ボクらは状況を確認する
あの後、傷ついたカズ坊……ファンたんの弟の四谷和馬君をリビングに運び、応急処置を施す。それほど傷は深くなかったのが幸いだ。
「クランの皆が庇ってくれて……ガスを撒いて何とか逃げ延びました」
襲われたのが闘技場の後だったので、狩り装備を持っていたことが幸いしたという。とっさに反応したが、相手が人間だと分かり動揺しているうちに次々とやられたようだ。
「時間的にカズ坊たちを襲ったのは、ここにいる犬塚さんじゃない事は確定っすね」
ファンたんが眉をひそめて呟く。和馬君が襲われたのは、十分ほど前。クラン全員で【バス停・オブ・ザ・デッド】への祝賀会を行おうと食べ物と飲み物を持ってきてくれたそうだ。その時間は
「うんうん。分かってくれたら『マル秘犬塚ファイル』とやらを消してくれるとありがたいんだけど」
「やだなー、何言ってるんすか。あんなの冗談すよ。このファンたんが情報で脅迫とかするわけないじゃないっすか」
「……ファイルの存在が冗談なのか、脅迫行為が冗談なのかどっち?」
「あははー。そんな事よりもいまは現状の確認が大事っすよ」
笑ってごまかされたが、確かに現状把握は急いだ方がいい。
「玄関の血とよっちーもどきの遺体は処分したよー」
「ん……。匂いが少し残ったけど、すぐに消えるよ」
「遺伝情報的にはオマエと同じだな。犬塚洋子のクローン体で間違いないぜ」
言ってリビングに顔を出したのはAMAYEだ。カバンの中からカオススライムとナナホシの声も聞こえる。
玄関の惨状は、正に殺人事件。うら若き無垢な乙女(ボクのことだよ! 本人じゃないけど!)が日本刀で腹を斬られて死んでいるのだ。事情を知らない人が見たらなんて思うか。
彼らはその痕跡を消してくれたのだ。どうやって、とは敢えて言わない。ただ現場はあまり見ない方がいい、と強く皆に含めておいた。……特に虫嫌いの福子ちゃんが見たら再起不能になりかねない。
「うへへー。よっちーがあんな姿になるなんて。ニセモノだけど眼福♡」
拷問やグロいのが大好きなAMAYEが恍惚としているあたりで、色々察して頂けるとありがたい。あとチラチラこっち見ないで! 本物で意識があるとどう反応するんだろう、って熱い視線向けるのやめて!
「日本のことわざでいう所のモータルでコンバットなフェイタリティはさておき、状況は把握できたネ。
ワタシたちを祝おうとやって来た【ダークデスウィングエンジェル零式】さん達が、バス停の君のクローンに襲われた、と。武器も日本刀だったしニセモノ確定ネ」
「待ってください、
ですが仮にあれが犬塚洋子のクローンだとして、犬塚洋子の魂は一つのはずです! 魂がないのにクローンが動くはずがない!」
ミッチーさんの言葉に待ったをかける和馬君。
クローンの基本情報として、作られた体はそれと同じ魂でないと合致しない。
詳しい理論と手法は解らないけど、肉体と魂は繋がっており、肉体が破壊された瞬間に魂は崩壊していく。だけど『全く同じ肉体』がそこにあるなら、魂はそちらに向かうとか。
和馬君が何が言いたいかというと、
「でも動いた」
その常識を理解したうえで、
あれが
「ですけど――」
「気持ちはわかるよ。だけどその事実を前提にしないと」
反論しようとする和馬君を、強引に説き伏せる。
自分と全く同じ姿をした存在が、自分の意志とは無関係に動き出す。それははっきり言って恐怖だ。自分でありながら自分ではないドッペルゲンガー。そいつが自分に成りすまして自分を破滅させようとすることも可能なのだ。
(……っていうか、今まさにボクがその立場じゃん! 人襲うとか何事だよ!?)
下手するとハンター委員会に呼ばれて即刻査問会。その後にハンター資格はく奪とかありえる話である。
あるいは人間関係を滅茶苦茶にされる可能性だってある。見知った仲だからガードが薄くなり、力づくで襲い掛かって心と体に消えぬ傷を刻み込み……。
『ヨーコ先輩、この人達は一体……。いや、止めてください!』
『信じてた、信じてたのに! こんなことする先輩なんか、嫌いです!』
『もう、誰も信じられません……』
顔を青ざめていると、スマホが鳴った。音子ちゃんと一緒に外の様子を見に行くと出て行った福子ちゃんからだ。即フリックして電話に出る。
「福子ちゃん、無事!? 襲われてない!?」
『え、はい。大丈夫です。ですけど【ダークデスウィングエンジェル零式】の方々の姿は見えません。戦った痕跡はあるのですけど……』
「分かった。一旦戻ってきて。襲われないように警戒しながら!」
言って会話を終了する。ため息をついた後に、状況をまとめ上げて一つの仮説を出す。
「仮説として――この襲撃が彼らの仕業だとする」
和馬君にはぼかすように、だけど事情を知っている人達には分かるように前置きして口を開く
八千代さんやAYAMEがこっちに気配を向けたことを確認し、言葉を続けた。
「彼らは魂がないクローン体を動かすことが出来ると思う?」
「出来ると見ていいな。もともとクローン技術はあいつらが生み出した不死研究の副産物だ。学園の技術以上のものを持っていてもおかしくはない」
「っていうか、天秤女を『命令』して動かせるんだから、魂が入っていないクローンを動かせてもおかしくないわよ」
八千代さんとAYAMEは迷いなく頷いた。
「彼らはボクを調べたいって事だから、ボクのコピーを作ろうとしている……でいいのかな?」
「正確には犬塚殿に『上位命令』できない理由を探っている、だな。それを調べるために犬塚殿と同じものを作ろうとしている。サンプルを多数作り、そこから実験開始だろう。
【ダークデスウィングエンジェル零式】を襲ったのは闘技場と同じ相手を襲う事で戦闘データを統一したかった、と言った所か。同じ相手と刃を重ねることで、動きを理解する。うむ、なかなか武人だな」
「肉体と戦闘経験を一緒にして、ボクと同じようなモノを作ろうとしている……?」
あらゆる実験において、データは多いに越したことはない。十回同じ結果が出た実験よりも、百回同じ結果が出た実験の方が信ぴょう性が高いのだ。
そういう意味で、
「よっちーが操れない理由が分からないから、よっちーと同じものを作って調べようって? ばっかじゃない。よっちーの魂はそんなんじゃ作れないって」
そこに
「100%のコピーは無理でも、70%のコピーがあれば実験自体は可能デス。差異である30%を埋める別の実験を施せば、デスガ」
だけど、限りなく
「つまり、限りなくボクに近い個体を作り出そうとしている? でも、そのコピーは倒したからこれで終わり、かな?」
「まさか。あいつらの事だ。死亡する前に戦闘データは回収済みだろう。あれはいわば捨て駒で、これからも同じことが起きると見ていい」
楽観視しようとする
面倒なことになって来たなぁ……。
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