ボクと不死者と人間と

 AYAMEがオフェンス。洋子ボクがその補助。

 警察署一階からここまでの戦闘で、その形式が板についてきた。AYAMEの状況により洋子ボクがオフェンスに回ることもあるが、基本は変わらない。


「よっちーと一緒にいると楽ー。ねえねえ、これからも一緒にあそばない? ううん、遊ぶって決めた! 絶対よっちー不死にするから!」

「遠慮するよ。でも一緒に戦って楽しいっていうのは嬉しいかな!」


 AYAMEの拳が警察ゾンビを吹き飛ばし、洋子ボクのバス停が腕を跳ね飛ばす。飛んでくる弾丸を受け止めたりかいくぐりながら、少しずつユースティティアへの距離を詰めていく洋子ボク達。


「ありえない。これだけの数を突破してくるだと……! 私の天秤に誤りはない! 罪ある者が勝つなどありえない!」

「良く言うわよ。あやめちゃんたちにあんなことしておいて自分達は罪がないっていうの! ふっざけんな!」

「あやめ――貴様、実験体A00001……! 何故貴様がここに居る!? 貴様の活動限界はとっくに超えているはずだぞ!」


 AYAMEの言葉に反応したユースティティアの声色が変わる。先ほどまではまだどこか規律を正そうとしていた声が、急に声色悪く罵りだした。


「ざーんねん。あやめちゃんは不死アンデッドなんでーす。アンタらの自壊遺伝子リミッター? とか何とかはとっくに外してるのよ!」

「なんだと……!? 遺伝子レベルだぞ! それさえも克服するのか、オウカウィルスは! 貴様のような乳臭い小娘如きが不死を得るなど、許されん!」


 挑発するAYAMEに驚きの声をあげるユースティティア。おー、なんだか蚊帳の外っぽい流れ。

 っていうか、さっきまでの罪ありきな口調とは打って変わっての罵詈雑言だ。こっちが素なのかな?


「貴様、なぜこんなゾンビもどきとハンターが一緒に行動している!? そこのハンター、後ろから実験体A00001に襲い掛かれ!」

「ボク? まー、AYAMEと一緒にいるのは成り行きかな。っていうかそっちは完全にゾンビじゃん。ハンターならゾンビを狩るよ」


 ユースティティアに指差さされ、AYAMEを攻撃するように命令される洋子ボク。まあ、聞く義理なんかないんだけどね。


「な、何故だ、何故コマンドを受け付けない!? 送信履歴は残っているぞ! 動け、そこの女! キッカハイスクールID0030319! ヨウコ・イヌヅカ! くそ、何故上位命令コマンドを受け付けない!」

「……は? えーと……?」


 口から唾を飛ばさんとばかりに洋子ボクを指差し、そんなことを叫ぶ。よくわからないながらに推測するに、あのユースティティアは洋子ボクに命令しているらしい。そしてその命令を聞かないとおかしいと。


「何故だ!? 遺伝子情報も行動履歴も99.89%の確率でヨウコ・イヌヅカなのに! コントロールを全解除。再起動。ID0030319に上位命令……エラー!

 ……魂情報が異なる? なんだ、どういうことだ!」

「よくわからないけど、混乱している今がチャンス!」


 何度も何度も洋子ボクに何かをしようとしているのだが、全然何もない。むしろ他の警察ゾンビが右往左往して、同士討ちすらしている。


「ぷ、ははははははははは! 狙ってやったわけじゃないけど、マジウケル! よっちー連れてきてよかった!」

「は? え?」

「よっちーの魂特殊だからね。それであの天秤女……っていうかそれを操ってる奴がバグってるのよ」


 大笑いするAYAMEの言葉を、僕なりに整理してみる。

 魂が特殊。それはつまり、ゲーム転生した僕の魂の事だろう。そしてそれは本来の身体である犬塚洋子とは別の魂だ。だから『上位命令』とやらは効かない。

 それは逆に言えば、正しい魂を持つ者は『上位命令』を受けてしまうと言う事だ。その結果どうなるかはわからないが、会話の内容からいいように操られると言う事か。


「こちらに記録のない実験体A00001の眷属……! いや、ありえない。実験レポートを検索してもそのような記述はない。ならば上位命令を跳ねのける変異を起こしたという事か。しかし今の『学園都市』に研究できる研究者も施設もない。つまりは自然発生で……!?

