ボクは市役所を攻める

『市役所』……この御羽火おうか島全体の行政を取り扱う役所だった場所だ。入り口の自動ドアは破壊され、中は荒れ放題。警察ゾンビが役所内を徘徊しているのは外から見て取れる。


「うっはー。凄い数」


 外から見える範囲でもかなりの警察ゾンビがいる。見えない場所にもかなりいるのがうかがえるが、その全てを把握する術はない。

『市役所』にやって来た洋子ボク達は、先ず地図の確認をする。『市役所』の構造だ。三階の建物を持つ市役所。一階部分は受付などで広く、二階より上は会議室などで小分けされている。

 差し当たっては一階部分の警察ゾンビの数を減らさなくてはならない。遮蔽物が少なく、椅子やテーブルなどの邪魔なものが多い。バス停のような近接武器を扱うには適さない戦場だ。

 そんな状況だが、


「まあボクにかかれば大したことないけどね!」

「そうッス! 『大橋』であれだけの数を相手した犬塚さんなら、余裕っス!」


 フフン、と胸を張る洋子ボク。同意するファンたん。

 他のメンバーも同意なのか、頷きと共に言葉を返す。


「私は浮遊ブーツと眷属が最大限に生かせる戦場ですので。ヨーコ先輩はどうにかするでしょうし」

「ワタシもカウンター越しにガス巻けばどうにかなるデスね。バス停の君はファイトデス!」

「音子も身を隠す場所は多そうなので大丈夫です。洋子おねーさんは頑張ってください」

「……信頼なのか放置されてるのか、わかんないっスね犬塚さん」

「信用信用! それよりもファンたんさん、援護よろしくね!」


 言ってファンたんさんの肩を叩く。


「うッス! 警察ゾンビの手錠を外してけばいいんスね。余裕っス!

 こう見えても手錠をピッキングして外すのは慣れっこっスよ」

「……慣れるほど手錠の鍵を外した経緯を聞いても良いかな?」

「乙女の過去は有料ッス!」


 今回、警察ゾンビが使用する手錠によるバッドステータスを警戒して、クランスキルは<抗菌アンチバクテリア>を選択した。狩りの間、特定のバッドステータスを無効化するクランスキルだ。

 指定するバッドステータスは当然『拘束』。ぶっちゃけ、警察ゾンビはこれ以外のバステを持ってないのである。

 一応長期戦を考慮しての<快癒リバース>も選択肢にはあったのだが、


「ふん。あのような奮闘を見せられて座しているほど、このフローレンス・エインズワースは人畜無害な性格ではありませんわ。

 見てらっしゃい【バス停・オブ・ザ・デッド】。【聖女フローレンス騎士団】は不死鳥のように再生します。名誉挽回の暁には、いずれ雌雄を決しましょう! おーっほっほっほ!」


 と、三日前までクランスキルほさとして同行していたフローレンスさんがいきなり宣戦布告して去って行ったのだ。まあ、そう言う事ならといったん契約を切り替える意味も含めてファンたんにお願いしたのだ。


「冷静に考えるとワガママっスね、聖女様」

「と言うか最初から最後までワガママだったけど……こういうことは思い立ったが吉日さ。やる気が出たなら即行動!」

「度量広いっすね。まあお陰でファンたんが【バス停・オブ・ザ・デッド】に密着同行できる理由もできたし、ありがたいことっス。

 あ、でもファンサービスって事で数秒ほどは『拘束』のままとかどうッス? DID映像は結構数字伸びるんスよ。手足を手錠で拘束されて、ゾンビに囲まれた乙女ハンター達! 救いは来るのか、待て次回! 動画の引きにもピッタリっス!」

「仕事はきちんとしてね」


 はいっス、とファンたんが敬礼を返したのを確認して『市役所』の方を見る。

『市役所』内から聞こえる銃声などの戦闘音。他のクランが戦いを開始しているのだろう。雑談はここまでだ。


「それじゃ、作戦通りに行こう!」


 掛け声と共に散開する【バス停・オブ・ザ・デッド】。洋子ボクと音子ちゃんは真正面から。福子ちゃんとミッチーさんは別の入り口に向かって移動する。


「どけどけー! ボクのお通りだ!」


 大声を上げて突撃する洋子ボク。そしてフードをかぶり、ゾンビ達の視線から逃れるように植え込みに隠れる音子ちゃん。。

 洋子ボクの派手な音に反応した警察ゾンビがこちらに殺到し、同時に銃を撃ってくる。


「こっちこっち!」


 放たれる銃弾をバス停で受け止め、そのまま戦場を走り抜ける。はためくブレードマフラーが交差する警察ゾンビに切り傷を与えていく。痛みを感じないゾンビではあるが、攻撃されたことはわかるのかこちらに意識を向ける。

