ボクはAYAMEに拉致られて

 目が覚めると知らない天井だった。

 明かりに類するものはなく、一面金属のようなものが埋まっている。よく見ればそれは円錐状の金属で、真っ直ぐ下に向いたその金属の長さは人の身体を貫くには十分なモノであった。

 

「針天井!?」

「あ、よっちー起きた。ごめんねー。人間が血液に頼ってるの忘れてた。いきなり気を失うから、少し心配したんだ。めんご♡」


 あまりのインパクトに体を起こすと、ベッドの横でスマホをいじっているAYAMEがいた。ピンクパッチーワークなくまのデコを施したスマホは、彼女によく似合っていた。今風のギャル、と言った感じである。

 ただまあ、その周りはとても今風ギャルにはそぐわない物ばかりであった。


「アイアンメイデン……?」

「鉄の処女知ってるんだ。これは知ってる? 果実っぽくてカワイイよね♡」


 AYAMEが持っているのは、金属でできた梨を模した道具だ。ネジ部分を回転させると傘が開くように果実が開く構造になっている。魔女狩り時代の女性用拷問具だ。どうやって使うかは、知らない方がいいヤツである。

 部屋の中は拷問具だらけだった。見るからに痛々しい物から、どうやって使うのかわからないものまで。ともあれそれが人間に苦痛を与える類であることは、容易に知れた。


「あの、ボクを拷問するの、かな? 痛いのはさすがにやだなー……」

「え? なんで? よっちーそう言う事されたいタイプ?」

「絶対にノー。じゃあなんでこんな物騒な部屋に連れてきたのさ?」

「ここ、あやめちゃんの部屋だし」


 説明になっていないんだけども、彼女の中では繋がっているのだろう。

 

「……つまり、ここはキミの部屋で。拷問具とかは……コレクション?」

「どっちかって言うと趣味? 気に入った子に使ってその反応を楽しむの♡」

「やっぱり物騒じゃないかやだー!」


 拷問が趣味とか最悪だー。


「えー? よっちーは拷問嫌い?」

「されるのが好きな人がいたら聞いてみたいよ!」

「そっか。じゃあやめるね」

「……へ?」


 あっさりと言い放つAYAME。マズいジュースを下げるような気軽さに、思わず問い返す洋子ボク


「やめる……の?」

「うん。そのうち自分からしてほしい、って懇願するようにしてあげるから♡」

「……そんな日が来ない事を祈るよ」

「そんなことないって。不死アンデッド化したら痛覚もレジャーになるんだから。

 よっちーならいけるって。だって

「そんなレジャーは…………え?」


 劇的なAYAMEの言動に振り回されていた洋子ボクだけど、とんでもないことを言われて我に返る。


「そ。よっちー一度死んだんじゃん。そんで別の身体に魂写したんでしょ? だったらこっち側に来る才能あるって。

 最初はゾンビにしようと思ったけど、こっちにこれるなら話は別――」

「ちちちちちちちょっと待って!」


 一度死んで、魂が洋子の体の中に入った。

 それはつまり――


「ボクが転生した、ってことを言っているの、かな?」

「てん……せー? よくわからないけど、魂転写技術ソウル・トランスクリプションで魂を別の身体に移動させたって事?」

「そう言う事、になるのかな?」


 クローン技術の魂転写技術ソウル・トランスクリプションは、基本的に元の身体にのみ使用される。Aさんの肉体にはAさんの魂が。そこにBさんの魂は入らない。

 洋子ボクもミッチーさんから雑談程度に聞いたぐらいなんだけど、別の人の魂が入っても、すぐに抜けてしまうらしい。魂と肉体の何とかっていう構図が違うとかそんな説明だった。

