ボクらは四体の不死と相対する

【バス停・オブ・ザ・デッド】とは同じクランハウスで生活しているので、クランメンバーの様々な表情を見ている。一見無表情に思える音子ちゃんも、細かな仕草は存在するのだ。

 個性豊かなメンバーのいろいろな表情は結構見てきたつもりだ。


「な」

「What!?」

「………」


 だけど『開いた口が塞がらない』という表情は初めて見る気がする。

 AYAME、『ツカハラ』を継承した八千代さんは事前に聞いていたが、そこにカオススライムとナナホシがいる事は完全に予想外だ。音子ちゃんはナナホシと直接対面はしていないが、話は聞いているのか怯えの色が出ていた。


「あ……あ……」


 ナナホシの方を見て硬直する福子ちゃん。そんな彼女をナナホシを視界から隠すように抱きしめた。虫嫌いの福子ちゃんにとって、ナナホシは恐怖の対象だ。生理的に駄目なようである。

 この件に関しては事前に連絡はしていて、福子ちゃんにも無理しなく来なくていいとは言ったが『大丈夫です。むしろ蚊帳の外に置かれたくないです』という返事を受けての対応だ。でもやっぱり無理だったか。仕方ない仕方ない。


「あー、コモリん虫駄目なんだよね。聞いてたけどそこまでとは。ごめんごめん。

 ナナホシちゃん隠れてて。声は出していいから」

「うん……虫でごめんなさい」


 ナナホシは声――曰く羽根を震わせてそれっぽい音を出しているそうだ――を出してAYAMEのカバンの中に隠れる。視界からナナホシが消えたことで落ち着きを取り戻した福子ちゃんが洋子ボクの服を掴んだまま顔をあげた。


「ヨーコ先輩から話は聞いてましたけど……この状況は」


 福子ちゃんが言わんとすることは、理解している。

 ゾンビを狩るハンター達でも災害とまで言われる彷徨える死体ワンダリング。特定の領域を持たず、突然現れてその圧倒的な能力で狩場を乱して去って行く暴威。駆け出しのハンターは言うに及ばず逃げに徹し、歴戦のハンターでも被害を最小限にする事を優先して動く存在だ。

 その正体は、この島で行われた『不老不死研究』で生まれた存在。『不死アンデッド』を名乗る死なない存在。一体でもかなりの地獄を生み出せる者達が、四体。それが白昼堂々、しかも学園祭に現れたのだ。

 緊張するなと言うのが無理な話――


「折角メイド服着たヨーコ先輩が見れると思ったのに、どうして着替えているんですか!」

「そこっ!? 今気にする事はそこなの!?」


 洋子ボクを見て糾弾する福子ちゃんに、ツッコミを入れた。


「メイド喫茶は六華祭の出し物だから、着たまま外に出るわけにはいかないし。それにこういう状況だから狩り装備に着替えておかないと、って話になったじゃないか」


 今いる場所は橘花学園内にある広場。祭りの喧騒から少し離れた場所にある静かな場所だ。彷徨える死体ワンダリングの到来に合わせて、狩り装備で彼らを迎え入れる事は事前に話し合った事である。

 実際、福子ちゃん達も狩り装備でこちらに来てくれた。学園祭と言う事とVR闘技場出演者のアピールと言う事で、生徒会やハンター委員会からの許可は貰ってある。流石に本当の理由は伏せているけど。


「それは解っていますが、それでもメイド先輩を見逃した怒りは消えません。許すまじ彷徨える死体ワンダリング! やはりここで叩きましょう!」

「コモリんコモリん。メイドよっちーの動画データと写真データ送ろうか?」

「……貴方に借りは作りたくありませんが、善意を無下に断るのは貴族の精神に反します」

「コウモリの君はバス停の君のことになると、時折ポンコツになるデスネ」


 毒ガス装備のミッチーさんが、冷静にツッコミを入れる。うん、まあ、ちょっと同意。


「あの。福子おねーさんが問題から目を逸らしたくなるのは、音子も分かります。その、彷徨える死体ワンダリングがこれだけいて、どうしたらいいのかと言われると、どうしようもないのは、はい」


 おどおどと手をあげる音子ちゃん。実際のところ、そう言う事だ。一体でギリギリ手に負えるかどうかの彷徨える死体ワンダリングが、四体。いくら『暴れない』と言っているとはいえ、平静を保つのは難しいだろう。


「ん。なのでこの事はあまり考えない方向で行こう」


【バス停・オブ・ザ・デッド】のメンバーを前に、はっきりと言い放つ。


「下手に公開すればパニックだし、AYAMEも八千代さんも暴れるつもりはないって言ってるし」

「そーそー。あやめちゃんはよっちー達のお祭りを見に来ただけなんだから。ガクサイとか面白そうじゃん!」

「しかしAYAMEとツカハラの狙いはバス停の君デス。隙あらば二人から斬りかかったり拉致ったりハラキリ上等されたキマシタワーされたりしないとは限らないデスヨ」

「最後の二つはよくわかんないからスルーするけど、まあその時はその時で!」


 ミッチーさんの懸念を必殺問題先送りで受け流す。実際、その辺りは洋子ボクも注意している。


「少なくとも、何もしなければ騒ぎになることはないみだいたし」


 AYAMEの格好は以前に出会った時とは違い、八千代さんに借りたのだろう苺華学園の制服を着ている。少し着崩しているのAYAMEらしい。二人並んでみると、不真面目系褐色JKと、生真面目な日本刀風紀委員である。

