ボクはストーカーとうどんを食う

 ストーカーとは何だろうか?

 個人の妄想や欲望のままに一個人を追いかけ、それにより迷惑をかける人というのがおおよその人間の定義のはずだ。心理学的にはもう少し面倒な理由だったりするかもしれない。

 ストーカーの元となった単語のSTALKストークには『対象を捕らえ、喰らうために忍び寄る』と言う意味がある。


「なに遠慮はいらぬ。代金は私がおごろう」


 そういう意味では、現実世界で洋子ボクと殺し合いをしたいという八千代さんは真の意味でのストーカーなのではないだろうか? 洋子ボクを喰らうためにわざわざ体育館前で待ち構えていたのだから。

 肩を叩かれ、流れるように氷華学園の学食に誘われる。うどんの食券を渡されて、そのままうどんをトレイに乗せて席に着く。その真正面に座る八千代さん。


「腹が減っては満足に殺し合いもできないからな。ささ、満足いくまで食ってくれ」

「そんなことを言われて食欲がわく人はいないから」


 誘われるままに食堂に来た理由はというと、単に小腹が空いていたという事もあるけど、いくら八千代さんでも白昼堂々と襲い掛かっては来ないだろうという考えだ。


「む、犬塚殿は意外と繊細なのだな。食べぬのなら私が頂こう。元より私の稼ぎで得たものだから――」

「いや食べるけどさ!」


 うどんを奪おうとする八千代さんの手を跳ねのける。そのままうどんをすすり、噛んで飲み込んだ。


「一応言うけど、食べたからって殺し合うとかそういう事はないからね」

「なんだ残念」

「本気で残念がってるのがなぁ……」


 深くため息をついて自分の分のうどんを食べる八千代さん。その落胆ぶりはテストのヤマ勘が外れたかのようだ。


「あの夜はあれほど激しく求めあったというのに」

「言い方!」

「一挙動ごとに互いの全てをさらけだすかのような夜。互いの肉体全てを熟知できるかのような激しい動き。思い出すだけで興奮してくる」

「だから言い方! ……いや、誤解されてた方がいいんだろうけど」


 ハンター同士で命の奪い合いをしていた、と言う事実は他のハンターに知れたら大ごとである。主に困るのは八千代さんの立場で、立場を失ったことでなりふり構わなくなると洋子ボクが困る。


「すまぬすまぬ。しかし犬塚殿も同じ興奮を感じていたはず。刹那の攻防、交差する互いの武器と魂、命を賭けたあの感覚――言葉にすればそんな所か。そういった戦いに関する喜びを感じていたはずだ」

「なんでそんなことが言えるんだよ」

「言ったであろう。一挙動ごとに互いの全てをさらけだすかのような夜。互いの肉体全てを熟知できるかのような激しい動き。

 あの夜私と犬塚殿は、間違いなく互いをさらけだすように戦い合った。ならばそこにある感情も伝わってくると言うものだ。修羅の如く戦い、羅刹の如く私を殺したかったのだろう?」


 八千代さんの言葉に無言で手を振る洋子ボク。ノーコメント、と言外に伝えてコップの水を飲み込んだ。

 実際のところ、否定はできない。


(ボクはあの時は間違いなく楽しんでいた。少なくとも、命のやり取りに対する忌避なんて事は頭になかった)


 戦った後で見たミッチーさんや音子ちゃんの顔。心配してくれた福子ちゃん。それが洋子ボクの異常性を示している。

 既に命のないゾンビと戦うのではない。ゾンビとの戦いは確かに精神を削るが、人間同士の戦はまた別の削り合いだ。倫理とか日常とか。そういった部分を剥離し、神経を研ぎ澄ましていく。

