ボクはくじ引きにやってくる

「ここかー。確か体育館だっけ?」


 次の日――洋子ボクはハンター委員会の指定する場所にやってきていた。軍事系学園、氷華の校舎だ。そこにクラン代表を集めて、六華VR闘技場の抽選を行うという。


「よッス、犬塚さん! 元気そうで何よりッス!」


 会場の前で声をかけてきたのは、ファンたんだ。出会った時と比べて色々フレンドリーになってきている。

 そう言えば彼女、氷華だったっけか。ベレー帽かぶってて軍人格闘っぽいスキルを持っていた気がする。


「あ、スマホ買い替えたんだ」

「っす! 今度は耐衝撃耐水加工バッチリっすよ! どんなゾンビが来ても問題ないっす!」

「あははー。相変わらずで安心した。今日は抽選会を見に来たの?」

「はいっス。今話題っすからね。また【バス停・オブ・ザ・デッド】に密着させてもらうっす!」


 動画投稿命の突撃パパラッチは変わらずである。

 そしてふと思い出し、尋ねてみた。


「そう言えばファンたんて弟居る? 同じ氷華ひょうかに」

「ああ、いるっすね。カズ坊がどうしたんすか?」

「いや、ミッチーさんに聞いたんだけど」


 言ってミッチーさんから聞いた話を伝える。高熱ガスを開発し、対抗しようとしているとか。

 ……サウナで年相応の反応したあたりは、男の慈悲で言わないでおいた。流石にあれを身内に知られるのは可哀想だ。


「ははー。化学オタクとしてロートンさんに対抗心沸いたんすね。もう少し色気づいてもいい年齢なのに」


 かなり色気づいてるんだけど、知らぬが仏である。主に弟クン的に。


「カズ坊のクランも予選突破したみたいだから、もしかしたら中で会えるかもっすよ」

「あ、そうなんだ。なんてクランなの?」

「確か【ダークデスウィングエンジェル零式】っす」


 イタい……! なんだその……そのいかにもな名前は……!

 福子ちゃんあたりなら『成程、深いですね』とか言いかねないけど、その……!


「一度見たら忘れなさそうな名前だよね、それ。うん。記憶に残りそうなのはいいことだ。そんじゃ、ボクは行くね」

「うっす。また取材させてくださいっス」

「ファンたんならいつでも歓迎だよ」


 言って校門をくぐり、入り口で要件を告げて名札を貰う。そのまま体育館まで進み、舞台裏に通された。


「おー。たくさんいるねぇ」


 中には十名を超えるハンターと、ハンター委員会の人達がいた。クラン代表だけでも十六名。委員会を入れれば教室も一杯一杯だ。

 体育館の方を覗いてみると、こっちもこっちでかなりの数がいた。ファンたんのような動画投稿者は専用の席があり、それ以外の人は一般席という形になっている。


「たかだかくじを引くだけなのに、大した注目だよね」

「ふふん、それだけ注目度が高いのですよ、犬塚さん」


 言って一人の男が洋子ボクに話しかけてくる。そのまま髪をふさぁ、と書き上げた。さらさらした髪が一瞬重力に逆らうように宙に浮き、そしてふんわりと落ちる。その間合を測ったかのように、言葉を続ける。


「六華祭はゾンビに生活を制限されている六学園生徒の楽しみの場。夜はゾンビが跋扈するため満足にあそべぬ無辜の民が、そのストレスから解放される時。

 その目玉の一つになると注目を浴びているのが六華VR闘技場! それが注目されないことなどあろうものか!」


 言ってまた髪の毛をかきあげる。この動作に聞き覚えがあり、その名前を口にする。


「もしかして『タテガミ』の百夜?」

「おお、私のことをご存じでしたか。然もありなん、この美しき髪は天上の調べ! 究極の癒しにして無限の安らぎ。触れてみたい気持ちは十分に理解していま――」

「いや、それはない」


 立石に水とばかりに喋る百夜――立神百夜にストップをかける。


「キミのことは福子ちゃんから聞いているよ」

「それは何より。自己紹介の手間が省けました。では私の髪がどれほどのものかをば。先ず朝は水洗からベース剤を付けた後に低温でアイロン乾燥、スタイリングオイルで保湿――」

「いや、それもいいから!」


 聞いてはいたけど、人の話聞かないなぁ!


