデル・プフリフトです」

「ええ、銀の煌きはあらゆる悪を断罪するわ。出来る事ならこの切っ先は死者トーターにのみむけたいわね。だけど、咎人あらば躊躇なく断罪の刃を振るいましょう。あらゆる悪を斬る断頭台ギヨティーネとして」


 今回の戦いで最も活躍したとされる小守福子とカミラ=オイレンシュピーゲルは、そう言って報酬受け取りを辞退した。貴族たるものが正義を為すのは当然のこと。その報酬は委員会がハンター達を助けるために使ってほしい。そんな理由だ。


「アタシもパスするネ。暫くは単独ソロでブラブラすつヨ。アーア、刺激的な死に方してみたいネ」


 美鶴・ロートンもそう言って受け取りを辞退する。言葉通り彼女は何処のクランに属することもなく、気分で狩場を決めては行動している。死の経験を求めているのだが、回避能力の高さもあってか中々高ランクな狩場でも簡単には死ねないようだ。


「音子は、何もできなかったので要りません。はい、当たり前ですよね。お手を煩わせてごめんなさい」


 始終謝りっぱなしだった早乙女音子。何の役にも立たなかったと言って報酬受け取りを辞退した。その後彼女は元の古巣である【聖フローレンス騎士団】に戻り、隠密先行部隊としてクランを助けているという。


「慎み深いというかなんというか。出来るなら彼女達を委員会の幹部にしたかったんだけどね」


 小鳥遊会長はそう言って残念そうに四人を見送った。この話はこれでお終い、とばかりにファイルを閉じる。

 こうして事件は終わりを告げ、生徒達に日常が帰ってくる。ゾンビに怯えながらも戦うハンターの日常が。

 祭りが終わって平和になったが、誰も気づかない小さな変化があった。


『なあ、何でバス停なんかで戦ってるんだ?』

『あれ? バス停もってどうしたんだ、俺?』

『最近の動画は……なにが流行ってたんだっけ?』

『あの事件の犯人の犬塚って……どんな奴だっけか。顔写真公開してなかったよな』

『ああ……まあいいや。大したことないだろう』


 誰も、犬塚洋子のことを覚えていない事である。

 公的な記録ではハンター資格はく奪となっており、その後の足取りは知れない。橘花学園の名簿も、六華祭を境に登校した記録が残っていない。その日を境に、六学園から消えていた。

 そして、生徒の記憶からも――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ここではない場所。ここではない時間。

 世界そのものと同化した場所。世界そのものを見下ろす場所。

 太極図。

 その回転は両義を生み、両儀は四象を生み、四象は八卦を生む。天と地を構成し、春夏秋冬の循環を作り、自然を構成する八要素を開放する。


「融合完了。これで陰陽がそろい、形だけでも太極図となった」

「ふっざけんな。ボクのことをなかったことにするとか!」

小鳥遊わたしだけの能力では、何度やり直しても齟齬が生まれる。ここまでたどり着けたのは僥倖だろうね。本当に大したものだよ、犬塚わたし

「へいへい、とりあえず一矢報いて満足した。これで過去も現在も未来も、世界そのものさえも小鳥遊ボクの思うままだ。好きな時間軸の好きな場所に干渉して、世界そのものを好きに書き換えることができる。

 それで、どうするのさ小鳥遊ボク? 世界の王にでもなるつもり?」

「そんな即物的なことなどどうでもいい。分かっているのでしょう、犬塚わたし

 全ての人間を仙人にする。人類のステージを大きく進歩させ、宇宙の真理に至る。これこそが最終目的。混沌に触れて世界そのものをより深く識り、不老不死を得て滅びそのものを克服する。

 未来永劫成長を続け、果てなき繁栄を営むのです」

「うへぇ、無限の成長とかまっぴらごめんだ。犬塚ボクはダラダラしていたいのになぁ。でも小鳥遊ボクはそうしたいんだ」

「はい。全ての人間。ハンターもそうでない生徒も、もすべて。その全てを仙人とする。死者と言う島の穢れをすべて排除し、清浄なる土地に第二の仙界を生み出すのです」

「……まあいいよ、小鳥遊ボク。もはや小鳥遊ボク犬塚ボクも一心同体。二気そろっての太極図だ。その気持ちもまた同じさ。

 でもムカつくなぁ! 犬塚ボクの意識とか個性は残ってるのに、小鳥遊ボクの思考とかを尊重しちゃうなんてさ!」

「実の所、それは小鳥遊わたしも同じで。犬塚わたしのダラダラしたいという気持ちも悪くないなと思ってしまうのです。あの日常のすばらしさは、理解できます。

 正直、犬塚わたしがあの戦いで心折れてなければ、融合はもっと時間がかかったでしょうね。おおよそ五十年ほど」

「心折れてなかったら、逆に犬塚ボクが主導権握ってたさ!」

「でしょうね。ですが結果はこうなりました。

 さあ、小鳥遊と犬塚わたしは世界を作りましょう」


 黒と白が、回転を始める。


「全六学園生徒に『命令』。太極図との同期リンク完了」

へのリンク完了。書き換え終了」

「太極図の効果範囲、御羽火おうか島全土よりさらに拡大――停止。気の出力不足」

「太極図完成には、起点となる御羽火島の死者を駆除して島の穢れを払う必要がある」

「全六学園生徒によるゾンビハント計画発動。島中の死者を狩り尽くせ」

「死者となった生徒も殺せ」

「試算。全死者を狩り尽くすまでの時間、十二年六ヶ月二十一日」

「短縮。生徒の生存率を2%以下にするなら、三年八ヶ月三日で終了する」

「計画実行。仙界に至る逸材を見極める選定にもなる」

「同時に混沌に至る道を検索。太極図を回転させ、気を高めよ」

「二気を持たぬものが太極図を回すには、生と死を繰り返すしかない」

「戦いの後に死に、生み出した肉体に魂を戻せ」

「死んでクローンとなって甦れ。死んでゾンビとなって滅びろ」

「命を創造し、そして死ね」

のアプローチを再現する。オウカウィルスの実験を、非ハンターの戦わない生徒達に施せ」

「生と死を繰り返せ」

「生と死を繰り返せ」

「死者を殺せ」

「生を実感せよ」

「死者を殺せ」

「生を実感せよ」

「死者に殺されろ」

「生を放棄せよ」

「死者に殺されろ」

「生を放棄せよ」

「回せ」

「生を回せ」

「死を回せ」

「生きろ」

「死ね」

「生きろ」

「死ね」

「生きろ」

「死ね」

「生きろ」

「死ね」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「うああああ!」

「やめてやめてやめて!」

「死にたくない死にたくない死にたくない!」

「いや、いっそころして」

「くろーんはもういやだ」

「もうしぬけいけんはしたくない」

「しぬしぬしぬしぬしぬ」

「ころされるころされるころされる」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 そして半年後――

Academy of the Deadがくえんは死につつまれた――


◆     ◇     ◆


 作者です。

 何やらうつ展開全開のバッドエンドめいた終わりになりましたが、最終的にはハッピーエンドになりますので、ご安心ください。

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