ボクと『八千代さん=ツカハラ』

 彷徨える死者ワンダリング『ツカハラ』

 湯船につかっているサムライガール八千代さんは確かにそう言った。


「……いや、生きてるよね。キミ、ゾンビには見えないけど」

「是。この身は未だ心の臓が脈打ち、生命の輝きがある。加えて致命的な身体的持病もなく死とは程遠い」

「えー。じゃあ嘘言ったの? 大体ツカハラってボクの知る限りは和服着た爺だったんだけど」


 僕が知るツカハラは、『AoD』サービス中のころだ。時代劇風のおじいちゃんが突如狩場に乱入し、ハンター達をぶった切って帰っていったという事件があった。

 まー、その動きたるや正にチート。無駄のない動きと素早い動作で次々とハンター達を斬っていったのだ。銃弾を回避しながら近寄ってくる様子は、どこかのアニメでも見ているかのようだった。

 少なくとも、こんな黒髪巨乳な女性ではなかった。


「それは先代ツカハラだな」

「せんだい?」

「ツカハラと言う存在は言ってしまえば『技』そのもの。その継承による不死アンデッドだ。

 ツカハラを斬った者の肉体と魂に、それまで培った技を継承する。百五十五名分の戦いの経験と技。それ自体がツカハラであり、ツカハラの不死アンデッドだ」

「……えーと……?」


 八千代さん――だかツカハラだかよくわからないけど、とりあえずそれが言ったことを整理する。

 殺した相手に技を継承する。

 技をデータみたいなものだと仮定すれば、自分を殺した相手の肉体と魂の両方にそれをコピーペーストする。そのデータそのものがツカハラで、継承者コピペ先が途絶えない限りは、ツカハラは死なない。すなわち、不死である。


「……って感じでOK?」

「理解が早くて助かる」

「じゃあ八千代さんを乗っ取ったとかそういう感じなの? そう言えばその古風な喋り方とか物騒な性格ももしかして――」

「否。ツカハラは単に技と経験の継承。円城寺八千代の肉体や魂を変化させるものではない。

 この性格と口調はあくまで私のものだ」

「……元からそんな物騒な性格と口調だったのね」


 少なくともツカハラを倒した八千代さんが憑依されて死んでしまったというわけではないようだ。安心していいのやら悪いのやら。

 つまり、PCに外付けHDDがついたようなものだ。そこから経験とか技とか様々なデータを引き出すことが出来るけど、PC本体にはあまり影響しない。そしてそのHDDは、自分を殺した人間に移し返される。


「でもそれって不死なの? 大元の……初代の『ツカハラ』の肉体や魂とかそう言うのはもういない、って事なんでしょう?」

「愚考だな。培った技や経験が未来永劫受け継がれる。武人としてこれに勝る喜びはあるまい」

「理解はできないけど、そう言う考え方もあるのかな。因みに八千代さんが老衰とかで誰にも殺されなかったらどうなるの?」

「その時は霧散する。戦いが不要となったのなら、剣術は消えるが運命」

「不死じゃないじゃん」

「然り。故に早々に不死を求める学士達はこの案を手放したようだ」


 なんだかなー。


「斯様な経歴故に、常に戦を求めるのがツカハラだ。犬塚殿が私を倒してツカハラを継承するもよし。犬塚殿を倒し、その経験をツカハラが培うもよし」

「あと八千代さんが戦うのが楽しいから良し?」

「無論だ。むしろそれが主目的。犬塚殿と切り結ぶことが出来れば、さぞ心躍る一戦になろうぞ。一挙手一投足全てが素晴らしい。至高の技巧による命の奪い合い。想像しただけで滾ってくる」


 言って唇を舌で舐める八千代さん。洋子ボクの動きを計るように目を細める。まるで肉食獣が獲物を前にして、襲うのに適切な距離を計るように。

 本当にこれ彷徨える死者ワンダリングの影響受けてないんだよね!? ちょっと怖いんだけどさ!


