ボクは北区にもどってきた

「ニセモノかぁ……」


 うんざりした声で呟く洋子ボクの視線には、多くのバス停を持ったハンターがいた。

 場所は北区三七川橋近くに設立されたベースキャンプ。ここを拠点に北区にある『デパート』と『市役所』と『港』に攻めるのが現状の目的だ。最終的には『警察署』の解放を目指すことになる。

 その為に集まったハンター達は……結構な頻度でバス停を持っていた。頻度でいえば十人に一人ぐらい?

 しかも何がひっどいかっていうと――


「私のバス停の元に集え戦士達よ!」

「一子相伝、バス停一心流の使い手とはこの俺よ!」

「闇の魔剣、バス停カリバーが血に飢えている……!」

「五!「人!」「そ!」「ろっ!」「て!」「「「「「バス停レンジャー!」」」」」


 ほぼ全員イロモノであると言う事! なんなのさこれ!


「まあ……ヨーコ先輩の動画が有名になり過ぎたことが原因でしょうね。その人気にあやかろうとしているのかと」

「いやそれでもあれはなくない!? そりゃボクみたいにバス停もって前線で戦うのは楽じゃないっていうのは解るけどさ!」

「楽じゃないどころか普通は死にますケドね。ただでさえ近接武器は技量いるデスし、しかも本来バス停は武器じゃないデスから」

「……時々音子も忘れそうになりますけど、そうですよね。バス停は武器じゃありません」

「あとはヨーコ先輩が三日ほど姿消してたのが大きいです。先輩不在の間に我こそがと一気に台頭したようです」

「それにしてもこれはないわー」


 がっくりと肩を落とす洋子ボク。いやまあ、有名税と思えば……有名税なのかなぁ、これ?


「全くッス! まさかこんなことになるなんて、ファンたんの目をもってしても読めなかったっス!」

「うわぉ!? いつの間にそこにいたの!」


 背後でいきなり叫ばれて驚く洋子ボク

 そこには洋子ボクの動画を作ってくれたファンたんがいた。ものすごく悔しそうに拳を握り、うっすらと涙すら浮かべている。

 ……もしかして、洋子ボクが不在で迷惑かけたかな?


「あー。別にファンたんさんのせいじゃないっていうか……」

「ニセモノの方がファンたんが撮った動画よりも再生数稼いでいるとかないッス! 犬塚さん達が北区にいない間にパチモン共が一気に暴れて再生数を稼いで……!

『犬塚さんに密着』とか言わなかったら、ファンたんもそれにあやかれたのに!」

「あ、うん。別に心配しなくてもよかったかな」


 叫ぶファンたんさんを前に、少し気が楽になる洋子ボク。こういう人だった。


「まあ、犬塚さん達が野次馬とかパパラッチに追いかけられて迷惑してたのは聞いてたんで仕方ないっちゃしかたないんスけど。

 おかげでファンたんも犬塚さんの動画撮るのはチョイ規制を喰らったッス。まあ撮るんスけど」

「……撮るんだ」

「そりゃ撮るッス! だって犬塚さん達マジパネェっすよ! なので撮るだけ撮って、規制解除されたら一斉公開ッス! あ、それはきちんと委員会の許可とったので」

「ああ、野次馬に押しかけられないように動画規制はするけど、作戦が終わったら好きにしてって事か」


 要するに、ハンター委員会としては北区奪還作戦に影響しなければOKと言う事なのだ。完全に報道を規制して隠し撮りされるよりは、ある程度許可を与えてコントロールできる方がいいという考えのようだ。

 僕もこの前のように押しかけられなければそれでいい。


「で、復帰した【バス停・オブ・ザ・デッド】はどうするっスか! 本家本元バス停マスターとして、ニセモノ共に活を入れて回るとか! おお、それだけで動画五本はいけそうッス!」

