ボクらは色々な挑発を受ける
いろいろあった金曜日とは打って変わって、土曜日と日曜日は平和なものだった。
朝はのんびりとお湯につかり、福子ちゃんと今度水着一緒に買いに行こうかとか約束して喜ばれたり、ミッチーさんと風呂場にある者を題材に英語の勉強をしたり、音子ちゃんとわしゃわしゃ体を洗い合ったり。
出てくる食事も新鮮で、思い付きで養殖場を見に行こうと提案したら二つ返事でOKが帰ってきて見に行ったり。何故か置いてあった古いゲーム筐体(ミッチーさん曰く、温泉の必需品ネ!)で遊んだり。
「やー。楽しんだ楽しんだ! 明日から学校とか行きたくなーい!」
「同感ですが諦めましょう。ずっとあそこにいるわけにもいきません」
「十分に楽しむために働く。これ基本デスネ」
「音子、電気風呂またやりたいです。びりびり」
十分に日々の疲れと穢れが落ちたかのような
「なんだこれ?」
郵便ポストに大量の何かが入っていた。
いや、それが手紙の類だという事は解る。ただ封筒に入って切手の張られた手紙がたくさん。生徒会の郵便サービスを使っての手紙配送である。電子メールとかではなく、紙の手紙である。
溢れんばかりの手紙は、ほぼ共通していた。
「差出人……というか差し出したのはクランですね。クラン名の名義で手紙が送られてきています」
「【ヨイチ・ガンナー】【オリハルコン・バレッド】【パンドラボックス】……うっはー。戦闘色強いクランばっかデスね」
「こっちは個人の名前が書いてます。ええと……果し状?」
とりあえずポストの中の手紙を全部取り出し、クランハウスの中に運ぶ。個人のものとクラン名義のものを仕分けて、一番下の方にあった『重要』と書かれた封筒を手にする。
「ハンター委員会からの通知?」
怪訝に思いながらも封を開ける。最近はハンター委員会に呼ばれるようなことは……。
(実はカオススライムを生かしていたり、AYAMEと共闘したり、ツカハラと一触即発だったり、不死の研究者のことを黙っていたり……。
うん、どれもこれもバレたら査問レベルばかりだよね、これ!)
自分でも渋い顔をしているという自覚はある。首を振って気分を切り替えて、一気に封筒を取り出した。青色の紙に書かれた内容は――
「六華祭VR闘技場の誘い……?」
六華祭――六学園の文化祭だ。そこで行われるイベント、VR闘技場の参加のお誘いである。
「えー……。『前略、【バス停・オブ・ザ・デッド】様に置かれましては日々のご健闘を』……ああもう、飛ばし飛ばし!
『貴方達の日々の戦いを評し、クラン【バス停・オブ・ザ・デッド】を闘技場への参加権利を贈呈します。参加されるのなら××日までに参加の旨をご連絡ください』……あー、この前ニュースでやってたあれか」
「こちらの手紙もその関係ですね」
福子ちゃんがうんざりした顔で手紙を見ていた。
「そのVR闘技場で私達を倒すという意気込みが書かれています。こちらの方は健闘を祈る。こちらは挑戦状的に」
「ワハハハハハ!
「はい、音子は隠れてばかりの卑怯者ですから。はい。ごめんなさい」
ミッチーさんは英語スラングに大笑いし、音子ちゃんは持ち前のネガティブが発動していた。
個人で出した手紙も、基本一緒だ。礼儀正しかったり口が悪かったりするが、要するに言いたいことはただ一つ。
「ボクらを倒したい、ってことか。VR闘技場で」
「ええ、そのようですね。宣戦布告と言うにはいささか礼節にかけるものも多いですが」
「今クランのメールボックス見たけど、こっちもかなり溜まってマスヨ。内容は言うまでもないネ。手紙とメールと二つ送ってるクランもアルネ」
「音子、ネコちゃんと遊んできます。これ以上は……」
精神的な限界に来た音子ちゃんが庭に向かう。うんうん。無理して見なくていいから、こんなの。
「だああああ! お祭りついでにバトって楽しもうかと思ったのに、急にドロドロしてきたじゃないか!」
「それだけ私達の強さが広く喧伝されたという事なのでしょうね。ハンターランクの価値を否定する意味ではありがたいのですが」
ハンターランクの高さがハンターの価値ではない。【バス停・オブ・ザ・デッド】はそう言い続けている。ランク制度自体は否定しないが、ランクが高ければ偉いハンターなのだというのは間違っているのだと。
「逆にランクが低いから舐めてかかられている所もあるデスヨ。なんだかんだで、ハンターランク至上主義者はいるわけデスから」
成果が上がるにつれて、こういう弊害もあるという事だ。
「つまり、ここで『メンドクサイのヤだから闘技場は出ない!』って言うと……?」
「『アイツラ負けるのが分かってるから逃げた』『やはりハンターランクでの強さは絶対だ』とか言い出す輩も出てくるんじゃないデスカネ?
ま、中には純粋に勝負したい、ってクランもいれば動画人気を妬んでのバリー造語とかカモヨ」
「罵詈雑言、って言いたいのかな?」
ミッチーさんの言いたいことは、まあ理解できるし納得もできる。
現実世界でハンター同士で戦うことはご法度だ。ゾンビの脅威がある以上、ハンターという貴重な戦力を削り遭うわけにはいかないというのが理由だ。
一応VR空間での鍛錬はできるし、そのログも全員の了承があれば公開される。だが八千代さんみたいにそれは本当の戦いではないという人もいるし、ログなんか改ざんされている可能性もある。
今回みたいに皆が見ている状態で大々的に戦うのは初めてだ。リアルタイムの大会形式でハンター同士が戦い合うことはなかったのである。
自分の実力を他のハンター達に示すことができる場所が出来たのだ。自己顕示欲の高いモノなら、今がチャンスとばかりに参加するだろう。そして今現在『強い』と噂されている【バス停・オブ・ザ・デッド】を倒すことでそれが満たされるのも、自然な流れだ。
「戦うのも面倒そうだし、かといって戦わないともっと面倒そうだし……ああ、もう! 恨み辛みなしでスパッと戦えないのかなぁ!」
「戦闘民族はフィクションなんデスヨ。日本のことわざでいう所の、アニメじゃねーってヤツです。夢は忘れ去られるんデスよ」
「ロートンさんの例えはよくわかりませんが……ここまで恨みを受けてしまうのは問題ですね。早乙女さんの精神状態もありますけど、これがエスカレートしないとも限りません」
「……むぅ」
福子ちゃんの懸念はありえそうな話だ。
例えば敵情視察と言い張ってストーキングしたり、物を盗んでいったり。犯罪行為すれすれもしくは犯罪そのものをやりかねない。
現在の段階でも音子ちゃんは結構精神的にキている。もともとネガティブ思考に陥りがちな子だけど、こちらを卑下するような内容の挑戦状ばかりだと、音子ちゃんじゃなくても参ってしまう可能性がある。
「出来そうなことは、ハンター委員会に頼んで注意してもらうぐらいですかネ」
「そうだなぁ。ご丁寧にクラン名や個人名を書いてくれているんだから、言ってもらうのはできそうだ」
こういう時、自分から文句を言うのは火に油である。相手は【バス停・オブ・ザ・デッド】と戦いたいのだ。その相手が反応したのなら、むしろ挑発に乗ってくれたと解釈するだろう。公正に裁いてくれる立場に投げるのが一番だ。
……ただまあ、問題はある。
「あの会長に会うのはなぁ」
人の名前を憶えない委員長、小鳥遊。
その顔を思い出しながら、気が重くなるのであった。
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