 危険すぎる……! 我々の支配を脱する存在が自然発生するなら放置はできん! 即刻捕らえ、解析しなければ!」


 ユースティティアがそう言うと同時に、警察ゾンビの動きが止まる。再び自らの指揮下に収めたのだろう。警棒と手錠を手に迫ってくる。


「実験体A00001は殺せ! ID0030319は殺さず捕らえろ!」

「ばーか。あやめちゃんが死ぬわけないじゃん。よっちーもこの程度の数に捕まったりしないもんね」

「まあそうだけど、後でいろいろ話してよね!」


 おいていかれそうになる展開を前に、どうにか叫んでバス停を構える洋子ボク。明らかに別人のようになったイベントボス。実験体とか上位命令とかあからさまに支配していましたよー、と言わんがばかりの黒幕っぽい存在。


「そんなに難しい話じゃないわよ。

 こいつらが、あやめちゃんが前に言っていた『不死アンデッドの研究をしてたやつら』よ。で、さっきやろうとしたのは遺伝子と魂の両方に命令して洗脳しようとしたの!」


 警察ゾンビと立ち回りながら答えるAYAME。


「遺伝子と魂に命令とか、わけわかんないんだけど!」

「あやめちゃんもよくわかんない!

 でもそういうことが出来るのよ、あいつ等は。不死研究の副産物とかそんなものらしいわね。察するに学園の全員に遺伝子と魂に命令できるようにいろいろしてたんじゃない?」

「……ってことは、ここに福子ちゃんとか連れてきてたら……?」

「ばっちり洗脳されて敵に回ってたわね。心も体もぜーんぶあいつらのものになって」


『ごめんなさい、ヨーコ先輩。私、この人達の言いなりになります。心も体も支配されて、逆らう事なんてできないんです。ヨーコ先輩のこと、好きなのに……』

『ピースピース! バス停の君では味わえない感覚デスネ。もう、バス停の君の命令なんて聞けないデス』

『洋子おねーさん、お久しぶりです。音子はあの人達のおかげで生まれ変わりました。もう、あの人たち無しではダメになりました』


 ……想像して、ちょっと心が折れかかった。


「あ、そうなったらよっちーの心が壊れて、隙ついて奪えてたかも? ああん、惜しい。てへぺろ♡」


 おっそろしいことを可愛らしく言わないで頂きたい。

 でもそうか。警察ゾンビに支援バフかけたり指揮を執っているのはその機能の延長線と言う事か。ゾンビには(たぶん)魂とかないから、遺伝子情報のみで操っている感じで。

 正直理解できない技術だけど、ユースティティアのあの慌てっぷりが演技とは思えない。となるとあのユースティティアはそう言う技術を持っているとしか――


「……違う。ユースティティアも操られているんだ。その『不死研究者』に」


 途中までは規律を求める女神のような口調だったが、突如感情をあらわにしてこちらを操ろうとしてきた。推測だけど、AYAMEの存在に気付いて何処からかユースティティアを操ったのだ。


「まるで運営かみ様みたいだね」

「ただの馬鹿な人間よ。胸糞わるいだけのね」


 洋子ボクの言葉に唾棄するように言い捨てるAYAME。

 すでに周りの警察ゾンビのほとんどは伏している。遠くから増援が来る気配はあるが、今ユースティティアを護っている警察ゾンビは少ない。突破して襲い掛かることは可能だ。


「可能だ、と思ったときにはすでに攻めているのがボクなのさ!」

「あ、よっちー!?」


 AYAMEの横を抜けるように走り抜け、ユースティティアに迫る洋子ボク。大振りの大上段からバス停を振り下ろし、剣で攻撃を受け止めさせる。相手が硬直したのを確認すると同時に、円を描くように移動してブレードマフラーでユースティティアの肌を傷つける。


「ど、何処に消えた……!?」

「まだ野良ゾンビの方が反応がいいよ。戦いは不慣れのようだね!」


 簡単なフェイント。ゾンビなら闘争本能とかで反応してくるが、その様子すらない。まるで素人のように洋子ボクの動きに翻弄されていた。横に回ると同時にバス停を振り上げるように振るう洋子ボク


「そこか!」


 洋子ボクの声でこちらの位置に気付いたようだが、それも陽動だと気付いていない。声をかけたのはAYAMEが走り出すのが見えたから。それを気取られないように敢えて場所を教えたのだ。

 一気に距離を詰めたAYAMEの拳が振り上げられる――


「あやめちゃーん、ぱーんち!」

「実験体A00001!?」

「後ろからボクもいくよ!」


 前からはAYAMEの拳が。横から背中の退路を断つように洋子ボクのバス停が。まるで交差するようにユースティティアに振るわれる。


「あやめちゃんとよっちーの、だぶるあたーっく! はい、よっちーシメ台詞!」

「うえええ……!? これが死者と生者の合体技ダンスだよ!」


 急な無茶振りに驚きながらも、バス停を振り抜く。

 ユースティティアは頭部が柘榴のように赤く砕け散り、背中にバス停を叩き込まれて、完全に動かなくなった。

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