「いや、そっちは別にいいや。冷静に考えたら、ニセモノがボクの邪魔をしているわけでもないし」

「そうですね。見たところ単にバス停を使っているだけで、迷惑行為はしていないようです。……ヨーコ先輩の名前を騙っている輩がいたら容赦はしませんが」


 福子ちゃんの言葉にゾクっとする洋子ボク。そんな人がいませんようにと祈るばかりだ。


「オウ、怖い怖い。ともあれ遅れを取り戻すために狩りに行く方向ですかネ。昼に攻めるか、夜に守るか」

「攻めるにしても、音子は『デパート』は避けたいです。あのAYAMEおねーさんは怖くて……陽キャ過ぎて」


 肩をすくめて話を進めるミッチーさん。音子ちゃんはAYAMEを恐れてか『デパート』は避けたいようだ。


「あー、力じゃなくて性格が怖いんだ。でもボクも始終押され気味だったけど、AYAMEと話すのはそんなに悪い気分じゃなかったかな」

「よーこせんぱい」

「ひぃ!? あ、でも今すぐ会いに行くのは確かにやめた方がいいよね! とにかく今はゾンビを減らす方向で進めないと!」


 福子ちゃんの気迫に押されて、背筋を伸ばして答える洋子ボク

 現状なにを第一義とするかを考えれば、やはり北区の警察ゾンビを減らすことだ。AYAMEのことは今はおいておこう。


「今すぐ、と言う事は後であのゾンビ女に会いに行きたい、と言う事ですか?」

「いやいやヘンな意味じゃないから! AYAMEが『デパート』に居る以上、何か対策を立てないといけないのは事実だし!

 っていうか、福子ちゃん分かってて言ってるでしょ!」

「はい。戦略上あのゾンビ女への対策が必要不可欠なのは十分理解しています。どういうことなのかを見極めないといけないのは確かなので、会いに行くことは問題ありません。

 ……ただ、あのゾンビ女が先輩に御執着なのが気に入らないのも事実ですので」


 拗ねるようにそっぽを向く福子ちゃん。

 そんな顔されると強く反論もできなくなる。僕を取られたくない一心だ、と言われたらその……可愛すぎて。


「ホレタヨワミとオトメゴコロは複雑デスネ。で、結局どうするヨ? ゾンビの数減らすなら、『夜』に攻めてくるゾンビを迎撃するのが効率的ヨ」


 夜になれば『デパート』『港』『市役所』の三ヶ所に居る警察ゾンビの何割かがこの拠点に向かって攻めてくる。拠点には防衛のために設置されたバリケードやらもあり、多数のゾンビを相手取るには適した戦場だ。

 ミッチーさんの言うように、北区を占拠するゾンビ総数を減らすなら、時間はかかるけど守りに入るのが妥当だ。【ナンバーズ】を始めとした堅実を重視するクランなら、まずそうするだろう。


「守る方が効率的。だからこそボクは攻めるのさ!」


 そして僕は堅実なハンターではない。守りに入るなんて、性に合わないからね!


「ヨーコ先輩ならそう言うと思っていました」

「デスネ。がっつりゾンビ倒してMVCのポイント稼ぐデス! 上位に入って商品ゲットデス!」

「音子は洋子おねーさんに従います。言いなりとかじゃなくて、おねーさんは音子を酷い目に合わせないと信じているという意味です。訓練の酷さはともかく」


 福子ちゃんたちも、概ね同意してくれた。うんうん、以心伝心。


「あ、【バス停・オブ・ザ・デッド】の訓練は興味あるっスね。何するんっスか?」

「…………か、かくれんぼ……隠れる音子を、洋子おねーさんが見つける……見つかると、痛い目に……」


 ネタゲット、とばかりに問いかけたファンたんに、顔を青ざめながら答える音子ちゃん。

 音子ちゃんの訓練は、主に隠密のパターン増加だ。VR空間で作られたフィールド内で隠れてもらい、洋子ボクが見つける形式。戦場ごとの隠密パターンを増やし、どんな状況でも見つかりにくくするのが目的である。 


「やだなー。ただのかくれんぼじゃないか。まるでボクが苛めてるような言い方を――」

「見つけたら足首掴んで引っ張って笑いながらバス亭で首を刎ねるとか、VR空間でも心的外傷トラウマモノですよ。先輩」

「あれは怪人バス停女に怯えて逃げる幼女、って感じでしたネ。バス停の君もすぐに見つけるし。クロネコの君が一時間でなんど殺されたかわからないデスヨ」

「うううううう……。大丈夫です。音子、耐えるの得意ですから。足音、バス停が床をこする音、おねーさんの笑い声、ドア破壊。エヘ、エヘヘヘヘ……」


 訓練の事を思い出し、身を震わせる音ちゃん。

 むぅ。本気でやらないと意味がないじゃないか。演出もホラーでやりそうなことをやっただけなのに。


「虐待動画はあまり伸びないんスよねぇ。一部では需要在るんスけど」

「この事は御内密にしていただけると。早乙女さんはこれでもこのクランに移ってから自信が持てて明るくなった方ですので」

「まー、バス停の君に悪気はないし。その訓練あってのワタシらの実力なので何とも言えないデスが」


 ファンたんを口止めしようとする福子ちゃんとミッチーさん。

 やだなぁ、虐待とか。そう思って音子ちゃんを見ると、訓練の事を思い出して乾いた笑いを浮かべていた。


「……虐待はしてない……よね?」


 していないはずなんだけど、念のために問いかける洋子ボク

 皆からの視線は、少し冷めたものだった。

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