ボクがそんなことしている間に起きていたこと

「【バス停・オブ・ザ・デッド】の小守福子、だね」


 露天風呂で話しかけてきたのは、小守福子と同じ光華こうか学園の立神たちがみ百夜びゃくやだ。年齢は18歳。茶髪のいわゆるイケメン顔である。カミラおねえさまの元に居た頃、何度か顔を合わせたことがある。

 曰く――


「美しい銀髪だ。初めて見たころはまだまだでしたが、今はあのカミラにも勝るとも劣らない。ですが、所詮は二流。私には劣る」

「『タテガミ』の百夜……何用です? 私はゆっくりしたいのですが」


 中二病モードに入って、心に壁を作るようにして応える福子。スパは混浴だから男性の立神がいても問題はない。だが、その本質を知っている福子は会話を避けたいと言外に告げていた。


「北区の戦い、見事だったよ。実に優雅なコウモリの舞だった。

 しかし残念なるかな。キミの戦い方には『さらさら』感がない」


 言って自分の髪の毛をふさぁ、とかきあげる立神。

 うわぁはじまった、と福子は心に耳栓をする。


「コウモリの毛はふさふさではあるがさらさらではない。あの場にいるのがこの私だったらあの場はさらさらした毛並みのの癒しに包まれた者となっていただろう。実に残念!」


 この残念イケメン。重度の『さらさらした髪』信者なのであった。主に自分の髪の。


「呆れた。そんなことを言うためにわざわざ話しかけに来たのかしら? まだ週刊誌の血液型占いの方が有益だわ」

「何を言う! さらさらした髪の美しさは世界共通。古来からの芸術のモチーフなのだよ、福子君。そう、あの動画に映るのにふさわしいのは私なのだ!」


 本当に呆れた、とばかりに小守は立ち上がり湯船から出る。これ以上、立神と会話をするつもりはない。カミラおねえさまも話が噛み合わないと言っていたが、ここまで独りよがりとは。


「カミラ君は残念だったよ。私の理念を理解していれば、死ぬこともなかっただろう。この有益さを理解しながら、矜持を優先して協力を拒んだのだから」


 聞く耳もたないとばかりに去ろうとした福子は、その一言に足を止めた。


「<動物療法>……接触している相手のゾンビウィルス感染率を下げるこの私の能力さらさら。<聖歌>ほど癒しの効果は遠くには及ばないが、その分効果は高い。

 犬塚洋子も私の髪の美しさを見れば喉から手が出るほど――」

「残念ですが」


 福子は立神の言葉を、冷たく遮った。


「ヨーコ先輩はそんなもの必要ありません。あの人の強さを理解しているのは、私だけですから」


 あまりの冷たさに、立神は二の句を告げる事が出来なかった。


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「【バス停・オブ・ザ・デッド】のロートンさんですね」


 サウナで話しかけてきたのは。眼鏡をかけた男だ。中学生のようだが、以外にがっしりした体格は軍隊の訓練を受けている証拠でもある。おそらくは氷華ひょうか学園の人間か。ロートンはそう睨んだ。


「先ずはETBガスの再現、おめでとうございます。混合姫ミキシングと呼ばれた貴女の事ですから、いずれ到達するとは思っていました」

「オウ、その名前を出されるのは恥ずかしいネ。――で、何者?」


 100℃を超えるサウナの中、その男は静かに告げる。


四谷よつや和馬かずま氷華ひょうか学園の工作兵です。姉が色々お世話になったと聞いております」

「姉……ああ、ファンたんのことデスカ」


 ファンタン四谷。そう名乗った動画配信者の名前を思い出すロートン。その顔と目の前の男の顔を見て、気付いたことを口にする。


「そう言えば顔似てますネ。お姉さん元気?」

「変わらず息災です。今はスマホを買い替える為にバイト中てすが……それは些末事。今回ここに来たのは姉の礼もありますが、貴方と話がしたかった」

「ワタシ?」

「そう貴方です。混合姫ミキシングと呼ばれた天才化学者。しかし私は貴方を超えるガスを生み出した。その名もHCD――聖なるHoly紅蓮のCrimson闇龍炎Darkness!」

「………………エー。マジデ?」


 あまりの名前に思わず問い返すロートン。


「予想すらしない宣言に言葉もありませんか。然もありなん、EFBは最強と呼ばれた凍結ガス。それに対抗するだけの高温を生み出せるはずがない。その常識を超える発言ですから」

「アー……ソウネ。そういうコトそういうコト」

「だが事実です。かつてガス混合の天才と言われた貴女が放棄した超高熱ガス。僕は貴方が不可能だと切り捨てたガスを完成させたのですよ。……研究を捨てたことを苛むつもりはない。ただ僕が貴方よりも有能だった、と言うだけです」


