ボクは『ボク』に出会う

「第一回戦突破、おめでとー!」

「いえーい!」


 一回戦が終わった後、洋子ボク達はクランハウスに戻って乾杯をしていた。


「……まあ、闘技場とは関係のない御方もいますが」

「もー、コモリん細かいこと言わないの。ファンたんちゃんこまってるじゃない」

「自分はインタビューだけできればよかったんスけどね」

「良いではないか。当然の結果とは言え勝利の宴。来訪者を無下に扱うほど犬塚殿は心は狭くはない」

「分かって言っていると思いますが、貴方達のことですから」


 福子ちゃんがジト目で見る先には、AYAMEとファンたんと八千代さん。そしてカオススライムとナナホシが入ったカバンがあった。

 闘技場での戦いの後に彷徨える死体ワンダリングと合流し、そこにインタビューにやってきたファンたんがやってきて、


「ああああああああ、AYAMEぇ! はぁ!? どういう事っすか!」


 AYAMEを知っているファンたんはそのことに驚き、これは説明した方がいいと落ち着ける場所――クランハウスに案内した後に八千代さんとかカオススライムとかナナホシのことを知り、眩暈を起こしたという。

 そんなファンたんをよそに彷徨える死体ワンダリング達は六華祭で買って来たジュースやら贖罪やらを持ち込んで、パーティを始めたのだ。


「まあまあ福子ちゃん。落ち着いて」

「む。ヨーコ先輩はAYAMEの味方なんですか?」

「折角祝いに来てくれたんだし、追い返すのは流石にね」

「さっすがよっちー! 愛してる! 死ぬほどハグしてあげる!」

「いや、それ本当に殺す気だろう! やめ、力込めるのマジでやめて!」


 建物を一撃で破壊するAYAMEに本気ハグされそうになり、必死に抵抗する洋子ボク。ちょ、マジマジヤバい!?


「……しかし彷徨える死体ワンダリング四体とは……正直、一体出るだけでも大騒動で、二体同時に現れたなんて話は一度も聞かない事件なんすけど」

「だろうな。我らは基本的に群れない。個人個人が自由に動いている。実際問題として、この学園に協力しようという者はいない」


 ファンたんの呟きに応える八千代さん。


ツカハラは継承者である円城寺八千代が基本性格なのでハンター側だが、犬塚殿と死闘を交わしたいという衝動は変わらぬ。綾女殿も気まぐれでハンターを襲わないとも限らない。

 カオススライム殿は元より人間を見下しており、ナナホシ殿は温厚ではあるが、その性質上ハンターを範囲から外して攻撃することはできない」

「……聞けば聞くほど、安心なんてできねーっすね」

「然もありなん。彷徨える死体ワンダリングは学園の敵という認識で問題ない。

 しかし我らには犬塚殿を狙う輩を突き止めるという目的がある。犬塚殿を囮にする以上、が動くまで我らが派手に動くことはないと思ってくれ」


 酷い言い方だが、八千代さんの言っていることは事実である。

 彷徨える死体ワンダリング……『不死アンデッド』からすれば、六学園の生徒は『不死研究者』の手がかかった存在だ。命令一つで自爆すら恐れない敵になるである。手心を加える理由は、何一つない。

 共通の敵……というか彷徨える死体ワンダリングの敵に洋子ボクが狙われている、という状況でなければこんな談笑などできないのである。


「まー、そういうことなんで。あ、悪いんだけどこの件はお口チャックでお願いね」

「言えねぇっすよ、こんな事。絶対信用されないっす。いや、されても困るっすね。大混乱っすよ」


 ファンたんの肩を叩いて、箝口令を敷く。分かってますよ、と肩をすくめるファンたん。うんうん、分かってくれてうれしいよ。


「そのかわり、今回の試合のMVPにはたっぷり取材させてあげるから」

「流石犬塚さんっす! それじゃあ、個室借りるっすね!」

「え? あの、音子はあまりそういうのは――ひゃあああああ!」


 洋子ボクの許可を得たファンたんは、音子ちゃんを抱えて隣の部屋に走っていく。……まあ、ファンたんも知らない仲じゃないし。音子ちゃんもそれほどプレッシャーは感じないだろう。


「まあ『研究者』が動かないなら彷徨える死体ワンダリングも動かないわけだし、このまま六華祭終わるまで何事もなければ――」


 ピーンポーン! ドンドンドンドン!


 聞こえていたのは軽快な家のチャイム音。そして扉を叩く音。

 こんな夜中に誰だよ、とインターホンの通話ボタンを押す。画面に移されたのは、頭からを流した黒い学ランを着た男だ。


「おい、卑怯だぞ【バス停・オブ・ザ・デッド】! 何の恨みがあってこんなことをしたんだ!」

「……は? っていうかキミ誰? ボク等に何の用?」

「とぼけるな! ウチのメンバーに襲い掛かってくるなんてどういう了見だ!」

「ちょっと待って。えーと、キミは襲われたみたいだけど、誰に襲われたの?」


 混乱している相手から情報を得ようと、こちらが聞きたいことを尋ねる。


「そうだ! 【バス停・オブ・ザ・デッド】のクランリーダー、!」


 ほうほう、洋子ボクに襲撃されたのか。そりゃ大変だったねー。

 …………は?