 カオススライムも見た目はただのぬいぐるみで、ナナホシも大きいテントウムシと言い張れない事もない。苺華の発明品で生まれた変異体テントウムシとか言い張れば、誤魔化せそうではある。……少し苦しいけど。

 結論を言えば、暴れなければ学園祭に紛れそうな格好だ。


「そもそもこの人達を歓迎する理由は私達にはないのですけど」

「あははー。コモリんきびしー。あやめちゃんスネちゃうぞ。スネて柱に八つ当たりしちゃうぞ♡」

「できればもっと穏便な形で拗ねて」


 AYAMEのパワーで建物の柱に八つ当たりされたら、建物崩壊の大惨事である。

 ……暴れなければ、というのは結構高いハードルなのかもしれない。


「機嫌損ねるつもりはないデスケド、実際トラブル回避を考えれば帰ってもらった方がいいデス。ミズ円城寺はそれを理解してると思うけど、AMAYE達を連れてきた理由は何ネ?」


 にらみ合う福子ちゃんとAYAMEをよそに、ミッチーさんは八千代さんに問い詰める。

 八千代さんが『ツカハラ』を受け継いだとはいえ、基本性格は円城寺八千代という学園生徒でゾンビハンターだ。彼女は殺人鬼とかサイコパスではない。道徳や倫理は人間側である。……洋子ボクと殺し合いたいとか言う部分はともかく。

 となれば、AYAMEを始めとする彷徨える死体ワンダリングを学園祭に連れてくればどうなるか、という反応は予想できるはずだし、バレれば厄介なことになるのはむしろ八千代さんなのだ。

 端的に言えば、彷徨える死体ワンダリングを連れてきて一番リスクを背負うのは八千代さんなのである。ハンターの立場にこだわりはないとは言うが、それでも人間社会に属するつもりなら明らかなマイナスだ。


「仲間の要望は聞き入れるのが人道と言うものだ」

「立派な理由デスネ。ソレデ? それだけではないデショウ?」

「何故そう思う?」

「単に六華祭見たいだけナラ、それこそ今の格好でこっそり見て回ればいいデスからね。

 確かにバス停の君に会いたい、という気持ちがあったにせよそれこそサプライズすればいいダケヨ。わざわざワタシ達まで巻き込むように事前告知しなくてもOKジャネ? 正直、罠仕掛けるとか包囲殲滅とかも考えましたヨ」


 詰め寄るミッチーさん。

 六華祭に来る、という事を事前告知しなければ少なくとも【バス停・オブ・ザ・デッド】を全員集合させることはなかった。散々洋子ボクが驚いて、そのまま何事もないように過ごして終わる流れになっただろう。

 わざわざ伝えたことで緊張感を増し、福子ちゃんみたいに『殴って叩き返そう』という流れもありえた。それこそハンター協会に全部報告ゲロって、総攻撃の可能性も考慮したのだ。……まあ、来るのが四体だとは思わなかったので、それをしてたらハンター側の全滅濃厚だったけど。


「そこは皆が犬塚殿を信頼していたからな。彼女なら自分達を無下には扱わない。敵対する相手だけど、こちらを一人の人間として扱ってくれるに違いない、と」

「カオスちゃんの時もそうだったもんねー。ねー、カオスちゃん」

「うっせぇ! 甘々な女は利用できそうだってだけだ!」

「……僕の時も、最後はとどまってくれました」


 八千代さんが淡々と告げ、その背後でカオススライムをいじりながらAYAMEが告げる。最後に聞こえた声はカバンの中にいるナナホシだろうか。


「一部人間じゃないし、結構殺すつもりで戦ったけど」

「姿や死は我らにとって意味を成さぬ。ナナホシ殿もあの場で躯を晒したとしても、復活は可能な状態だったしな」

「群体……だっけ? 死んでも子供に意識を移すとか」

「うむ。今あるクローン技術の元となった手法だな」


 AYAMEがかつて言ったことを思い出す洋子ボク彷徨える死体ワンダリング……洋子ボク達がそう呼ぶ『不死アンデッド』達はそれぞれの特殊能力で死を回避するという。


「あくまで人間という枠組み……自分達と同列と扱ってくれたことが信を得たという事だ。

 ちなみに私は刀を交わした瞬間に理解した。犬塚殿は一献酒を交わしたくなるほどの存在だと」

「未成年未成年」

「洒落だ。言葉通り、酒で流し落とせ」


 肩をすくめる洋子ボクに、手を振って答える八千代さん。洒落ってそういう語源じゃなかった気がするけど、まあいいや。


「話を戻すと……我らがわざわざ訪れた理由はに関する情報を得たからだ」


 奴ら。『不死アンデッド』と【バス停・オブ・ザ・デッド】の間で、言葉を濁すような複数形の存在となると一つしかない。

 不老不死研究者。

 六学園を含むこの御羽火おうか島で、不老不死の研究を行った人達だ。

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