 勝手に盛り上がってるなー。ロートンはサウナの熱気に呆然としながら話を聞いていた。この中二っぷり、コウモリの君と話させたらいい勝負ジャネ? 年齢同じっぽいし。


「……ヤメトコ。バス停の君、泣くかもだし。それはそれで見てみたいけど」

「何の話で?」

「若いのに凄いネー、ってことデス」

「皮肉てすね。まだ小学生だった頃の貴方が生み出した理論。それがあるからこそ今のガス工学がある」

「それこそ昔の話ネ。学問は常にアップロード。かつての理論あっての今の理論ヨ。アナタの実力なら、もっと先にイケルネ」


 言って頭を撫でようと立ち上がったロートン。それに呼応して怯えるように震える四谷


「……っ! それ以上、近づかないでほしい……」

「? どうしたネ? もしかしてノボセタ?」

「あの……女性の身体には慣れてなくて……。その水着は……その、刺激が強くて……」


 座ったまま動かない四谷。その視線の先は、ロートンの豊満なボディとそれを申し訳程度に包む赤いビキニをちらちらと見ていた。

 あー、そういうことね。ロートンは座ったままの少年を前に色々察したように微笑んだ。


「生物として正しい反応だから、恥じる事はナイヨ」

「くぅ……!」

「天才君に敬意を表してこれ以上はやめておくネ。バーイ」


 言って手のひらをひらひら振ってサウナから出るロートン。


(カワイイ反応だったネ。まるでバス停の君みたいに初心な反応で

 にしても、ワタシが廃棄したガスを継いで完成させたとか。本当に天才ナンジャネ? ま、あの性格からしてこっちに牙向くことがないんだしいいケドネ)


 まさかそれがフラグになろうとは、ロートンの目をもってしても見抜けぬことであった。


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「【バス停・オブ・ザ・デッド】の早乙女音子でござるな」


 電気風呂の感覚に慣れつつある男に話しかけてきたのは、一人の男性だった。だが、姿は見えない。音子は気のせいかなと思って再び電気風呂の感覚に浸っている所に声は続けられる。


「先の戦い、見事であった。隠密によるクラン全体へのサポート。目立たぬが故に軽視されがちだが、なくてはならない縁の下の力持ち。それを理解している者がどれだけいようか。

 申し遅れた。拙者コリン・ジェイミソン。復興した【聖フローレンス騎士団】にてエヴァンス・マッコイ殿と共に戦うモノでござる」


【聖フローレンス騎士団】……かつて自分が所属していたクランだ。カオススライムの一件で解散したが、フローレンスが復活して再結成したという事は風の噂で聞いた。かつてのメンバーのほとんどは袂を分かったが、数名は戻ってきたか。


(エヴァンスくん、戻ったんだ)


 エヴァンス、の名前を心の中で反芻する男。オトコと言う名前でクラスメイトからいじめられていた時、ハンタークランに誘ってくれたクラスメイト。クランの威光でクラスからのいじめはなくなったが、今度はクラン内での扱いから離脱した。

 エヴァンスがいなければ、音子は自発的に行動できずにずっとクラスメイトにイジメられていただろう。不正を許さず、主に忠実な騎士であろうとする人だった。


「初めまして。早乙女音子と言います。今は洋子おねーさんの【バス停・オブ・ザ・デッド】の元にいます」

「うむ、聞いている。我が盟友にして真の主にしてパートナーにして伴侶予定であるエヴァンス殿が音子殿の活躍を知り、歓喜されていた。実に嫉妬深いが拙者も音子殿の動きは感服せざるを得まいのは事実でござる」


 コリンの言葉にはいろいろおかしい発言もあったけど、消極的な音子にそこを指摘する勇気はなかった。


「同時に心配されてもいた。かの【バス停・オブ・ザ・デッド】は入団者に地獄のような試練を強いるという。聞けば動作にわずかなズレも許さず、失敗すれば死さえ生ぬるい精神的苦痛を与えると聞く。仮想空間であるにもかかわらず、心に残る一撃だとか。

 ……無論、その噂全てを信じるつもりはない。風評被害は名声を得たものが受ける災難のようなものゆえ」


 全然間違っていないんだけど、音子は何も口にしなかった。何度絶望と恐怖にまみれて帰っていく入団志望者を見てきたか。音子自身も実体験してるし。


「だが火のない所に噂は立たぬのも事実。エヴァンス殿は音子殿の事を案じておった。新地にて肉体的精神的苦痛を受けているのではないか、と。そして拙者にそれを探ってくるように頼まれたのだ。

 だが、今の音子殿を見る限りは斯様な心配は無用と判断する。っていうかエヴァンス殿の寵愛を受けるのは拙者のみ。クラスメイトとかちょっと気になったとかそんな心配されるなんか調子に乗るなよ<テレパス>に目覚めなければ拙者もエヴァンス殿と同じ学校に通っていたんだからなうわーん!」


 愚痴と言うか泣き声のようなものが音子の耳に聞こえたかと思うと、そのまま声は聞こえなくなった。


「……えーと」


 途方に暮れた音子だが、すぐに電気風呂の感覚に身をゆだねた。


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「――と」

「言う事ガ」

「ありました」


 三人からの報告を受けた洋子ボクは、おおう、としか返事が出来なかった。

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