ボクらの六華祭はいきなり波乱万丈で

 青空に花開く花火。ポン、ポン、ポン、と色とりどりの煙が広がっていく。

 六華りっか祭。氷華ひょうか苺華いちか光華こうか柊華とうか櫻華おうか橘華きっかの六学園合同の文化祭の開催の合図だ。今日から一週間、各学園がそれぞれの特色を生かし、様々な出し物を用意する。

 日が落ちればにはゾンビが出没するという事で時間は朝から夕方まで。各学園への移動経路としての環状線はフル活動し、送迎バスも多数出ている。この日の為に皆が準備してきたのだ。

 ただまあ、こういう島の事情だ。通常の学園祭と違う所もやっぱりある。

 最大の違いは、外来客がいない事だ。学園生徒以外の人間は、既に逃げたかゾンビ化しているか。なのでやってくるのは他の学園生徒となる。……基本的には。


(まさか彷徨える死体ワンダリングの一人が客でやってくるなんざ、お釈迦様でも思わないだろうなぁ)


 AYAME。見た目は褐色JKだが、ウィルスの力を完全に引き出せるとかそういう事で滅茶苦茶と言っても過言ではないパワーを有している。

 そんな彼女が六華祭に遊びに来るというのだ。


(まー、性格的にいきなり殴りかかったりはしないだろうけど)


 AYAMEが六華祭に来る。それを福子ちゃん達に伝えた反応は、


『殴りましょう、ヨーコ先輩。ハンターを集めて不意打ちをすればおそらく勝てます』

『コウモリの君の私怨はともかく、事情知ってる全員で監視した方がいいデスネ。例のサムライガールもいるんでしょうケド……ぶっちゃけ、サムライガール敵か味方か判断つかないデスカラ』

『洋子おねーさん、AYAMEさんとあの刀もった人と戦ったら……心、大丈夫なまま家に帰れます?』


 との事である。なお最後の音子ちゃんの質問は『あー』とか言いながら誤魔化した。そもそもあの二人相手だと勝てるかどうかという問題もあるし。

 素直にAYAMEの言葉を信じるなら文化祭を楽しんで終わりなんだろうけど、バトルジャンキー八千代さんも一緒となると、はたしてどんな化学反応が起きるか。正直洋子ボクにもわからない。


『お祭りつまんなーい。もっと面白いことないの?』

『私にいい考えがある。綾女殿、そこに犬塚殿がいるぞ。いつぞやの雪辱、晴らしてみるのは如何か?』

『そっか、よっちー遊べばいいんだ』


 ……などという会話を普通に想像できる洋子ボクであった。

 そんなわけで【バス停・オブ・ザ・デッド】全員でのお出迎えとなった。とはいえ約束の時間まではまだ間がある。それまでは洋子ボクも文化祭を楽しもう。

 洋子ボク達の出し物はメイド喫茶。橘花学園はいわゆる『普通』の学園だ。出し物も『普通』の学校にありそうなものとなる。

 なお福子ちゃんは癒しの動物園。ミッチーさんは化学体験。音子ちゃんは聖歌のコーラスとなっている。


「そんなわけで、メイド服ボク!」


 紺色のワンピース。清楚でクラシックな白のロングエプロン。ふんわりとしたカチューシャ。胸元にリボン。正統派クラシックなメイド服である。

 思わず鏡の前で20分ほど悦に浸り、紀子ちゃんにはたかれて我に返ったとかそういう事もあったかもしれないぐらいに可愛いメイド洋子ボクである。無意味にロングスカートをふわりと浮かせるように回転したり、優雅に一礼したりしていると『仕事しろ』とツッコミを入れられた。ああん、もう少し洋子ボク可愛いを堪能したいのにー。

 まあ、こんなかわいい洋子ボクだ。きっとお客様からも可愛い目で見られるに違いない。そんな視線を受けてやっぱり洋子ボク可愛いを再確認する。ああ、文化祭って素晴らしい! 早速お客様にオーダーを取りに行かなくちゃ!


