ボクと不死のお話

「そもそも不死とは何か、という話だ」


 語りだしたボククローン――を操っている『不死研究者』。うわ、これ絶対長くなるパターンだよ。


「あらゆる状況において、死ぬことがない状態。

 すなわち老衰による死亡、外傷による物理的死亡、疾病や毒物などによる内因的な死亡、そういった全ての状況に置いての死を回避することができる存在だ。

 うち、老衰に関してはがん細胞やベニクラゲと言った細胞変質によりクリアできる。そこにいる実験体A00001などはウィルスによりそれを為し得た」


 説明の最中で、背後にいるAYAMEが鼻を鳴らして不快感をあらわにする。


「それ別にあんたらが見つけたんじゃなくて、パパの研究をかっさらったんでしょうが。何偉そうに言ってるのよ」

「最終的に形にしたのは我々だ」

「さいてー」


 敵意を隠そうともしないAYAME。何があったかは想像するしかないが、その溝が深いのは理解できる。


「我々は『技法の継承』『次代への魂転写』『細胞再生能力増加』『死呪術の再現』『機械化』『鏡面世界への存在移行』……そして『オウカウィルスのコントロール』。七つのアプローチに成功した」

「……それが彷徨える死体ワンダリングの不死」


の言葉に言葉を継ぐ洋子ボク

『技法の継承』……これは八千代さんこと『ツカハラ』の事だろう。とすると『次代への魂転写』は子供に魂を移行できるナナホシ。『細胞再生能力増加』はカオススライムか。AYAMEは言うまでもなく『オウカウィルスのコントロール』だ。


「だが、完全なる不死には至らない。肉体面での不死性は高いが、魂という面では脆いと言わざるを得まい。魂を研究した論文は数少なく、そして確たるものがないからだ」


 AYAMEなんかはどうやって殺すんだよ、ってぐらいなんだけどそれでも魂という側面は弱いらしい。

 そもそも魂なんてものが研究されていたこと自体が、洋子ボクには驚きなんだけど。そんな形のないものをどうやって調べるのさ? ……まあ、クローンなんかは本人の魂しか入らないみたいなので、何かしらその研究はあるんだろうけど。


「で、そこに現れたのが、魂が変質したボクなわけか」

「そうだ。貴様の魂は我々が記録するヨウコ・イヌヅカと異なる。データの差異を調べる事で、魂の研究が進むだろう。その結果、不死へと一歩進むやもしれん。

 魂の変質を能動的に行えるのなら、異なる肉体への魂転移も可能。究極的には魂のみを電脳世界に転送し、人工的な楽園を生み出すことも可能だ」


 魂を電子化して世界に送るとか、SFチック。そのままログアウトできなくてわちゃわちゃしそうな感じだね。

 その辺りはどうでもいい、とばかりに肩をすくめる洋子ボク


「まあ、そう言う妄想は勝手に言ってちょうだい。あいにくと不老不死とかには興味がなくてね」

「何故だ? 死を忌諱し、生きるためにあらゆる手段を使う。それが医学の発展で、それが本能の起点。それを否定するのか?」

「いや、古今東西不老不死の末路って、珍獣扱いとか死ねない苦しみとか置いていかれる哀しみとか、そう言うのばかりじゃないか。ヤだよそんなの」


 別にAYAME達を非難するつもりはないけど、不老不死を愚かとと否定する物語は枚挙にいとまがない。


「違うな。それは不老不死を個人が持った結果だ」


 だが、はそれを否定する。


「ただ一人のみが不死であるなら、それがコミューンから弾かれるのは自明の理。優れた存在を妬む差別は人間に嫉妬の心ある限り消えはしない。

 だが人類すべてが不老不死ならその差別はない。皆が等しく死なないのなら、差別は起きない。同時に争う事に意味はなくなり、戦争も消える」


 理想論だが、完全にありえないと否定もできない。

 医術が発展し、人間の寿命は昔に比べて延びた。多くの病を克服し、かつては死の病と呼ばれた病魔も施術可能となっている。

 医学が万人に開かれ、誰もがその恩恵にあやかれるからこその結果だ。誰もが長生きできることで、争いごとは起きない。


(それと同様に、世界中の人間が不老不死であるならば?)


