ボクは告白される

 細く、小さい福子ちゃんの体。

 いつもは気高く貴族のようにあろうとする彼女が、洋子ボクの胸の中で震えていた。

 僕がどこかに行く。そう言っただけで。


「ごめん。福子ちゃん。遠くに消えた方がいいなんて言って」

「許しません。次そんなこと言ったら、今度こそ泣きますから」

「……今、泣いてない?」

「じゃあ本気で泣きます」

「うん。それはイヤだな。これ以上泣かせたくない」


 心の底からの感想を告げて、福子ちゃんの頭を撫でる。福子ちゃんの身体の震えが少しずつ収まってくる。

 暫くそうやっていると、胸に顔をうずめていた福子ちゃんが顔をあげて洋子ボクを見上げていた。


「……別に疑っているんじゃないですけど、本当にヨーコ先輩は男なんですか?」

「え? あ、うん。そうだね――って、ひゃぅ!」


 問いかけに頷いたと同時に、福子ちゃんの手が洋子ボクの胸を掴んだ。そのまま容赦なく揉んでくる。

 ちょ、ええ!? そ、そんなことされたら、変な声がっ!


「んんっ、ちょ、何……!?」

「……嫉妬しているわけじゃないですけど、本物ですね。ええ、嫉妬してませんよ。このボリュームとか反則じゃないですか」

「やっ、福子ちゃん、本当に待っ……ん!」


 口元を押さえて声が出ないようにする。

 やっばい。何がヤバいかって、自分で触った時とは比較にならない刺激がっ!

 そして福子ちゃんの手が胸から離れたかと思うと――おもむろにスカートをめくった。下着が晒され、それをじっと見る福子ちゃん。


「ちょー!? あばばばばばば!」

「……どう見ても女性ですよね。ええ、これでたらその方がショックです」

「だからいきなり何するの!?」


 スカートを押さえ、叫ぶ洋子ボク


「お返しです」

「へ?」

「いままでそういう目で見てきたんですから、そのお返しです。

 そういう目で見られて気持ち悪かったですか?」

「いや、いきなりで驚いたけど……その、気持ち悪いとかは」

「はい。じゃあこちらも同じことです。驚きはしましたが、気持ち悪いとかはなかったです。ヨーコ先輩が男だからとか関係ありません」


 あっさり言い放つ福子ちゃん。

 え、そう言う問題? いや、違うんじゃないの!?


「それは、その、いやでも性的な目で見られたのとでは違うと言うか」

「違いません。私もそういう目でヨーコ先輩を見てますし、そう言うつもりで触りました。好きな人に触れるように。好きな人にしたいように」


 洋子ボクの目を見て、福子ちゃんは口を開く。


「貴方のことが好きです。ヨーコ先輩」


 ――――――――――――あう。

 その意味が理解できないほど、鈍感ではなかった。その言葉を友愛だとか敬愛だとか、そんな感情なのだと間違えることも誤魔化すこともできなかった。


「だから、そう言うつもりで見ましたし触りました。ヨーコ先輩に触りたい。そう言う風にしたい。してみたい。その想いを込めました。

 気持ち悪いですか?」

「いいや、そんなことは、なかった」

「よかった。実は怖かったんです。女同士なんて気持ち悪い、って言われるかもと思ってて」

「……でも、その……純粋な意味で女性じゃないんだけど、ボク」

「ヨーコ先輩じゃなかったら受け入れられなかったかもしれません。

 はい、私の恥ずかしい秘密も知りましたね。これでおあいこです」


 お互い秘密ですよ、と唇に人差し指を当てる福子ちゃん。

 