「おかえりなさいませご主人様! ご注文は――」

「あ、よっちーだ」

「大正モダンだな。似合ってるぞ犬塚殿」


 そこに彷徨える死体ワンダリングのAYAMEと『ツカハラ』がいて、思いっきり崩れ落ちた。


「なにやってんの、あんたら」

「えへ、来ちゃった」

「綾女殿を呼ぶことは事前に連絡していたはずだが」

「確かに聞いてたけど、こんなに早くこっちに来るとか予想外だよ!」


 何とか復活して抗議を入れる。


「メイド服よっちーカワイイ! お持ち帰りしていい? いい?」

「やだなー。ボクが可愛いのは当然だけどもっと褒めて」

「抵抗できないメイドよっちーをズタボロにして血まみれにして酷い命令して、それでもあやめちゃんに尽くしてもらって! もう、よっちー最高!」

「いや、それボクは最悪だから」


 AYAMEは相変わらずの残虐趣味のようである。ツッコミが一瞬遅かったら実行していただろう。そういう子だ。壁を破壊してのダイナミックメイドお持ち帰りとか普通にやりかねない。


「その服は空気抵抗が高そうで戦いにくいからつまらぬ。……いや、足元を隠している分、奇襲に適しているか。犬塚殿ならそこを考慮しかねん」


 そして八千代さんはそれを止める事もなく、むしろ今の洋子ボクと戦ったらどうなるかを本気で検討していた。生粋の戦闘狂である。


「わかっていると思うけど、暴れるの禁止だからね」

「無論だ。その辺りは皆に言い含めている。祭りに水を差すような野暮はせぬ」

「言いながら鯉口チャカチャカさせるのやめてくれないかなぁ! しかも今イメージで斬りかかったでしょう!」

「それを考慮して微妙に立ち位置を変える犬塚殿もやる気があるのではないか」


 腰に差している刀を親指でいじりながら会話する八千代さん。今切りかかるならこう来るだろうという軌跡から半身ずらす洋子ボク


「……皆?」


 さりげなく言われた言葉に眉を顰める洋子ボク。あやめどの、ではなく複数単語。


「よっちーよっちー、いえーい!」


 AYAMEが両手で指差す先には、カバンに括りつけられたキモカワ系ぬいぐるみと、大きさ1cmほどの緑色をしたテントウムシのブローチがあった。よく見たら少し動いている。

 キモカワぬいぐるみ。緑のテントウムシ。

 ……………………まさか。


「カオススライムと……ナナホシ……?」

「いえーい! 連れてきちゃった♡」

「本当に何やってんの!?」


 七種類のバッドステータスをばら撒く自爆系昆虫、ナナホシ。

 空間を支配してハンターのコピーを生み出し、疑心暗鬼を誘うカオススライム。

 間違いなく戦えない人達がたくさん集まる学校にいちゃいけない類である。どちらかがそのつもりになれば、学校内が阿鼻叫喚だ。


「流石にそれは聞いてないんだけど!」

「やん、よっちー怒った? でもそんなよっちーも可愛い♡」

「そんなことでほだされるボクじゃないけどもっと褒めて褒めて」

「……ほだされてるじゃねーか」


 ツッコミを入れたのはカオススライムだ。他の生徒には聞こえないような小さな声。一応配慮はしてくれているのだろうか。


「大丈夫よ。カオスちゃんは力取り戻してないし、ナナホシちゃんは生まれたて何の能力もない子供連れてきたから。意識は同調してるけど、毒も脳喰いもできないんだって。スマホみたいなもんと思って」

「繰り返すが、六華祭を乱すつもりはない。カオススライム殿はもとよりその力はなく、ナナホシ殿は和を尊ぶ温厚な性格だ。危険性は皆無である」

「温厚……ねえ」


 八千代さんの言葉に眉を顰める洋子ボク。脳を喰らってゾンビを乗っ取り自爆させて毒を振りまく戦術を持つテントウムシを温厚と言われても、納得できない所はある。


「まあ、そのつもりがあるならいきなり襲い掛かってるだろうし。そういう事はしないって信じる」

「よっちー優しい。大好き! 首刎ねていい? きゅっ、ていでいい?」

「やだよ! 何その意趣返し! 実はあの時の戦い、根に持ってるの!?」

「えへ♡」


 可愛く微笑むAYAME。せめて否定してよ。


「待て綾女殿。犬塚殿の命脈を断つというのは看過できぬ。犬塚殿と殺し合うのは私が先だ」

「よっちーと先に出会ったのはあやめちゃんなんだから、順番でいえばこっちが先だからね」

「そんなヤミ要素しかないツンデレは全力で拒否するからね! 殺し愛三角関係とか死んでも巻き込まれたくないんだから!」


 AYAMEと八千代さんが火花を散らし、にらみ合う。必死に拒否する洋子ボク

 わー。もてもてだー。そんな現実逃避したくなるような光景だった。

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