 そこに――腐った肉の匂いが広がる。隠密状態の音子ちゃんが開けた腐肉缶だ。ゾンビ達が、その匂いに動きを止める。

 腐肉缶か、洋子ボクか。それはわずかな逡巡だ。洋子ボクへの攻撃が止んだわけではない。だけど、


「コンマ三秒動きが止まれば、ボクの独壇場さ!」


 だが、そのわずかで十分だ。バス停を握りしめ、一気に戦場を駆ける。脳内で描いたルートを反芻するように体を動かし、バス停を振るう。同時にブレードマフラーがゾンビを切り裂く。

 走る、穿つ、まわる、切り裂く。一瞬たりとも止まりはしない。一の動作は次の動作の予備動作。足の向き、手の位置、視線の方向。全てに意味がある。踏み出す一歩も最小限且つ最大効率。最短最速最良の体さばき。


「うはぁ、すっごい……。あわわわわ、実況忘れてたッス!

『復活の犬塚洋子! 復活の【バス停・オブ・ザ・デッド】! 三日間の遅れを取り戻さんとばかりの破竹の勢いッス! 入り口前に陣取っていた警察ゾンビは犬塚さんと、そして隠密でサポートしていた早乙女さんの動きによりほぼ無力化! このまま市役所内に入っていくッス!』」


 軽快なファンたんの実況。その言葉通り、入り口前のゾンビはほぼ一掃した。まだ数体残っているが、些末事。入り口の扉を開けて、市役所内に雪崩れ込む。


「くそ、数が多すぎる!」

「死ね死ね死ね!」

「オレは無実だー!」


 市役所内は、既に銃撃戦となっていた。

 先行して突入したハンター達とと警察ゾンビの銃撃戦だ。事務のカウンターを陣取る警察ゾンビ相手に、机などをくみ上げて作った即席バリケードを布陣して対抗していた。警棒を振るって迫ってくる警察ゾンビを迎撃しながら、カウンターにいるゾンビに攻撃を加えていた。


(うーん。押し切られるかな、これは)


 このままではハンターが警察ゾンビの練度と数の暴力に押されて瓦解する。僕の見立てはそんな所だ。互いに決定打を欠いているが、ハンター側が弾切れになった瞬間に終わる。そんな流れだろう。

 逆に言えば、弾切れになる前に戦いの流れを変えることが出来ればいいのだ。


「助けに来たよ!」


 言って胸を張る洋子ボク。颯爽と現れた援軍を前にハンター達は、


「なんだ。またイロモノバス亭か……」

「今度は何だ。十字架バス亭か?」

「チワワを連れ歩くバステイマーとかか?」

「バス子・ダ・窯じゃないなら何でもいい。出来れば弾譲ってくれ」


 洋子ボクのバス停を見て、うんざりしたような表情を浮かべていた。


「……ええと? 洋子おねーさんのニセモノ、ですか? 音子には真似できない自己主張です」

「真似しなくていいからね。で、何そのバリエーション。っていうかもうバス停関係なくない!?」


 思わず叫ぶ洋子ボク。いや、それは流石にひっどいよ!


「お前も橋のバス停動画にあやかってるんだろう? もう何も言わんから手伝ってくれ。割とピンチだ」

「くっそ! こんなことならやっぱり防衛に回っとくべきだった。誰だよ昼攻めようっていったのは!」

「アフロバスターとか言ってたやつだよ! バス停もったアフロ野郎! はぐれちまったけどな!」

「もうなんでもありッスね」


 あー、ニセモノがいろいろ迷惑おかけしているようで。洋子ボクのせいじゃないけど色々ごめんなさい。


「ま、助けに来たのは事実だしね。お手伝いはするよ!」


 言って洋子ボクはバス停を構えて、唇を舌で舐める。

 別の入り口から突入してきた福子ちゃんとミッチーさんもやってきた。さすが二人。ほぼ予定通りの時間だ。

 合流完了。ここから一気に攻め立てる!


「それじゃあ、【バス停・オブ・ザ・デッド】の進軍開始だ!」


 そして、ハンター達の市役所進撃が始まった――

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