ボクは温泉でサムライと出会う

 苺華学園。

 頭のいい人――いわゆるIQが高い人間を集め、様々な研究を行っている学園だ。一応文学とか数学とかに傾倒している人もいるんだろうけど、ゾンビハンターになる……『AoDゲーム』のキャラになるのは兵器に直結する化学などの理系だったりする。

 そんな人たちがこのゾンビアポカリプスな状況で作ったのが、癒しの施設、SPAだという。わざわざその為に宿泊施設付きのビルまで建てたというのだから驚きを通り越して、頭のいい人の思考はわからないと思考を放棄しそうになる。

 普通の温泉やサウナはもちろん、電気風呂やジャグジーなどもあり、一番上にある温泉は露天となっている。気合入れすぎだろ、いや嬉しいけど。

 先ずは部屋で荷物を降ろし、適度に歓談した後に風呂場に移動。お風呂を楽しんだのちに食事に行こうと言う事となった。

 運営しているのは苺華の生徒だ。労働することで日々の食事と寝床を優先的に得られると言う事で、結構希望者は多いのだとか。

 そんな説明をミッチーさんから聞きながら、更衣室で水着に着替えて戸を開ける。


「温泉だー!」


 大声で叫ぶ洋子ボク。着ているのは以前港で披露した水着だ。白いワンピース水着。福子ちゃんとは対になっており……改めて恥ずかしさを意識する。


「そこで露骨に照れないでください」


 平気そうにしていた福子ちゃんも、洋子ボクの表情を見て顔を赤らめる。とはいえイヤな気分ではないらしく、言葉や行動の端に嬉しそうな雰囲気が出ていた。


「バカップル成分頂きデス。やー、今夜は滾りそうデスネ!」


 そんな洋子ボク達をからかうミッチーさん。なんと赤ビキニ。胸と腰を護る赤い布切れはミッチーさんのボリュームに負けそうになっている。大きいは暴力。巨砲至上主義はどの時代でも健在だ。


「…………はー」


 はじめてのスパに驚きを隠せない音子ちゃん。黒を基調としたハイネックなワンピース水着だ。レースフリルなども相まって、可愛いの表現がよく似合う。可愛いは正義。イエスロリータ、ノータッチ。


「……っていうか、皆いつの間に水着買ってたの?」

「むしろ余所行きの水着を複数買ってないバス停の君が女性としてどうよ、っていう話デス」

「えへ、音子の水着かわいいです? ちょっと奮発しました」

「と言うわけで機会があれば買い物に行きましょう」


 福子ちゃん以外は新調の水着であった。もしかしたら福子ちゃんも新しい水着を持っていたかもしれないけど、敢えて洋子ボクに合わせたのかもしれない。


「とりあえず体を洗った後は適当に回っていこう。先ずは大浴場かな」

「私は露天風呂に行きたいです。星を見ながらとか最高じゃないですか」

「おおっと、サウナに行かずしてどうするデスカ。あの達成感は格別デスヨ」

「音子、よくわかりませんけど電気びりびりとか面白そうです」


 見事に希望がわかれる洋子ボク達。


「じゃあ一時間ぐらい自由行動にしようか」


 ということで、各自自由に動くこととなった。身体を洗った後に、大浴場に向かう洋子ボク。お湯に浸り、全身の力を抜いた。熱が染み入るように全身を駆け巡る。


「はふぅ……」


 思わず漏れるため息。身体が上気して、心地良い。ゾンビを狩るばかりの毎日だったけど、たまにはこういう癒しが無くてはいけない。こういう施設を作ってくれた人達には感謝である。

 静寂の癒し。だがそれは凛とした声で終わりを告げた。


「【バス停・オブ・ザ・デッド】の犬塚洋子とお見受けする」


 話しかけてきたのは女性だ。入浴の邪魔にならないように縛った黒髪と引き締まった身体。……あと、おっぱい。うん、大きい。

 察するにハンターなのだろうけど、見たことのない人だ。


「先日の北区での戦い、見事と感服させていただいた。見慣れぬ得物を斯様に扱う様は実に素晴らしき様だ。そして端々に見える動作の精錬。戦の極みを見せてもらった次第」


 そしてどこか古風な喋り方。背筋を伸ばした一礼。実にヤマトナデシコな感じだ。立てばシャクヤクとはよく言ったものだ。

 

「どうも。ところでハジメマシテ、でいいのかな?」

「これは失礼した。私の名前は円城寺えんじょうじ八千代やちよ苺華いちか学園の高校二年生だ。僭越ながら死者狩りを生業としている」


 死者狩り……ゾンビハンターの事かな? なんというか一つ一つ古風である。


「未熟ながら剣術を嗜んでおり、先日の犬塚殿の戦いを見て感極まった次第。銃で戦う狩人が多い中、あれだけの動きが出来る武人は珍しく。さぞ多くの戦場を潜り抜けてきたのだろう」

