ボクはボクボクボクと戦う

「ちくしょー……負けたー……」


 洋子ボクは口惜し気に言ってうなだれた。

 負けた、というのはさっきの【聖フローレンス騎士団】との戦いの結果である。


「イヤミですか。ええ、イヤミなんですね」


 それに返すのは【聖フローレンス騎士団】のクランリーダー、フローレンスさんだ。洋子ボクの言葉に苛立ちを隠すつもりはない。

 試合後の帰り道。ここにいるのはフローレンスさんと洋子ボクともう一人――AYAMEだ。洋子ボクの格好は【聖フローレンス騎士団】のユニフォーム的な服である。オランダ衛兵とかその辺をイメージした感じだ。


「タカラヅカー! よくわかんないけどそんな感じ?」


 とはユニフォームを着たAYAMEの感想だ。

 なんでAYAMEかというと、【聖フローレンス騎士団】の格好をして問題なく戦える人間を選出するとこうなったのである。コウモリを扱うテイマーの福子ちゃんやガス使いのミッチーさんは装備が目立つ。音子ちゃんは周囲の探索に回ってもらいたいのでパス。

 なお八千代さんは、


「異国の軍服を身にまとうなど許せぬ」


 などという謎価値観により拒否された。解せぬ。

 なお他の【聖フローレンス騎士団】は変装して帰っていただいた。前もってフローレンスさんから通達はあったのだろうが、やはりクランリーダーを危険にさらすのは納得いかない、という意見もあった。その辺りはフローレンスさんの鶴の一言で収めてもらったが、普通に考えれば当然の意見でもある。

 ともあれ、そんな三名は今日の試合を振り返るように喋っていた。『物理でワンパン戦術』なAYAMEはつまらなそうにしているけど。


「だって最終的にボクやられたじゃないか」

「私を含めて八名を相手して、うち七名を倒しておいてそういうことを言いますか! 誠に遺憾ですけど、私達は本気で挑んでしかも最高の戦いだと自負できますわ!」


【聖フローレンス騎士団】と洋子ボクの戦いは、最終的には洋子ボクが力尽きた。

 フローレンスさんの回復を基点としたクランメンバー……彼らに敬意を表して騎士達はまさに聖女を守る騎士の名に恥じない連携と練度を持っていた。針の穴を通すほどの精密な攻撃。息をつかさぬ波状攻撃。攻防共に隙はなく、しかも<聖歌>による回復付。

 流石の洋子ボクも、七名を倒すのが限界だった。<お調子者>のデメリットが発動して腰が抜け、そこを一気に攻撃されてHPが尽きて死に戻る形となった。


『第二回戦第一試合、【バス停・オブ・ザ・デッド】VS【聖フローレンス騎士団】!

 試合結果はまさに僅差! 65対50! 接戦に次ぐ接戦を制したのは、【バス停・オブ・ザ・デッド】です!』


 50点。洋子ボクの死亡が一回、福子ちゃん達が各二回ずつ死亡したという結果である。あと一回洋子ボクが倒れてたら、逆転されてたのだ。うーんヤバいヤバい。

 その結果に対し、フローレンスさんはこう告げた。


「もう一度あなたを倒すのは、現状のクランメンバーでは無理ですわ。こちらの手筋は読まれたでしょうし」


 との事である。

 実際、連携の筋は見えたし、崩す手段もあると言えばある。命令の起点はフローレンスさんだが、騎士達の連携起点を集中すればいい。

 だから『次』はその穴を埋めてくるだろう。洋子ボクを睨む目に宿る意思が、それを教えてくれる。


「それよりも、大丈夫なのでしょうね? 深くは聞きませんが、ハンター委員会か生徒会あたりに打診しても――」


 声色を変えてフローレンスさんが問い返す。

 大丈夫、というのはボククローンの襲撃の話だ。襲撃が予想されるのなら、相応の組織に連絡をすべき、という意見である。

 生徒会は、洋子ボク達学園生徒からすれば学校の治安を守ってくれる一翼であり、ハンター委員会はハンター達のまとめ役。こういったトラブルを未然に防ぐなら頼るのは間違いのない存在だ。

 だけど、相手が悪すぎる。

 相手はこの六学園を生み出した集団だ。しかも学園生徒を実験動物として扱うために、だ。いわば、六学園そのもの。いいや、島全土の施設が彼らの生み出したものなのだ。その生み出したものを何とか利用している生徒よりも力を持っていると見ていいだろう。


(……まあ、AYAMEの話が正しいならほぼ壊滅したらしいけど)


 そんな彼らも自分達が生み出した『不死アンデッド』……洋子ボク達が彷徨える死体ワンダリングと呼ぶ存在により崩壊したという。最後の破れかぶれでウィルスを散布し、島中がゾンビワールドとなったとか。

 そしてそんな彷徨える死体ワンダリングは今なおその研究者たちを追っている。それは彼らがまだ活動している証拠。事実北区警察署戦ではユースティティアを操り、ハンター達を殺すためにゾンビの大軍をけしかけていたのだ。

 まあ、洋子ボクにかかれば大したことはなかったけどね!


