ボク等は水着で戦う。……なんで?

「やほー、よっちーも水着なんだ! 一緒に泳がない?」


 右側は青い下地に白い星。左側は赤と白の縞々。その布が包み込むのは、決して小さくはない褐色の胸。腰も赤白ストライプなボトムズだ。健康的な褐色と派手なビキニが水にぬれていた。

 ……いやいや、今はそれに見惚れている場合じゃない。我に返って津波と共に現れた不死の少女――AYAMEを指差す。


「なんでキミがここにいるの!? デパートに居たんじゃないの!」

「そーなのよー。デパートで水着選んでたら泳ぎたくなって。で、こっちにやってきたの。

 まさかよっちー達まで水着でここに居るとか。これって運命だよね♡」


 あー、そういうこと。たしかになっとくだわー。

 って、納得している場合ではない。


「…………港の警察ゾンビは、あらかた片付いた……のかな?」

「ええ、そのようです。事故と言うかなんというかよくわかりませんが」


 あまりの展開に思考がフリーズしていた洋子ボクだけど、とりあえず状況を確認するために疑問を口にする。同じくフリーズしていた福子ちゃんがそれに答えてくれた。

 あれだけの津波だ。巻き込まれたゾンビ達は波にさらわれたか、流されてその辺りを転がっているか。それはハンターも同じだが、自発的に泳げるハンターと泳ぐという思考があるかわからないゾンビとでは生存率は段違いのはずだ。……ゾンビはもともと死んでるんだけど。


「そういう意味では、今日やるべきノルマは果たしたわけで。となると次はやっぱりAYAMEを相手しないといけない……のかな?」

「あの星条旗ガールを無視はできない、っていうのは同感ネ。だけど――」


 AYAME。この島の災害ともいえる彷徨える死者ワンダリングの一つにして、この島の『実験』で作られた不死の存在。ゾンビウィルス適正者と自称する彼女のパワーは、先ほどの津波を易々と起こすほどである。

 無策で突っ込めば、間違いなくあのパワーを受けることになる。はっきり言って勝ち目なんかない。


「こんなコンクリばかりの場所じゃ泳げないよね。やっぱり砂浜じゃなきゃ。

 だからここ壊しちゃうね」


 言って腕を回転させるAYAME。彼女がそのつもりになれば、こんな港を破壊することなど容易い。いや、港だけではない。この周辺を『砂浜』にするまで徹底的に建造物を破壊するだろう。


「ノー破壊! 泳ぐ前には準備運動だよね!」


 言いながら走ってAYAMEに近づき、バス停を振り下ろす洋子ボク。それを避けるAYAME。回転させた腕を止めて、洋子ボクの方を見る。


「あは。よっちー、やっとその気になったんだ。

 あやめちゃん、少し退屈してたんだ。出会う人は銃持ってる人ばっか相手でさ。つまんなかったのー」

「そりゃどうも。楽しんだら帰ってもらえないかな?」

「いいよ。


 AYAMEの視線がこちらを向く。ぞくりとする感覚が背筋を走った。ネズミがネコに抱くような、強烈な生物としての差。ただそれだけで心が折れそうな、圧力。


「ヨーコ先輩!」

「全員でかかるよ! 指示してる余裕はないから、各自自己判断で!」


 AYAMEから目を逸らさずに叫ぶ洋子ボク。本気で挑んで勝率二割以下。それが脳内でのシミュレートの結果だ。マジでやらないとヤバい。


「あやめちゃんぱーんち!」


 技術もなにもない、ただのパンチ。予備動作も見え見えでフェイントも何もない真っ直ぐな軌跡。しかしそこに含まれるパワーは絶大。バス停の時刻表示板で逸らすように受け止めても衝撃を流しきれず、両手がしびれるような感覚に襲われる。


「あわー!? スマホが飛んでったっスー!」


 遠くでファンたんのそんな声が聞こえてくる。つまりそこまで衝撃が飛んだと言う事だ。


「次はキックだよー! そーれ!」


 褐色の足が振るわれる。形的にはお腹辺りを狙ったミドルキック。足の軌跡のままに地面にひびが入る。そして遠くで何かが壊れた音。蹴りの衝撃が地面をえぐり、壁にぶつかったのだ。

 その衝撃音が響くころには洋子ボクはAYAMEにバス停を振るっていた。袈裟懸け、足払い、左手狙いの払い上げ。三角を描くバス停の軌跡。硬い何かを削ったような手ごたえは確かにあった。少なくとも、ゾンビのような人体の感覚ではない。


「さっすがよっちー! じゃあこれはどう!」


 こちらの攻撃など感じていないかのようなAYAMEの言葉――事実そうなのだろう。至近距離からの右フック。慌ててしゃがむが、次のAYAMEの攻撃を避けるのは間に合わない。振り下ろされる左拳にこめられたパワーは、洋子ボク毎コンクリを破壊しかねないほどだ。


「させません!」


 だがその左腕に四匹のコウモリが襲い掛かる。福子ちゃんの放った眷属だ。振り上げた腕を払うようにしてコウモリを打ち払うAYAME。その動作の隙をついて、持っていた剣で切りかかる。


「およ。コモリん、よっちーとおそろい? あやめちゃんもそれほしいなー」


 言って福子ちゃんの水着を掴もうとするAYAME。慌ててその足を払い、バランスを崩す。完全に不意を突いて全力で蹴ったけど、AYAMEはわずかによろめいた程度だ。頑丈すぎるよ、この子!


