ボクらは報告し合う

「そんなことがあったんだ」


 その日の夜。スパの宿泊室でそんな報告を受けた洋子ボク

 洋子ボクも同様に彷徨える死体ワンダリングツカハラとそれを継承した……この説明でいいのかは未だに疑問だけど、ともあれ八千代さんについて皆に伝える。


「……また彷徨える死体ワンダリング……音子、明日死ぬかもしれません。エヴァンスくんのお知り合いとか大した問題じゃなかったみたいです」

「ワオ。これが日本のことわざでいう所のナントカのバーゲンセールみたいデスネ。普通会えないモノですし、むしろ会って生きてるとかドンダケ」

「しかもそれがヨーコ先輩の命を狙っているとか……あまり楽観できる状況ではありませんね」

「そっちもそっちで厄介な人と出会ってたみたいだけど……まあ、いきなり襲い掛かってくるとかいう危険はないのかな。そういう意味では安心か」


 お茶を飲んで一息つく洋子ボク。さすがに辻斬りを堂々と宣言するハンターは稀のようだ。


「そうですね。立神百夜――光華では『タテガミ』の百夜として有名な彼ですが、無作法に人を襲う性格ではありません」

「……まあ、ヒトを襲わないからまともな人間かと言われるとそうでもなさそうだけど」

「彼は自分の髪の美しさにこだわりを持っています。ウマの遺伝子を有し、戦いにおいては自分と仲間を<動物療法>で癒しながら戦うタンク役です。クラン全体の継戦能力を高め、多くのハンターを誘導してきました」

「髪の美しさはともかく、癒しタンクか」


 タンク――簡単に言えば、ゾンビの攻撃を一手に受けて、仲間へのダメージを減らす役割だ。『AoD』はHPの概念がなく、ゾンビから攻撃を受けるとウィルス侵食率が上昇する。神職率が100%を超えた後にダウンするほどのダメージを受ければゾンビ化する。

 逆に言えば、ウィルス浸食率が100%を超える前に癒せば、ゾンビ化はしない。癒し系タンクはゾンビからの攻撃を引きつけながら、ゾンビにならない程度に自分を癒して致命傷を避ける。そんなテクニカルなタンクである。

 メリットは高重量の身体装備が不要の為、その分他の装備を持っていける事。デメリットは癒しのタイミングを誤ると一気に崩れる為、その見極めが重要であることだ。


「……ちなみに自分の髪を触って自分を癒してるとか、そういう事?」

「はい。その度にポーズを決めて自らの髪の美しさをアピールします」

「やってることはアホっぽいけど、技術的には熟練の動きだよなぁ」


 福子ちゃんが言うには、彼の癒しは喉から手が出るほど欲しいとの事である。実際、そこまでの実力者ならクランとしても有益だろう。だが――


「ま、ボクにとっての一番の髪はボクのピンクショートカットだからね! ソリが合わないのは自明の理さ!」

「おー。独りよがりにかけてはバス停の君の右に出る者はいないデスね」

「音子は福子おねーさんの髪を馬鹿にされたから、怒ってるように見え……むぐぅ」

「言わないで上げてください。皆さん分かっていることですし。ヨーコ先輩なりの照れ隠しなんですから」

「……………うっさいよ」


 音子ちゃんの口を紡ぐ福子ちゃんに向けて、唇を尖らせて呟く洋子ボク。ミッチーさんもにやにやとこちらを見ていた。


「ま、アタシの方は気楽なモノね。EFBに対抗できるガスを作ったってだけデ」

「疑問なのは、なんでその子がミッチーさんに絡んでくるかって話かな。混合姫ミキシングとか言われてたみたいだけど、なんかあったの?」

「隠すほどでもないデスけどね。ガス兵器作ってた時代があったんデスヨ。その時の成績が良かったから、そう呼ばれていただけで」

「その子の言葉が正しかったら、小学校あたりから作ってたみたいだけど?」

「エヘヘー。日本のことわざでいう所のロリ天才デシタ!」


 言って頭を叩くミッチーさん。

 小学生と言う事は最高でも十二歳。今のミッチーさんが高校三年だから十八才。つまり、最低でも六年前の話だ。ゾンビアポカリプスが起きるより前の話。その頃から、ミッチーさんはガス兵器を作っていたのだ。

 ……何のために? まだ幼い子供に、どう言い聞かせてガスを作らせたのだろうか? そしてそれを当時のミッチーさんはどう思ったのだろうか?


