ボクは癒し癒されて

 黒虎寺での狩りは、八千代さんとの攻防の後に終了になった。


「こんなの何時ものなんだから、すぐに立てるようになるって」

「いや無理ネ。むしろそう言えるバス停の君は冷静さを欠いてるヨ」

「はい。音子、こわいです。なんであそこまで躊躇なく人を攻撃できるのかが……」


 ミッチーさんが真剣な顔で、音子ちゃんが怯えた顔でそう告げる。

 人間同士の斬り合い。ゾンビ相手ではない相手に武器を向け、殺し合うという事実。それを前に普通の人間なら確かに常識を疑うだろう。

 仮装現実では痛みも感じないやり取りだが、現実ではそうもいかない。ゾンビは既に死んでいるから仕方ない(とはいえ、ゾンビ化した知り合いを見れば精神的にショックを受けるけど)が、人間同士の命のやり取りはやはり簡単には受け止められない。命のやり取りの恐怖と言うよりは、人間同士の殺し合いと言うモラル的な問題だ。


(うーん。この辺は、ゲーム脳なのかなぁ?)


 何はともあれ、こんな状態では仮にはならないという事で撤退することになる。ドロップ品もそこそこ手に入れているので、悪くはない狩りだった。ゾンビウィルスなどのメディカルチェックも終え、クランハウスに帰還する。

 シャワーの順番は低学年順から。そんな暗黙のルールに従って音子ちゃんから汗と血を流していく。シャワーが終わるまでは、リビングで適当にダベリングである。昨日見た動画とか今日の学校の出来事とか、そう言う歓談だ。

 音子ちゃんが出て自分の部屋に戻る。入れ替わりで福子ちゃんがシャワー室に入った時、ミッチーさんが近寄ってきた。


「本当に大丈夫デスカ、バス停の君? 実は斬られてたとか、目に見えない手刀を見逃してたとかナイですカ?」

「ナイナイ。むしろカンフーゾンビの攻撃の方が痛かったよ」

「そりゃ三時間も至近距離で戦ってりゃ何発かは喰らう……というかそれで何発しか喰らわないのが異常なんデスが。

 ですけど、コウモリの君のケアはしておいた方がいいデスヨ」

「へ? 福子ちゃん?」


 うんうん、と頷いた後にミッチーさんは言葉を続ける。


「あの子、前にカミラとか言う知り合いゾンビ化した、って聞きマシタ。クローン復活しなかったとも。

 その辺あるから、喪失とか心的外傷トラウマになってるヨ。帰る途中もずっと無言でしたシ。いつもなら小言ぐらいはいうデショウ?」

「まあ、それは」


 福子ちゃんが洋子ボクの狩りに何かを言うのは、もうお約束になっていた。洋子ボクの狩りはすごく勉強になるけど危険すぎる。一歩間違えればゾンビ化する。

 それは事実だ。洋子ボクはそのギリギリラインを見極めながら狩りをしている。一秒遅れれば、一歩踏み込み過ぎれば、一手遅れれば、間違いなくゾンビに猛撃を受け、ゾンビ化しているだろう。なのでそこを言われれば、何とも言えない。

 ただ言い訳をするなら、それはゲーム知識からくるもので安全で、福子ちゃんにもその辺りは伝えてある。


「バス停の君は戦術とかそう言うのは目ざといクセに、そう言う心の機微はウブですからネ」

「あははー。面目次第もありません」

「何ならオネーサンがイロイロ教えてあげまショウカ? テトリスアシトリス」

「手取り足取り……かな? って!?」


 いきなり近づいてきたミッチーさん。密着した胸のボリュームがあばばばばば!