「む。サンダル汚れちゃったじゃないの。……ってよっちー?」


 わずかに頬を膨らませて洋子ボクの方を見るAYAME。だけどその時すでに洋子ボクは地面を引き摺られていた。隠れてこっそり近づいてきていた音子ちゃんが洋子ボクを引っ張っていたのだ。


「隙ありデス! えたーなるふぉーすぶりざーど!」


 そして福子ちゃんと入れ替わるように割り込んだミッチーさんが冷凍ガスを放つ。白いガスがAYAMEを包み込み、低温がその動きを封じ――


「寒ーい!」


『凍結』したかと思ったAYAMEは元気よく腕を振り上げて、自らを包む氷を砕いた。そのまま腕を振り払い、ミッチーさんを吹き飛ばす。


「イテテテ……。EFBでもこの程度デスか。バッドステータスで足止めは無理そうデスね」


 ミッチーさんの戦術は、ガスによるバッドステータスのばらまきだ。AYAMEの様子を伺うに、毒まみれにしても麻痺毒を撒いてもあまり影響はなさそうである。


「そーよ。大抵の毒はパパのウィルスが消してくれるわ。あやめちゃんを足止めしたかったら、女子トークするぐらいよ」


 ウィンクしながら答えるAYAME。その言葉に嘘はないのだろう。

 バス停での打撃斬撃や福子ちゃんの眷属攻撃も、あまりダメージを与えたようには思えない。不死、と言うのは伊達ではないのだろう。


「ナナホシとかカオススライムは、それなりにダメージを与えれたんだけどなぁ」

「あーね。あの二人の不死性とあやめちゃんの不死性は逆だもん。あの二人は『ダメージを受けても大丈夫』で、あやめちゃんは『ダメージを受けない』方向だから」

「攻撃されても、ウィルスが体をどうにかしちゃうってこと?」

「そそ。部分的に皮膚が硬くなったり、熱かったり寒かったりしたら体が調節して治ったり。よっちーもこうなりたい? 人間やめて、こっち来ない?」


 遠慮するよ、と言うと同時にバス停で殴りかかる。真正面から近づいて、大上段で脳天を狙う。AYAMEはそれを片腕で受け止めた。硬い何かを叩いたかのような、そんな感覚。


(つまり、ウィルスが身体を硬くして打撃斬撃を塞いでいるのか。凍結ガスも温度低下に呼応して体を変化させている……って所か)


 つまり、あらゆる状況に適応するようにゾンビウィルスがAYAMEの肉体を変化させている。環境適応。それが彼女の不死アンデッドだ。

 そういうことなら――


「ミッチーさん、全開でガス出して! 波状攻撃で攻めるよ!」

「ヘ? 凍結効かないけど……OKデス!」


 洋子ボクの言葉に何かを察したミッチーさんは凍結ガスを周囲に振りまく。白いガスがAYAMEを中心に広がった。


「だから無駄だって――」

「闇より出でし者達よ。『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』の名のもとに集い、そして暴れよ。――黒の暴風シュバルツ・シュトゥルムヴィント三連撃ドライ!」


 凍結ガスを振り払うAYAMEに、七匹のコウモリが飛び、そして銀の剣の斬撃が舞う。福子ちゃんの全力攻撃だ。


「言ってるでしょ。そんな攻撃、ヨユーよ」


 コウモリの群れを右手で掴み、福子ちゃんの斬撃を左手で止めるAYAME。


「お見事です。ですが両手は防がせてもらいました」


 両手がふさがったAYAMEの背後から音子ちゃんが無音で迫る。大統領を殺したと言われるデリンジャーに弾丸を込め、その銃口をAYAMEの頭部に押し当てて、引き金を引いた。


「……あ……っ!」

「あっぶなー。今のマジヤバかったかも」


 だが、寸前の所で放ったAYAMEの蹴りが音子ちゃんを吹き飛ばす。暗殺の弾丸は空に向かって飛び、そして消えていった。

 そしてそのままAYAMEは福子ちゃんを押し飛ばす。そのタイミングで――洋子ボクがバス停を持って踊りかかる。

 だがこれはダミー。シャドウワンを使ったニセモノの洋子ボク。波状攻撃の末、偽物を使ってのかく乱だ。生まれた隙をついて――


「――ニセモノね。よっちーの魂がないもん」


 AYAMEはシャドウワンを見てそう言い放つ。魂を見ることが出来るAYAMEの目からすれば、ただの人形と人間の区別などついて同然だ。

 洋子ボクの策を見抜いたAYAMEは笑みを浮かべる。別方向から来るだろう洋子ボクを探すために意識を向け――


 


 シャドウワンの洋子ボク。そこから振るわれるバス停がAYAMEの首を狙う。

 AYAMEが気をそらしたのは、一秒にも満たない時間だ。ただ別方向を探ろうとしただけだ。次で決めると気合すら入れていただろう。だからこそ、シャドウワンの後ろは死角となった。

 もしAYAMEがもう少し観察していれば、シャドウワンの後ろにいる洋子ボクに気付いただろう。否、戦闘中と言う刹那すら惜しむ状況だからこそ、こんな雑な隠密を見逃したのだ。


「首ゲット!」


 硬い感覚がバス停を通じて手のひらに伝わる。ゾンビウィルスがAYAMEの身体を守ろうとしているのだ。だが、身体が固まるのが僅かに遅い。

 全力でバス停を振り抜く。


 首 斬 り 御 免クリティカル


 確かな手ごたえと共にバス停はAYAMEの首を斬り、彼女の頭と胴体を別った。

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