 一人だけが死なないという特別視はなく、嫉妬されることもない。同時に殺しても死なないのだから、殺し合いはなくなる。

 死なない人間が増え続ければいずれ住む場所がなくなるとかその辺の問題は発生するだろうけど、それは別問題だ。不老不死という事例を否定する材料にはならない。


「我らは全人類を不老不死にする為に身を粉にして活動している。肉体の不死、魂の不死。その両方を為し得れば完成する。

 秦の始皇帝を始めとしたあらゆる人間が求めた永遠の命。人が次のステージに進むための第一歩。そう、我々は歩みを止めるわけにはいかないのだ。人類は常に新しい技術を生み出してきたのだから」


 文明の発展。人類が知恵を持ち、常に歩み続けた道程。

 火を使い、石を使い、銅を生み出し、鉄を作り出し、そうやって発展してきたからこそ今がある。人間は歩み続ける存在だ。そしてその命が永遠なら、その発展はさらなる方向性となるだろう。

 うん。言っていることは至極真っ当だ。そしてそれを荒唐無稽と否定できない。

 なぜならAYAMEや『ツカハラ』のような『不死アンデッド』が実際に存在しているからだ。

 携帯電話の発展の先にスマートフォンがあるように、彷徨える死体ワンダリングの先に不老不死があるのだと言われれば、なるほどそういうものかもしれないと素人ながらに納得してしまいそうになる。


「おっけー。不老不死はある。そして全人類がそうなればきっと幸せかもしれない。それは納得する」

「愚図にしては物分かりがいい。ならば我らの元に――」


 高慢な言葉を遮るように、洋子ボクは言い放つ。


「その『全人類』の中に、


 静かに、だけど怒りを含めて言った言葉を、



 はあっさり肯定した。


「貴様らは我々が調律した存在だ。様々なサンプルケースとして使用させてもらう。

 不老不死のアプローチが完成してから、それが人に対して安全かを調べねばならない。その為にも貴様らは必要なのだ。完全なる不老不死となったかどうか、様々な『死』を経験させて調べなければならないからな」


 にとって、この島に住む学園生徒はみな実験動物。不老不死の研究に必要な道具。つまり、人類ではない。

 その気になればクローン技術で複製もできる。魂を伴わない肉体なら、何体でもだ。ボククローンを見ながら、苦々しい顔をする洋子ボク


「不老不死の為の礎となるのだ。感謝してもらおう」


 はっきりと。誰憚ることなく。それが正義だとばかりに。

 はこの島に住む学園生徒は不老不死の為に死ね、と言い切った。


「そう言われてはいそうですか、っていうわけないだろうが。頭いいんだろうけど、頭が悪いね」

「断るというのか。貴様の名前が新たな学問に刻まれるかもしれないというのに」

「それってボクが死んだ後の事なんだろ。不老不死の礎となったヨウコシステム? そんな名誉なんて要らないよ。

 ボクは永遠に名前を残すよりも、今を楽しく生きたいんだ」


 遠い未来の名誉よりも、今を楽しく生きる。

 そんなボクの考えは、頭のいい人から見れば見通しが悪いと思われても仕方ないだろう。


「非効率だな。刹那の快楽など脳内物質の産物。それを無限に引き延ばせるかもしれぬのに」

「効率的に生きようとするのなら、バス停なんか真っ先に捨ててるよ。そりゃ銃でゾンビ撃つほうが簡単で安全だもんね」

「バス停? ……ああ、クラン名の事か。人のコミューンなど効率性以外の利点などなかろう」


 ……ん? なんか話が、噛み合っていない?

 そう言えば? いや、でも……そうなると……?


「ねーねー、よっちー。こいつらブッコロしていい? ムカチャッカファイヤーに偉そうだし、聞けることなんてないと思うけど」

「あ、うん。最後に一つだけなんだけど……ボクのクラン名はどうやって知ったのさ?」

「その程度、調べればすぐにわかる。我々にかかれば学校の記録など、調べるのは容易い」


 うん。そっか。そこから調べたんだ。

 とりあえず、もう用事はない。ボククローンをいじりたくてやきもきしているAYAMEにGOサインを出す。


「わーい。今夜はよっちーで楽しめそうだね!」


 洋子ボク本人じゃないけど、洋子ボクと同じ姿と遺伝子情報をもった存在を拷問スプラッターな目に合うと思うのは、何とも言えない気分になる。


「あ、もしかしてよっちー嫉妬してる? ボクも一緒にAYAMEにいじめられたい、とか思ってたりする?」

「断じてそれはない」


 きっぱり言い放つ。AYAMEはちぇー、とつまらなそうに唇を尖らせた。


「しかし困ったな。収穫はなしか」


 八千代さんがため息をつく。今の会話からに関するめぼしい情報が得られなかったことへの徒労感が出ていた。


(まあ、分かんないヒトには分かんないよね)


 ただ洋子ボクは、確かな糸口をつかんでいた。

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