「なんと!? 至高の芸術を生み出す基本にして第一歩を聞かないとは。実に惜しい。しかしこの美しさは私にのみ許された頂き。無為な努力を強いるのも残酷と言うものか」

「キミがここにいると言う事は、キミもクラン代表と言う事かな?」

「いえ。私は代行です。最も狩りにおいては私がリーダーという形をとっていますが」


 クラン代表が狩りに出ない、と言う事はそう珍しいことではない。『AoDゲーム』だとクランを作った代表がログインせず別ゲームに浮気、とかいう事はよくある話だ。


「実はその件で犬塚さんにお話が。今の【バス停・オブ・ザ・デッド】を解散して、私のクランに入りませんか?」

「はぁ?」

「もちろん今の【バス停・オブ・ザ・デッド】四名全てを受け入れましょう。そしてハンターに必要な各種装備も優先的にそちらに渡します。なんなら、私の髪に触ってもいい」

「最後のは交渉の条件なの?」

「むしろこれこそが最大の切り札です」


 髪の毛をかきあげる立神。うわぁ、本気で言ってるよこの人。

 要するに引き抜きである。自分のクラン強化のために、強い人間をスカウトする。それ自体は悪くないし、むしろそうやって組織を拡大していくことは正しいクランの成長である。

 しかし自分のクランを捨てろだなんて、そんなこと言われて頷くクランマスターはいない。確かに規模は弱小だけど、愛着のある名前とクランメンバーなのだから――


「現在【ハンドオブミダース】のクランランクは243。クランハウスの家具効果により沈黙混乱恐怖への30%耐性。倉庫には希少な武器防具がそろっています」


 ……うぉ。ちょっと心ときめいた。特にそのバステ対策はナナホシの時とかすごくほしかったものだ。

 だけど我に返ってポーズを決める。


「ま、このボクのような強くて凄くて可愛くて話題性があっているだけで癒しになる究極ウルトラスペシャルなハンターを有したい気持ちはわかるんだけどね」

「ええ、貴女のような話題性のあるお方が私のような美しいものと組むことで、更なる発展が生まれます。犬塚さんはより有名に。私はより美しい髪を世間に知らしめることができるのです!」

「ふ、悪くないアイデアだけどやめておくよ。キミの髪の毛をボクのパーフェクトなバス停&マフラーの狩り姿でかすませてしまいそうだからね」

「ええ、残念です。美の頂上は常に一人。共に相容れぬ仲だったという事です」


 互いににらみ合い、そして同時に背を向けた。己が一番と自負する者同士、相容れぬのは当然のことなのだ。


「同族嫌悪と言いますか、類は友を呼ぶと言いますか」


 そんな洋子ボクに声をかけてきたのは一人の女性。パーティに来ていくようなドレスを着ており、手にはこれまた高級そうな扇。絵本方出てきたお姫様でございます、と言った感じである。


「同族嫌悪って……あんな人の話を聞かないのと一緒にしないでよ」

「……貴女、クランメンバーから『人の話を聞かないお調子者』とか言われたりしてないのかしら?」


 フローレンス・エインズワース。復活した【聖女フローレンス騎士団】のクランリーダーだ。いつも言われて耳を塞いでいる言葉をいわれ、目を逸らした。


「ま。それはともかく……聖女様も闘技場に出るんだ」

「無論です。我らが騎士団は勇猛果敢にして豪気果断。疾風迅雷にして電光石火! それが大会に選ばれないなどありえません!」

「下水道の一件で結構人間関係ぐちゃぐちゃになった、って聞いたけど」

「確かに人数はまだ全盛期の四分の一にも達していません。ですが、それをもって戦うのが私の才格! その姿を知らしめれば、心折れた騎士達も私の元に戻ってきます。そして第二騎士団や第三騎士団と更なる発展を!

 この闘技場はその格好の場。犬塚洋子。貴女をも、踏み台にして差し上げますわ!」


 言って洋子ボクを指差す聖女様。

 彼女は洋子ボクの側で戦いを見て、折れずに奮起したのだ。その心にある芯や如何に。


「挑戦は何時でも受けるよ。だけど踏み台になるつもりはないからね」

「ええ、有言実行と行かせてもらいますわ」


 笑みを浮かべるローレンス。自信に満ちた目は世界を知らない温室育ちの御姫様ではなく、挫折から立ち直った強さを秘めた狩人の目。

 負けるつもりはないけど、楽はできそうにないね、これは。

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