「いやなに言ってるのさ、キミ!? ボクはここに――」


 いるじゃないか、と叫ぼうとする洋子ボク。だけどインターホンに写った影を見て、言葉を止めた。

 ピンク色の髪に橘花学戦の制服。人懐っこい童顔にB86H55B85の豊満且つきゃわわな体。

 まるで鏡に映った洋子ボクを見るかのようなその姿――


「うあああああああああ!?」


 そんな女性が血まみれの男子生徒の背後から飛びかかり、自身の身長を超える太刀を振りかぶっているのだ。振り向いた男子生徒が悲鳴を上げ――


「危ない!」

「早く中に入るヨ!」


 いち早く動いていたミッチーさんと福子ちゃんが扉を開け、日本刀が振るわれるより早く男子生徒を家の中に引きずり込んだ。すんでのところで斬撃を避ける男子生徒。

 その頃には洋子ボクも玄関の方に移動し、そこに立つ女性を見る。

 映像で見た時も驚いたけど、実際に見るとなお驚きだ。ピンク色の髪に橘花学戦の制服。人懐っこい童顔にB86H55B85の豊満且つきゃわわな体。


「……うん。これは」


 洋子ボクだ。

 姿かたちは間違いなく洋子ボク。だけどブレードマフラーやバス停はなく、代わりに太刀と呼ばれる両手持ちの日本刀を持っている。長さ二メートルを超える刃物は、既に何人か人を斬っているのか血に濡れていた。


「い、犬塚洋子!? どういうことだ!」

「それはこっちが聞きたいけど――そんな余裕はなさそうだね!」


 学ラン男子が洋子ボクを見て驚いた声をあげる。そりゃそうだろう。彼の話から察するに、彼は『洋子』に襲われたのだ。『洋子』とうり二つの洋子ボクがここにいるのだから、訳が分からなくなる。

 だけど訳が分からないのはこっちも同じだ。だけど相手は待ってくれそうにない。無感情な瞳をこちらに向け、襲い掛かってくる。洋子ボクはバス停を構――ようとしたら足を払われてすっ転んだ。はぁあ!?


「今宵の『凩』は血に飢えておるわ」


 八千代さんが嬉しそうな声をあげながら『洋子』に走っていく。あ、洋子ボクの足払ったの八千代さんだな!? 洋子ボクの乱入を止めて『洋子』と一人で戦いたい為に!

 そのまま『洋子』の太刀に挑み――


「児戯だな。動きは悪くないが、単調すぎる」


 二合打ち合った後に、八千代さんの日本刀は『洋子』の胴を薙ぐ。そのまま『洋子』は崩れ落ちた。流れる血の量が、生物としての終わりを示している。

 時間にすれば五秒足らず。背中を打った洋子ボクが起き上がった時には、既に決まっていた。


「人をすっ転ばしておいて謝罪もなしとか酷くない!?」

「おお、済まぬ。犬塚殿が出るまでもない相手だったのでな、つい」

「つい、じゃないよ!」

 

 怒りの言葉を笑ってごまかす八千代さん。ええい、このバトルマニアが!


「カズ坊!? アンタ何して……どうしたの、その怪我!?」


 騒ぎを聞きつけてやってきたファンたんが、惨状を見て驚く。一番驚いたのは、血まみれの学ラン男子が自分の身内だったことだ。


「カズ坊……ってもしかして?」

「ウィ。この子、【ダークデスウィングエンジェル零式】のガス使いネ。前にワタシが話したオトコノコよ」

「ああ。成程。この子がファンたんの弟さんか」

「カズ坊! なんでこんな怪我してるんスか!?」

「うう……。【バス停・オブ・ザ・デッド】の犬塚洋子に……クランメンバーごと襲撃されて……」


 詳しく状況を聞かないと分からないけど、【ダークデスウィングエンジェル零式】のクランメンバーが襲撃を受けたのは事実のようだ。そして襲撃者は今玄関で倒れている『洋子』なのだろう。

 とにかく怪我の治療と、情報の確認を――


「犬塚さん、カズ坊になにしてくれたんすか!?」

「いや違うから!」

「こんなことする人だなんて思わなかったっス! こうなったら秘蔵の『マル秘犬塚ファイル』を公開するっす! 犬塚さんが部屋で一人でやっているあんなことやこんなことをネットに流して――」

「ぎゃあああああああああ! 何撮られてるか知らないけどやめてー!」


 その前に身内が酷い目に遭ってパニくるファンたんを落ち着かせるのが、先になった。

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