「オオット、余計な心配は不要デスヨ。結果としてそのガスがハンター達の役に立って、かつその後を継ぐ者もできたんデスカラ、ワタシとしては幸せデス」


 何かを言いかけた洋子ボクの機先を制するように、ミッチーさんはそう告げる。そう言われれば、追及もできない。


「マー、ウブでカワイイ少年でしたからネ。皆に襲い掛かるとかはありえないでしょう。むしろガスの性能を示すためにゾンビ狩りを手伝ってくれるカモヨ。

『フ、貴様らを助けたのではない。このガスの性能を試しただけだ。勘違いするなよ』……トカ?」

「む。それは一度試してみたいシチュエーションですね。……残念なことにヨーコ先輩が危機に陥る状況はないのですが」

「その、普通に助けてもいいんじゃないかな、って音子は思うんですけど。よくわかりません」


 生まれそうになった重い空気を打ち消すように、軽くツンデレるガス少年を演じるミッチーさん。その言葉に反応する中二病な福子ちゃんと、なんといっていいかわからない音子ちゃん。


「よくわからないでいえば、音子ちゃんに絡んできたござる男もわけわかんないよね。

 えーと……ロリンだっけ?」

「コリン……。エヴァンスくんの……しんゆーであいぼーではんりょよてい?」


 小首をかしげる音子。言葉の意味はよくわかっていないようだ。


「エヴァンス、って確か下水道で出会った子だよね。【聖フローレンス騎士団】の一員の」


 隠密系のライフル使い。騎士道だかなんだかを重視して、主のフローセンスを裏切らないと誓ってた子だ。


「はい。何度か助けてもらいました。音子、その恩も返せずにクランから追い出されて、謝らなくちゃって思てたんですけど……」


 カオススライムの一件で【聖フローレンス騎士団】が解散してから、連絡が取れなかったという。推測だけど、騎士のメンツだとかに拘ってクラン復活の為に動いてたんじゃないかな? だとすれば頭の固い子だなぁ。


「で、そのエヴァンスくんがボクが音子ちゃんを苛めていると言ってたのか」

「ヨーコ先輩の訓練は傍目には恐怖体験ホラーですから」

「そこまで追いつめているわけではない……はず!」

「……追い詰めている自覚はあったんデスネ」


 ミッチーさんの言葉に言葉を詰まらせる洋子ボク。いやだって、命の奪い合いなんだから、訓練とはいえ多少は……ね!


「あの。音子は気にしてませんよ。我慢できますから。音子が我慢すれば、全部解決しますから」

「その言い方は無理やり早乙女さんにガマンさせているみたいに聞こえますね」

「うーん、そのコリンくん……というかエヴァンスくんの言い分も正しく見えてきましたネ。で、そのコリンくんはその辺りを理由に絡んできて……」

「エヴァンスくんに気に入られている音子ちゃんに嫉妬をぶつけるだけぶつけて帰っていった、と」


 洋子ボクは指で三角を描きながら福子ちゃんとミッチーさんを見る。二人とも、うんと頷いて洋子ボクの言いたいことを理解してくれた。と言うか、同じ感想を抱いたようだ。


(三角関係? 音子ちゃんとコリンとエヴァンスの三人の隠密系小学生複雑恋愛模様?)

(現状わかっているのはエヴァンスくんが音子さんを気にしていることと、それを受けたコリン君が音子さんに嫉妬していることですね)

(下手につついて悪化させるよりは、自然の成り行きに任せるのが一番ネ)


 別に超能力が使えるわけではないが、視線でそんなことを確認し合う洋子ボクと福子ちゃんとミッチーさん。そのまま頷きあって、音子ちゃんに向き直る。


「……で、音子ちゃんはそのコリンくんとエヴァンスくんのことはどう思ってるの?」

「え、エヴァンスくんはライフルを使ってゾンビを倒して凄いし、コリンて人は音子も気付かないぐらいの隠密だったからすごいなぁ、って」


 お互いを誉める音子ちゃん。うん、まあ、そんなもんだよね。


「しかしまあ皆変な人に絡まれて災難は災難だったね」

「ええ。折角の骨休めなんですから大概にしてほしいものです」

「さ、お楽しみの料理タイムデスヨ。ゾンビウィルスに犯されていない養殖サカナがまってマスカラ!」

「養殖……缶詰やコンビニのお弁当じゃない食べ物、久しぶりです。

「よし。それじゃあ嫌なことは忘れて食堂に行こう!」


 洋子ボクの号令と共に食堂に向かう洋子ボク達。

 昼間に絡まれた人達のことは、もう頭から離れていた。

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