「まあ……潜り抜けたと言えば潜り抜けたのかな?」


 主にゲームとしてだけど。その言葉は口にはできなかった。言っても信じられないだろうし。


「あー、もしかしてボクのクランに入って弟子入りしたいとかそういう話? だったら歓迎――」

「否。斯様な相手と切り結び合えると思うと、血が騒ぐ。今でも滾った血を抑えるのに必死なぐらいだ」

「……うわお、戦闘狂」


<戦闘狂>――キャラクターが選ぶことが出来るスキルの一つだ。戦闘になると攻撃力にプラス修正が付くけど、パーティーやクランメンバーが一人でもフィールドにいる間は戦場から撤退できない。そんな超前倒しな戦闘特化スキルである。


苺華いちかの近接戦闘系となると、<生物学><戦闘狂>で、あとは洋子ボクと同じの武器習熟スキルかな? 剣術とか言っていたから<片手剣習熟>あたり?)


<生物学>は的確に相手の弱い場所が狙えるスキルだ。ハンターランクに応じた時間、相手の防御力を無視して攻撃できる。ただし近接戦闘武器のみとかそんな制約だ。


<(武器属性)習熟>は、その名の通りその属性の武器を使うのに手慣れているというスキル。洋子ボクだと両手武器だ。感情の高ぶりに応じた補正が付く。


「それは温泉で体が温まってるからとか、そう思いたいなぁボク」

「ほほう、犬塚殿は戦闘が好きではないと? 強者との戦いに血は滾らぬか?」

「そういう気持ちがないとは言わないけど、オンオフは切り替えるのが人生を楽しむコツだよ。今はまったり温泉につかりたいね」

「ふむ、確かに道理だな。今ここで切り結ぶのは確かに風情が足らぬか」


 言って湯船につかる八千代さん。こちらに切りかかろうという意思は消えたように見える。それでもその視線は鋭く、洋子ボクと友好的になりたいというつもりはなさそうだ。


「ま、VR空間での模擬戦ならいくらでも受けるよ。そう言えばここのスパにもあるんだっけか?」

「仮想空間での戦いはつまらぬ。痛みも感じず、命のやり取りもない」

「いやでも、ハンター同士で戦うのはご法度だからね。同じ近接同士ってことで竹刀とかならともかく」


 ハンター同士でのいざこざは、基本的に禁止だ。倫理とか常識とか理由は色々あるが、最大の問題はそんな余裕がないことである。ゾンビが跋扈している状況で貴重な戦力同士削り合っている余力はないのだ。


「ご法度、と言うだけで切り結ぶことはできよう? 後は野となれ山となれ、とするなら」


 射貫くような視線。洋子ボクと現実で戦いたいという欲求をストレートにぶつけてくる。


「どっちかがゾンビになったんならいいんじゃない? ハンターとゾンビなら、戦うしかないし」


 その一閃を、笑顔と冗談で受け流す洋子ボク。その言葉に八千代さんは笑みを浮かべた。


「そうとも言い切れまい。犬塚殿は綾女あやめ嬢と共闘したではないか」

「……っ。なんの、ことかな?」


 八千代さんの言葉に、声を潜めて言葉を返す。

 綾女嬢――それが指しているのがAYAMEだというのなら、それは北区での戦いのことを知っていると言う事である。そしてあの戦いの内容はクランメンバーやファンたん以外は知らないはずだ。

 ファンたんが喋ったという可能性は無きにしも非ずだが、それよりも警戒しなければならない事があった。


「まさかとは思うけど、不死の研究をしている人……かな?」


 AYAMEと共闘していていた時にユースティティアを通じて話しかけてきた。それが洋子ボクを邪魔者と思って殺しに来たのでは――


「ふむ、そちらを懸念したか。ならばある程度は事情も知っているとお見受けする。とはいえこちら側の事情は私には関係ない。あくまで個人的興味で犬塚殿に接触していると思ってほしい」

「こちら……? え、どういうこと?」

「こちらとは、不死アンデッド……彷徨える死体ワンダリングの存在だ。

 私は円城寺八千代にして、一五六代目ツカハラ。不死アンデッドの末席。犬塚殿を始めとする死者狩りが彷徨える死者ワンダリングと呼ぶ存在だ」


 え……いまなんていった……あんでっど……わんだりんぐ……つかはら? は?


「はあああああああああ!?」


 あまりと言えばあまりのことに、思わず大声をあげる洋子ボクであった。

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