 人殺し。

 あの時の洋子ボクは、確かにそれを悪と思ってなかった。八千代さんを殺すことに、何の躊躇もなかった。


「まあ、キミ彷徨える死体ワンダリングだし。一応人類の敵だから容赦しなかっただけだし」

「くっくっく。それには違いない。そう言われれば反論できぬな」


 面白そうに苦笑する八千代さん。


「それにまあ、ボクがいる場所はサムライワールドじゃなくて、可愛いあの娘の所だからね。

 滾ってフラフラすることはあるかもしれないけど、そっちにはいかないよ」


 心に浮かぶのは、一人の少女。ずっと洋子ボクについてきてくれた愛しい人。そして洋子ボクについてきてくれる人達。

 この絆がある限り、洋子ボクは血に飢えた狼にはならない。


「と言うわけだから、そう言う気持ちはあったかもだけど、その程度。バトルジャンキーが欲しいのなら、諦めて他を探したほうがいいよ。

 あいにくとここは軍人教育をしてる学校だ。戦闘技術保有者には事欠かないからね」

「氷華は銃中心でつまらぬ。飛び道具持ちは斬り飽きた」

「斬り飽きたって……」

「ああ、先代か先々代かのだ。そういった生徒はもうかなり斬っている」


 八千代さんは『ツカハラ』の戦闘記録と技術を受け継いでいる。その中には氷華のハンターと交戦した者もあるのだろう。

 八千代さん本人が氷華学園のハンターと交戦していなくとも、そう言う経験は継承されている、と言う所か。


「よかった。八千代さんが生徒を斬ったのかと思った」

「基本性格は円城寺八千代だからな。倫理や道徳は私が基準だ。とはいえ先代の記憶を回顧して心奮えるのは間違いない。死者同士の戦いや、死者の視線で見る死者狩りの動きも新鮮なものだ」

「そっか。これまではゾンビの間だけの継承だったんだ」


『ツカハラ』は自分を殺した相手に経験と技を継承していく。

 おそらくこれまでは社会的な制限のないゾンビ同士で『ツカハラ』は継承されていたのだろう。闘争本能の高い……というか思うままに動くゾンビ同士で殺し合い、喰らい合い、そうやって技と経験を磨いてきたのだ。

 ……そう考えると、それを倒した八千代さんは素でかなりの戦闘力を持っていたことになる。うわ、厄介だな。


「うむ、人への継承はかなり久しぶりのようだ。三百年ぶりか」

「かなり長生きなんだね」

「伊達に『不死アンデッド』は名乗っておらぬ」

「……つまり、それぐらい昔からこの島では不死の研究がされてたんだ」

「不老不死は人間の永遠のテーマ、と言うのがの言い分だからな。その手の逸話は何処にでもある。竹取物語の『蓬莱の秘薬』然り。不死の飲み物『アムリタ』然り。ギルガメッシュの『シーブ・イッサヒル・アメル』然り」


 よくわからないけど、そう言うお話があるらしい。


「おおっと、思い出した。犬塚殿を待ち伏せたのはもう一つ用事があった。

 綾女殿から伝言を受け取っている」

「AYAME?」


 AYAME――八千代さんが継承した『ツカハラ』と同じ彷徨える死体ワンダリングの一角だ。人をゾンビ化させるウィルスを完全制御し、おっそろしいパワーを持つ存在。その肉体強度と環境適応能力が彼女を『不死』たらしめている。

 多くのハンターを倒し、島の地形や戦場を破壊し、そしてつい先日様々な事情があって共闘した仲だ。そしてこの島で不死を研究する存在を知るきっかけとなった。

 そして洋子ボクが『不死』になる可能性ありと見て、仲間に誘おうとしている。


「へえ。そう言えば連絡を取り合ってるとか言ってたよね」

「うむ。こちらの環境変化もあって、直で会う事になった。私の姿に目を丸くして驚いていたな」

「そりゃおじいちゃんがサムライガールに変わってりゃね。

 それで、AYAMEはなんて言ってたの?」


 言いながら拳を握る。呼吸を整え、返事を待った。

 AYAMEは人懐っこい陽キャな彼女だが、根底にあるのは人ではない者が持つ価値観だ。自分の邪魔になる者は、その圧倒的なパワーで打ち砕く。他人の命を奪う事に執着はしないが、かといって躊躇もしない。

 敵か味方か、と言われれば敵だろう。彼女は洋子ボクに好意を持っているが、好意に基づいた行動が善とは限らない。少なくとも人間サイドの価値観に照らし合わせれば、許容はできない。


『あやめちゃんひまー! また女子トークしたーい!

 なのでよっちー攫いにいくからね。邪魔したら殺す』


 そんなことを言いかねないのがAYAMEである。その為ならバリケードはもちろん、建物だって普通に破壊する。目的のためなら物理的に一直線に突き進む。そんな存在なのだ。

 そんな彼女からの伝言だ。最悪のパターンを想像し、驚かないようにしなくては――


「『六華祭ガクサイ遊びに行くから、よかったら案内して。よっちー』とのことだ」

「マジか」


 想像した最悪のパターンを斜め一つ超えた伝言に、確かに眩暈を感じる洋子ボクであった。

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