生者と死者のラインダンス

ボクがいない間に北区がすごいことになってた

「ゆうべはおたのしみでしたね」


 朝一番のミッチーさんの挨拶がこれだった。

 気が付いたら日が暮れていて、要するに半日ほど福子ちゃんと抱き合ってたわけで。さらに言えば、寝ながらも福子ちゃんにきっちり抱きしめられて逃げる事もできず跳ねのける気力も体力もなく、そもそも福子ちゃんから離れるなんて発想もできず――

 結果、朝まで福子ちゃんの部屋で抱き合ったまま寝ていたわけである。

 わぁ、わああ、わああああああんん!


「洋子おねーさん、楽しんだんですか?」

「朝までしっぽり楽しんだデスヨ」

「よかったですね、おねーさん」


『おたのしみ』の意味を理解していないだろう音子ちゃんに、純粋な賛辞を貰う洋子ボク。ミッチーさんの時とは別の意味で精神ダメージを負って、床を転がりたくなる。


「はい。ありがとうございます」


 対し福子ちゃんは余裕の笑みである。ミッチーさんのからかいもどこ吹く風か。むしろ賛辞を受けたかのような清々しい笑顔を浮かべていた。


「……なんで、そこまで平気なの……?」

「恥じる事なんて何一つありません。好きな人と結ばれた。幸せにこそなれど、苦しむことはありません」

「いや、その幸せって気持ちはわかるけど、その……」


 こっそり福子ちゃんに耳打ちして問いかければ、堂々とした態度で返された。そう堂々と言われると、恥ずかしがっている僕が馬鹿みたいである。


「恥ずかしがる気持ちは理解できますよ。昨日の先輩の乱れっぷりは……ねえ?」

「うぐぅ……!」


 含むように言われて、昨日のベッドの中の自分を思い出す。

 これまで色々教えてきた先輩としての態度も威厳も理性も全部とろとろに溶かされて! 福子ちゃんにさんざん翻弄されて! 羞恥とか嘆願とか色々なアレコレしたりされたりあって!

 ああああああああああああああ…………!


「あー、バス停の君がフリーズした。どんだけだったんデスカ」

「ふふ。二人だけの秘密です。ねえ、先輩」

「うわああああああああん! ボクもうお嫁に行けなーい!」


 机に顔を突っ伏して泣き出す洋子ボク。泣きたくなるのは事実だけど、どちらかというと赤面した顔を隠したかった。

 昨日のことをリセットしたい! やり直しを要求する!

 ……しかしやり直したところでどうにかできるビジョンもなく、そもそも同じことをされると思うとそれだけでいろいろな所の力が抜けたり熱くなったり――

 うにゅううううううううう! 


「ヘタレたバス停の君のことはさておき――」

「ミッチーさんから話題振っておいて酷くない!?」

「ハンター委員会からメールが来たデスよ。報道規制とか野次馬対策とか済んだんで北区に戻ってきてくれって」


 北区。

 警察署を拠点にゾンビに占拠された北区のことだ。三七川橋を開放し、その時に野次馬や動画投稿者達に追われたんだっけ。その後AYAMEといろいろあって大変だったけど――


「そっか。なら戻らないとね。またボクのバス停無双が始まるぞ!」

「そうですね。なんだかんだで三日ほど不在でしたから、MVCランキングも大きく差をつけられるでしょうし」

「ワタシらは現状八位デスネ。初日に一気に稼いだのが大きいデス。

 ただ、戦況は芳しくないデスヨ。ここのところ、バッドニュースの連続デス」

「へ? 『大橋』は開放したんだよね?」


【バス停・オブ・ザ・デッド】が先頭に立ち、三七川橋こと『大橋』エリアは開放した。そこを拠点に次は『デパート』『港』『市役所』の三ヶ所を攻める流れのはずだ。

 ハンター委員会からの情報を確認した限りこれら三ヶ所は『大橋』のようなバリケードもなく、建物内に巣食う警察ゾンビとぶつかり合ってひたすら減らしていく形式だ。特にギミックもなく、それほど苦労はしないと思うんだけど……?