「ははは……。なんだろうね、これ。

 結構悩んで苦しんだのに、あっさり解決されちゃった。凄いや福子ちゃん」


 自分のことを世界の異物だと思い悩んで、死ぬことまで考えたのに。それをたった一言で吹き飛ばしてくれた。

 男性の事も、前世の知識の事も。あれだけ悩んでいたのが、馬鹿らしくなるぐらいに。

 それを受け入れてくれる人がいる。それを知ってなお傍にいてくれる人がいる。

 僕一人だけなら、このまま潰れていただろう。迷走して、そのまま壊れてしまっただろう。

 福子ちゃんがいてくれたから、僕はまだまだ立つことが出来る。


「まさか。解決したわけないじゃないですか」


 にこにこと笑顔を浮かべる福子ちゃん。

 あれ? なんだろう、少し怖いっていうか、むしろいろいろ踏んだ地雷を踏んだような気配ががが。


「ロートンさんや早乙女さん。後あのゾンビとかにもそういう目で見ていた、ってことですよね?」

「え? あれ? そういう目で見るのは気持ち悪くないって話に収まったんじゃ」

「みてたんですね」


 あ、これは正直に言わないと許してもらえないぐらいに怒ってる。


「はい。その、少し……ごめん、かなり」

「具体的には」

「ミッチーさんは揺れるぐらいのおっぱいが。朝とか油断してると下着忘れたりしてるし。ついつい目がいっちゃうと言うか。その、目移りしちゃうのはどうしようもないというか。

 音子ちゃんはそんな目で見てないよ! ただ健気でかわいいし、色々支えたいなぁ、と。……頭撫でるとネコみたいに身を寄せてくるのは少し癒されるというか父性本能をくすぐられるというか。

 AYAMEは、その、開放的な所とぐいぐい距離を詰めてくるところが小悪魔的で、そのまま流されちゃうのも悪くないっていう気にさせるし、なんだかんだで包容力もあるし」


 福子ちゃんのジト目に耐えきれず、そんなことをぽろぽろと言ってしまう。駄目だ、逆らえない。


「へー。よかったですね、せんぱい」

「あわわわわ! その、色々ごめんなさい! でも、皆魅力的でしょうがないんです!」

「……じゃあ、私は?」


 言って近づいてくる福子ちゃん。

 拗ねるような表情から、目を逸らすことが出来なかった。出来るはずがなかった。


「すごく魅力的だよ」

「……ロートンさんみたいにグラマーじゃないのに?」

「でも綺麗でかわいいよ」

「……早乙女さんみたいに素直で従順じゃないのに」

「でも行動に芯があって大好きだよ」

「…………あのゾンビみたいに明るくないのに」

「中二病で嫉妬深いのは否定できないかな」

「むぅ!」


 そこはウソでも否定してほしかったです、と言いたげに頬を膨らませる福子ちゃん。

 そんな彼女に近づいて、今度は此方から抱きしめた。

 壊さないように優しく、離さないように強く。大事に、逃さないように。


「ありがとう、福子ちゃん。キミがいてくれて本当に良かった」

「…………ん。はい」


 互いの存在を確認するように、そのまま抱きしめ合う洋子ボクと福子ちゃん。

 そんな時間を止めたのは、福子ちゃんのスマホのアラームだ。夢から覚めるようにゆっくりと、福子ちゃんは届いたメッセージを確認する。


「ロートンさんから、ですね。近くの駅まで来たようです。タクシーも確保済みみたいですね」

「あー……皆には心配かけちゃったなあ。いきなりわけも言わずに逃げちゃったし」

「何をいまさら。しっかり怒られてください」

「うへぇ。なんて言い訳しようか」


 流石にロートンさんや音子ちゃんにまでゲームTS転生だとかを言うわけにはいかない。ラノベの知識がある福子ちゃんでギリ受け入れられるぐらいだ。

 二人で歩きながらどうするかを考え、


「AYAMEに拷問されそうになって錯乱してた、ってことにするか」


 言い訳としては苦しいけど、何とか押し切ろう。


「ぶー。あやめちゃんまだ何もしてないのにー」


 不満げな声は、後ろから聞こえてきた。

 ツインテールのJK。彷徨える死体ワンダリングの一人、AYAME。


「そ・れ・と・も。これからヤッちゃおうかな。

 よっちーが望むなら、ね」

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