「来たわよ」


 AYAMEからかけられた声がいい気モードに入っていた洋子ボクの意識を現実に戻した。その瞬間には迫りくる襲撃者の姿を視認している。

 夜の闇で視認しにくいが、桃色の髪に橘花学園制服。まぎれもなく洋子ボクの姿だ。手にしているのはチェンソー。ホラーとかで扉を壊したりするアレである。モーターが回転し、激しい音を立てている。ゲーム的には、威力は高いけど音がうるさくてゾンビに狙われやすくなる武器だ。


「確かにうるさいから黙れって言いたいよね、これ!」


 言って前に出るのは洋子ボクとAYAMEだ。騎士団のユニフォーム的衣装と試合で彼らが使っていた銃剣。それをとっさに装備し、チェンソーなボクに向き直る。

 同時にAYAMEは銃剣あっさり捨てて拳を構え――

 

「―――――!」


 AYAMEが突き出した拳を、低くしゃがみ込むことで避けるボククローン。そのまま地面に手を付けるような身の低さで懐にもぐりこみ、チェンソーを薙ぎ払うように構える。腹部をずたずたに切り裂いて内臓を破壊し、そのまま次の目標に向かう――予定だったのだろう。


「残念。キミの進撃はここまでだよ」


 AYAMEの懐に入った瞬間に、洋子ボクの銃床がボククローンの頭部を襲撃して地に伏さなければ、そうなっていただろう。銃の衝撃を受け止めるほどの硬い部分で頭部を殴打されれば、流石にノーダメージとは言えまい。


「やーん、よっちありがとー! ハグしてあげる♡」


 言いながら洋子ボクの方に向けて両手を広げるAYAME。そして笑顔のまま拳を振りかぶった。それに呼応して洋子ボクとAYAMEに向き合ったまま銃剣を構える。

 洋子ボクとAYAMEは同時に踏み出し、拳と銃剣を叩き込んだ。

 ――互いの背後から迫る、ボククローンに向けて。


「ねえ聞いた!? かはぁ、って言ったよよっちー! ホンモノのよっちーもアバラ折れたらあんな声出すのかな!? 試していい!?」

「試さなくていいから。こら、本気でやめて。拳構えないで!」


 敵を倒し、そんな会話をする洋子ボクとAYAME。やっばい、人選誤ったかも、ボククローン殴るたびにAYAMEの残虐思考が加速していく!

 そんな事をやりながら、周囲の警戒は怠らない。【ダークデスウィングエンジェル零式】を襲撃したボククローンは一人だった。だから今回も一人だ――なんて甘ったるいことを想う洋子ボクではない。

 むしろ前回の襲撃で経過されて、襲撃方法を変える事は想定済み。クランハウスの襲撃も恐れて、現在拠点変更済みである。【ダークデスウィングエンジェル零式】のクランハウスに。今クランメンバーいないからいいよね? とファンたん弟クンを説得し、寝床を借りている状態だ。……まあ、他のクランメンバーが行方不明だからほとんど無許可で強奪した形だけど。


(弟クンも不幸だよなー。乙女四名がいきなり自分の生活圏に入ってくるとか。ホントあの子、ラノベ主人公体質だわー)


 しかもうち一人が尊敬していた天才児で金髪巨乳。うん、頑張れ。

 ともあれ、迎撃態勢はばっちり。そしていいタイミングでスマホが鳴る。


『周囲に襲撃者なし』


 他の襲撃者がいないかを福子ちゃん達に警戒してもらっていたのだ。その危険性がないことを確認し、息を吐く。探索組は<オラクル>持ちの音子ちゃんと<闇視>&浮遊ブーツ付の福子ちゃんがいる。何かあってもいいように、二人にはミッチーさんと八千代さんの護衛まで付けているのだ。

 スマホで合流する旨を伝えた後に、倒れているボククローン三体を見る。


 さて、質問タイムだ。

 素直に答えてくれるといいけどなぁ。

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