「バッドニュースの種類は三種類あるデスヨ。

 普通のバッドニュースと、酷いバッドニュースと、ひっどいバッドニュース」

「何その三つ。後ろ二つは同じ意味じゃないの?」

「『酷い』と『ひっどい』の違いは大きいデスヨ。言い方を変えれば、もっと悪いニュースと笑うしかないニュース」

「なんだかなー」


 よくわからない、という表情を浮かべる洋子ボクに、指を立てながら説明をするミッチーさん。


「先ず普通のバッドニュース。警察ゾンビの数が多すぎて、今のハンターでは対応しきれないデス」

「……? まあ、それは時間をかけて数を減らしていくしかないんじゃないの? 昼に攻めて、夜に攻めてくるゾンビを迎撃して」


 警察ゾンビの数が多いことは、イベント……この北区警察署の話が出た時から出ていた話だ。拠点を定め、そこを基点に攻めていく。昼に攻め、夜に守りながら戦っていく方針だ。


「イエス。その予定でした。ところが昼に攻めるハンターの数が多すぎて、夜の拠点防衛ラインがスッカスカ。一時は『大橋』が取り返されるぐらいになったみたいデス」

「……は?」

「おまけに昼攻めたハンターも大きな戦果をあげられなかったヨウで。良くて痛み分け、最悪クラン全滅で全員ゾンビ化。この三日の戦いで、警察ゾンビの数はあまり減っていないようなのデス」


 肩をすくめるミッチーさん。


「『デパート』と『港』と『市役所』に攻めきれない要因でもあったの?」

「『デパート』には要因があるデスがそれは後で。主な敗因はハンターの無茶な特攻ネ。特に近接武器を持ったハンターが引き際間違えたパターンが多いみたいデス。

 あとは昼に攻めるハンターが多すぎデスよ。【ナンバーズ】が三日連続で防衛してなければ、ゲームオーバーもありえたネ」

「…………それってもしかして、ボクが原因? ボクが動画で目立って、それを真似したから……?」


 動画で洋子ボクが出来たから、自分もできるだろう。近接武器で攻めて、昼に攻めて。

 そう思ったハンターがたくさんいて――僕の存在が原因で――


「いいえ。それは自己責任です。ヨーコ先輩が気にする事ではありません」


 ぎゅっ、と洋子ボクの手を握って否定する福子ちゃん。

 その温もりが、その優しさが、眩暈に似た不安を取り除いてくれた。礼を言うように、その手を握り返す。

 ……うん、落ち着いた。大丈夫。


「そうネ。バス停の君の真似をしたかもデスが、コッチに責任はありまセン。現に高ランクのハンターはスタイルを変えずに戦ってマス。経験が浅い粋がったハンターが無茶しただけデスヨ。

 で、酷いバッドニュースですけど――『デパート』にAYAMEがいるデス」


 ミッチーさんの言葉に、息をのむ洋子ボク


「彼女はデパートの物品を物色しているみたいデス。時折思い出したかのように、ゾンビとハンターの両方を無差別に攻撃をしてくるネ」

「厄介ですね。買い物でしたら他所でやればいいですのに」


 忌々しそうにつぶやく福子ちゃん。その台詞に個人的な感情を感じるが、AYAMEがそこにいるのが厄介なのは確かだ。

 ゾンビウィルス適正者。AYAMEはそう言っていた。

 普通のゾンビは脳のリミッターが外れ、肉体の力を100%発揮できるのだ。端的に言えば、普通の人間以上の力を発揮できる。

 AYAMEの持ちうるパワーは、普通のゾンビなど比にならない。軽く手を払うだけで衝撃波を生み、力を籠めれば構造物を破壊する。フィールドそのものを破壊することだってできるだろう。

 本気で向かってくるわけではないみたいだが、その脅威はハンター達の足を止めるに十分だ。


「『デパート』に入り浸って、積極的にこっちの邪魔をするわけではないのデスガ」

「まあ、無視はできないよね」


 警察ゾンビを排除することがハンター側の目的ではあるが、AYAMEの存在は明らかにハンターにとってマイナスになる。いつ爆発するかわからない爆弾が戦場にあるようなものだ。戦うにしてもおっかなびっくりになってしまう。

 真正面から戦って洋子ボクが戦って勝てるか、と言われればまず無理だろう。【バス停・オブ・ザ・デッド】全員でかかっても難しい。そこにいると分かれば、避けるのが上策だ。だけど、『デパート』を放置するわけにもいかない。


「確かに酷いバッドニュースだ。もうどうしたらいいのさ、これ!」

「で、最後のひっどいヤツですけど――」

「これ以上状況が悪化することなんてそうそうないと思う――け、ど?」


 ため息をつく洋子ボクにミッチーさんはスマホを見せてくる。

 その画面に映っているのは、とあるSNSのプロフィール紹介ページだ。そこにはバス停を持ったゴツイ男が映っていた。。銃とか持っている所を見ると、バス停はもっているだけなのだろう。汚れ具合からも、あまり使われた様子はない。


『真のバス停使いはこの俺だ!』

『このバス停でゾンビの侵攻を停める!』

 ページ冒頭にはそんな煽り文句が書かれてある。


「え? なにこれ?」


 洋子ボクの言葉にミッチーさんは苦笑しながら答えてくれた。


「バス停の君の偽物デス」

「にせもの?」

「よーするにバス停の君の人気にあやかって、こういったパクリヤロウが増えてきているんデス」


 …………………………………………。

 ひっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっどい!

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