 顔を近づけて、誘うようにミッチーさんが囁いてくる。身体に触れた手がつー、と太ももをなぞった。指が進むたびに、体が火照ってくる。

 逃げようという気力がドロドロに溶けていく――


もまだまだウブみたいネ。イロイロ、教えますヨ」

「コッチってドッチ!? いや、その!」

「体はショージキネ。それじゃ――」

「何してるんですか、お二人」


 かけられたのは冷ややかな声。

 お風呂上がりの福子ちゃんが冷たい視線でこちらを見ていた。体の熱が一気に冷えていく。


「オウ。思ったより早かったネ。もう少し弄って楽しめると思ったノニ」

「いや違うんだよ福子ちゃん。ボクは何もしていないっていうかなんて言うか!」

「はい。だいたい予想はついています。ただ抵抗せずに流されそうになってたみたいですが」

「あうあうあうあうあう」


 確かにあのままだとそう言う流れになっていただろうし、それを拒否できなかったのは間違いないんだけど、その、あの、言い訳はさせてほしいんだけど。


「バス停の君はお説教タイムっぽいから、アタシが先にお風呂入るネー」

「ちょおー! そこで逃げるのなくない!? ねえ、せめて一緒に土下座するとか!」


 するり、とミッチーさんはお風呂に向かっていく。

 パタン、と扉が閉まり福子ちゃんと二人きりになる。落ちる静寂。なんとなく正座しながら、重い沈黙に耐えていた。

 沈黙を破ったのは、福子ちゃんのため息だった。


「まあ、ロートンさんなりの気遣いなんでしょうね」

「福子ちゃん?」

「今日の出来事はショックが大きかったです。ヨーコ先輩が死ぬかもしれないって思って。

 さっきまで心がクチャぐちゃでしたけど、怒って発散したら少しマシになりました」


 言ってため息をつく福子ちゃん。感情に任せて叫んだことで、心の不安が解消されたようだ。


「あー、八千代さんとの斬り合いか。うん、心配かけてごめん」

「いえ、ヨーコ先輩に落ち度はないです。ですが実際に目の前でやられると……」

「カミラさんの事を思い出しそうになる?」

「…………はい。またいなくなるかもしれない、って思うとそれが怖くて」


 言って洋子ボクに体を預けてくる福子ちゃん。

 その頭を撫でながら、洋子ボクは声をかける。


「大丈夫だよ。ボクはここにいるし、いなくなったりしない」

「良くそんなこと言えますね。あんな無茶な狩りをするくせに」

「でも大丈夫。ボクを信じて。ボクが今まで福子ちゃんを裏切ったことあった?」

「……ついさっき、ミッチーさんの虜になりそうになってたじゃないですか」

「ソ、ソンナコトナイヨー」

「おっぱいですか? おっぱいなんですね!?」

「いやそれは痛い痛い痛い!」


 背骨を締め付けるように、抱き着く腕に力を籠める福子ちゃん。

 福子ちゃんなりにささやかな胸を押し付けようとしていると思うと、いろいろ可愛いと思ったりする。……口に出したらとんでもないことになるけど。


「ロートンさんにふらふらしたり、早乙女さんをかわいがったり、ヨーコ先輩は気が多すぎです」

「それぐらいは普通じゃないかなぁ? クラン仲間なんだしさ」

「男の人達に胸とか太もも見られてデレデレするのは?」

「その、ボクカワイイのは仕方ないし。遠回しに可愛いとかきれいとか言われている気がして、その、ほらぁ!」


 こればっかりはその、ねえ。理解してとは言えないけど、ボクが可愛いって言わて喜んじゃうのはもうどうしようもないことで。

 あははー、と笑ってごまかそうとした時に、


「ヨーコ先輩、カワイイ」


 言葉に本気の熱を込めて、福子ちゃんが呟いた。

 

「はへ?」

「すごくカッコイイ。胸も太もももキレイ。戦ってる姿もスゴイ。お調子者で良く笑う所が微笑ましい」

「ちょ、ちょ!」


 一言一言が爆弾みたいに洋子ボクの心を砕いていく。本気でそう思っている。本気でそう伝えたいんだと理解できる。その度に頭が眩暈を起こしたようにくらくらしてくる。


「ヨーコ先輩のいい所、もっと言えますよ。何なら行動で示してもいいです。ヨーコ先輩の可愛い所、一杯引き出せますから。

 ほら、私にデレデレしてください」


 わ、わ、わ! そ、そんなこと言われたら――!


「福子ちゃん好きー!」


 語彙力も何もかもかなぐり捨てて、感情のままに福子ちゃんを抱きしめる。理性とかそういうものなんか、もうどうでもいい!

 そのままリビングで二人絡み合う。溶け合うように互いを求め――


「バス停の君、シャワー空いたヨー」

 

 扉を開けたミッチーさん。床で抱き合う洋子ボクと福子ちゃん。そんな状態で時が止まった。


「……ケアしろとは言ったデスケド、そう言う事はせめて部屋戻ってからにしたほうがヨクネ?」

「ソ、ソーデスネー」


 呆れたようにミッチーさんがそう忠告してくる。洋子ボクはただ、そう言うしかできなかった。

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