ボクはこの世界の異物だから

 作者です。

 うつな展開が続きますが、もう少しだけお付き合いください。

 主人公が悩む文章を読むのががつらいというお方は、最後までスクロールしてください。途中までは『いろいろ悩んでいる』だけです。

 次回は立ち直る話ですので、それまでお付き合いいただければ幸いです。


◆     ◇     ◆


 どれだけ走っただろうか? 気が付くと、知らないビルの路地裏に座り込んでいた。

 空は暗く、もう夜だ。満天の星空が綺麗だな、と場違いな感想を抱く。

 この空も、星も、僕が元いた世界のものとは違う。天文学とか知らないけど、違うと言う事は解る。


「あー……」


 星を見上げながらこれからどうしようかと思いを馳せた瞬間に、涙が溢れてきた。身体を震わせ、膝を抱えて泣き出してしまう。


(どうしよう? このままハンターを続けるのは、多分間違ってるよね)


 この世界において、僕は異物だ。

 犬塚洋子と言う人間に転生した僕は、ゲーム知識をもって有利にハンターとして活動してきた。普通のハンターでは為し得ない技術。知識。経験。そう言ったすべてをもっている。

 それを使えば、ハンターとして認められる。ハンターとして強ければ、この世界で生きていける。そんな勘違いをしていた。

 いや、それはきっと勘違いではない。僕が気付かなければそれはずっと実現できただろう。何も考えずに能天気に突き進んでいれば、きっと気付かすに幸せだったのだ。気の合う仲間達と一緒に、時々同性ながらのラッキースケベっぽいことも起きて。だけどそれは――


(それは『普通』の人が得る幸せだ。こんな僕が見ていいモノじゃない)


 この世界の人間ではない僕が、この世界で幸せになる。

 ゲーム知識でズルをした人間がそれを元にちやほやされて尊敬されて、それで気持ちよくなって偉そうになって。ファンたんの動画で偉そうに喋っている自分を思い出して、気持ち悪くなった。


(僕は……卑怯者なんだ)


 活躍できたのは、前世の知識から。

 福子ちゃんやミッチーさんや音子ちゃんにに偉そうに教えられたのは、前世の知識から。

 ナナホシやカオススライムに対抗できたのは、前世の知識から。

 そうだ。前世の知識があるだけの、ただそれだけの人間。元の身体は『犬塚洋子』の鍛錬の結果。僕自身は何もしていない。

 ただ知っていただけの、それだけの人間。盤外から戦っている人達に口を出している野暮な第三者。なんで自分がここにいるのかもわからず、そのことに深く考えず、ただ流れるように戦って来ただけの人間で。


(あ。駄目。これ以上考えたら)

(これ以上、僕を直視たら、駄目、なのに)


 考えるな。忘れろ。このまま何事もなかったかのようにみんなの元に帰れ。

 そうすれば、きっと元に戻れる。あの騒々しくそして楽しい日々に戻れる。

 そうだと分かっているのに。


(僕は知識でマウントを取る人間で)


 やめろ。


(しかもその知識もただのズルで)


 やめて。


(それをひた隠しにして、有利な立場から人に語って悦に浸り)


 ごめん……。


(そして、目立って皆を危険にさらして)


 ごめんなさい。


(知識で騙してついてこさせて、危険にさらして。挙句の果てに逃げだして)


 ごめんなさい!


(この世界にとって僕は異物で、周りに悪影響を及ぼして、敵も味方も迷惑をかけて。ただ周りをひっかきまわすだけで)


 許してください!


(この世界に僕の居場所は、ない)


 そんなこと言わないで!


(小森福子が僕を受け入れているのは、ただの成り行き。愛するお姉様を失い、その心の隙間を利用しただけで)

(美鶴・ロートンが求めるバス停の技術は、知識チートの結果でしかなく)

(早乙女音子は、ただ『偽典・バステト』をガチャゲットできた運でしかなく)


 あああああああ……!