「くどいようだけど、こんな所で戦うつもりはないよ」

「残念無念。しかしいずれ機会は巡ってこよう。その時まで待つとするよ。月のない夜での闇討ちあたりが妥当か」

「本人を前に闇討ち不意打ちする計画練らないでほしいんだけど」

「不意打ち程度を対応できぬ犬塚殿でもあるまい。それで死ぬのなら見込み違いだったという事だ」


 こええ。辻斬りサムライマジ怖ええ。


「良くそんな考え方で今まで生きてこれたね。仲間とかに疎まれなかったの?」

「あいにくと単独で死者狩りをしていた。徒党を組むのは性に合わん」


<戦闘狂>のデメリットは『パーティもしくはクランメンバーが全員いなくなるまでは戦場から離脱できない』だ。

 逆に言えばパーティやクランに属さなければ、デメリットはないという事でもある。そういう意味で、八千代さんの単独ソロ活動はむしろ理に適っている。……まあそれは一人でゾンビを狩れるだけの実力プレイヤースキルが必要なわけだが。


「むしろ犬塚殿が血族クランを結成していることに驚きだ。あれだけの実力があるなら、ひとりでも戦えよう。むしろ彼女達は足手まといではないか?」

「――舐めんな、サムライ。軽口でも踏み込んじゃいけない事はあるんだよ」


 カチンときて、思わず語気荒く言葉を返す。


「そこが怒りの沸点か。いいことを知った。どうしても挑発に乗らなければ、血族を拉致するとしよう」

「そんなことしたら、本気で許さないからね」

「むしろ望むところよ。本気で殺そうとしてもらわないとこちらも面白みがない。なに命は奪わんよ。指を一本切り落とすぐらいだ」

「……っ!」


 頭に血が上って、言葉を失う。近くにバス停があれば、握っていたかもしれない。

 相手のペースに乗せられている自覚はあるが、それでも怒りは収まらなかった。ここでへらへら笑ってしまえるほど、冷静な性格じゃない。


「……いや、やめておこう。犬塚殿の真価は冷静な思考とそれによって生まれた大胆な行動。戦場を盤面上に見るかのようにして、己自身もそこにある駒とみる冷徹さ。

 それが怒りで波打つのなら、その精度は下がる」


 言って立ち上がる八千代さん。挨拶は終わったとばかりに背を向け、湯船から上がっていく。


「運命が交差する場所でまた会おう。その時互いが相対していることを祈る」

「……普通逆だよね。殺し合う事前提の再開とか御免だよ。

 まあ、キミが言いたいことは分かったけど、二つほど聞いていいかな?」

「よかろう。答えられることなら」

「一つ。キミは……『ツカハラ』は人間を殺したいの?」

「奇妙なことを問う。剣術は人を効率よく殺す技術。それを研鑽する以上、殺しは避けれまい」

「物騒だなぁ。……つまり、結果として殺すけど人間自体を恨んだり憎んだりはしていない?」

「その解釈で問題ない」


『ツカハラ』は人殺しの技術そのものなんだから、感情も何もない。あくまで技術を積み重ねる事だけが目的のようだ。ストイックと言えばストイックなんだけど、迷惑千万なことには変わりない。

 ……まあ、迷惑なのはどっちかっていうと八千代さんの性格にあるんだろうけど。


「二つ目だけど。その身体になってから、AYAME達と会ったりしてるの?」

「直接の接触はない。そもそも我らは会うこと事態が稀だ。だがSNS経由で連絡は取り合っている」

「……キミ、SNSとか使うんだ。スマホとか苦手なイメージがあるんだけど」

「こう見えても犬塚殿と同い年なのだが」

「そういうのは使えないキャラっぽいから。ほら、幕末からタイムスリップしてきた感じ?」

「はっはっは。ころすぞ」


 うわ、今もろに殺気飛ばして来たよ。ちょっとゾクっとした。


「ま、よかったらこっちは元気だって伝えといて。そっちは……殺しても死なないんだっけか」

「伝えておこう。では今度こそ、去らば」


 そして湯船から上がり、脱衣所に向かう八千代さん。

 面倒なのに絡まれたなぁ……。そんなことを想いながら、洋子ボクは湯船につかるのであった。


 

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