(そんな程度の関係で、世界の異物である僕が認められるはずがない)

(一生秘密を隠し、能天気に笑いながら生きていくしかこの世界で僕に生きる道はない)


 それが出来れば、よかったのに……。


『フツーじゃないよ、よっちー』


 脳内で響くAYAMEの指摘。

 正しい。全く持ってその通りだ。

 男性の魂を持った女性の肉体。この世界を前世にやったゲームというズルで熟知している存在。

 そんな規格外な存在が、普通にいていいわけがない。


『やっぱり、男性が一緒に生活するっていうのは、辛い?』

『正直、辛いです』


 いつか交わした福子ちゃんとの会話を思い出す。

 あのクランハウスの生活は、全員が女性だから成り立つ人間関係だ。ミッチーさんも音子ちゃんも、そのはずだ。

 忘れていたわけではない。考えなかったわけではない。

 ただ、気付かないふりをして問題を先延ばしにしていたに過ぎないのだ。

 僕の異常。男性と言う目線で彼女達を見ていると言う事。

 そういう気持ちにならない事がなかった、なんて言わない。むしろ毎日意識していた。間違いを犯さないように必死になっていたし、隠れてイロイロやって欲求を解消していた。

 そうやって誤魔化して、それで問題を解決したつもりになっていた。

 普通じゃない僕が、そうやっていれば皆と幸せになれるなんて妄想を抱いていた。


「ごめんなさい……!

 普通じゃなくて、ごめんなさい! 男の魂でごめんなさい! 皆を騙してごめんなさい! こんな知識を持ってごめんなさい!

 こんなボクが皆と混じって、幸せになれるなんて夢見てごめんなさい……!」


 膝を抱えて顔をうずめての謝罪は、誰にも聞こえない。

 涙は止まらない。嗚咽は止まらない。後悔は止まらない。懺悔は止まらない。謝罪は止まらない。

 この世界で生きていくのなら、一生抱えなければならないツミ

 自分は世界の異物である、という心の空虚アナ

 止まるはずなどない。それはずっと抱えていかなくてはいけないのだ。


(この世界で生きている以上、ずっと……)


 死ぬことを選べば、解放されるのだろうか? この気持ち悪さから。この空しさから。

 誰にも打ち明けられない秘密を抱えたまま生きていく。

 称賛されればされるほど、自分が卑怯ものだと自覚させられる。

 そんな生き方から解放されるのだろうか?


「お。誰かいるぜ」

「おい、あれこないだの動画の女じゃね?」


 路地裏に響く足音。そして聞こえてくる男の声。


「マジか? コスプレじゃね?」

「だよなぁ。バス停も持ってないし、マフラーもしてないぜ」


 そんなことを言いながら近づいてくる声。そう言えば、あの場から何も持たずに逃げてきたのだ。バス停もマフラーもなければ、洋子ボクを動画の洋子ボクだと認識する人は少ない。


(そっか。今は着の身着のままの犬塚洋子なんだ。ハンターじゃなく、ただの……)


「ま、それならそれでいいかもな。お嬢さん、今晩ヒマ?」

「折角だから、俺たちと遊ばない? 楽しませてあげるぜ」


 言って腕を掴んでくる男達。その力強さと言葉に含まれた熱が、これから彼らがこの体に何をしたいのかを如実に語っている。


「ボクを……どーするのさ?」

「どうって、なあ?」

「男と女が出会えば、やることは一つだよなあ」


 欲望にまみれた手。欲望にまみれた目。

 男性が女性に抱く感情と劣情。

 僕はこんな目で彼女達を見ていたのか。そりゃ駄目だよね。


「そっか……そーだよね」


 引っ張られるがままに立ち上がり、力を抜く。

 無抵抗な洋子ボクを消極的な肯定と受け取ったのか、男達は掴んだ手に力を込めて引っ張っていく。

 抵抗することなく、洋子ボクは男達についていく。


(何もかも忘れるぐらいにひどい目に合って、心が壊れれば楽になれるかな……)


 もう、どうでもいいや。

 そのまま引っ張られるままに近くのビルの中に連れていかれる。元はマンションだったのだろう。オートロックの扉は物理的に破壊されていた。男達はその中に洋子ボクを引っ張――


「だから! 人が必死になって探してるたびに! 何をしてるんですかこの先輩は……!」


 耳朶に響く声。

 そこには、息を切らせた福子ちゃんが立っていた。

 

「帰りますよ、先輩!」


 帰る。何処に? 

 僕は何処に帰ればいいんだろうか?

 ただ呆けたように、僕は福子ちゃんの方を見ていた。


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