 そういえば、音子ちゃんのカミサマもそんな話をしていたような気がする。波長がどうとか、そんなことを。


「つまり、キミはボクがこの身体と魂が違う、って事が分かるってこと?」

「うんうん。普通はここまでバッチリな適合はしないよ。あやめちゃんでもじっくり見てようやくわかったぐらいだし。

 あ、よっちーのことが気に入ったのはそこじゃなくて、本当にバス停もって戦う姿がエモいからよ。そんなよっちーをいたぶって痛めつけて屈服させたいなーって♡」


 ウィンクするAYAMEは、本当に可愛いと思う。こういう状況じゃなければ。


「その嗜好はともかく……ゾンビってそういうのが分かるものなんだ」

「ぶー、あやめちゃんはゾンビじゃないよ。不死アンデッド。次間違えたらガチのぐーぱんだからね」

「建物倒壊させる本気パンチはやだなぁ……。でも……あんでっど?」


 UNDEAD。死を意味するDEADに否定を意味するUNを付けた単語だ。ゲームとかでは死者モンスターはアンデッドと言われる。

 ゾンビもアンデッドも同じじゃん。正確にはアンデッドカテゴリの中にゾンビがいるんだけど。


「そうそう、不死アンデッド。死なない存在って事よ。あやめちゃんもナナホシちゃんもカオスちゃんも死なないのよ」

「むぅ。ナナホシは途中で逃げられちゃったけど、カオススライムはきっちり倒したよ?」

「うん、すごかったよねよっちー。あの戦いはあやめちゃんマジでおめめハートになった♡

 でも、死なないわ。あのままよっちーが戦って、手足引き千切って、脳みそぶっ潰して、油で焼いて肉片全部溶かしてスッゴい爆弾で地形事破壊しても、死なないの。それが不死アンデッド


 身振り手振り交えてどっかーんだのだっしゃーだの擬音混じりの説明だ。そこまでしても死なないという。


「死なないって……その、細胞の欠片から再生するとかそういうの?」

「カオスちゃんはそんな感じかな? ナナホシちゃんは群体……要するに子供に意識を移し替える形。ガウガウはねくろ……まんせー? サンちゃんは異世界の自分とどうこうとかそんな感じ。

 あやめちゃんはオウカウィルス適性者、ってヤツ」

「……オウカウィルス適性者……? ゾンビウィルスじゃなくて?」

「ちーがーうー! 『ゾンビウィルス』なんて単語も先にゾンビになったのがいたからついた名前で、本来はパパがつけた『オウカウィルス』が正しいんだから!

 ゾンビは死体にオウカウィルスが感染して、そのエネルギーで動いているだけなんだから!」 


 ムスッと頬を膨らませて、否定するAYAME。

 オウカウィルスとか『AoDゲーム』では明らかになっていなかった設定がいろいろ出てきた。ガウガウとかサンちゃんとか誰を指しているのかわからないけど。とにかく彷徨える死者ワンダリングは別格で、普通にやっても殺せないってことは分かった。

 事実、カオススライムは【バス停・オブ・ザ・デッド】全員がそろっていて、あの環境下だから勝てたようなものだ。ナナホシもミッチーさんとの装備相性で乗り切ったに過ぎない。

 AYAMEに至っては洋子ボクを殺すつもりで攻めていたら、勝負にすらならなかっただろう。不意打ちワンパンされれば洋子ボクの体は即ミンチだ。

 その上で死なないとなると面倒なことこの上ない。


「で、ボクがその不死アンデッドになれる可能性があるの?」

「ばっちり。あやめちゃんが保証するよ。どういう形で死ななくなるかはわからないけど、見た感じは魂関係だからパンちゃんに似た感じ?」


 ゲーム転生したんだから、そう言う関係が強化されると言う感じか。

 ただまあ、流石に話がぶっ飛んでいる。ゲーム世界なんだから何でもありなのかもしれないけど、いきなり不死になれますって言われても。


「あ、うん。そうなんだ。でもあまり興味ないや」

「えー。なんで?」

「なんでって……まあ、人間やめたくないからかな」


 不老不死を求める人間の物語は、大抵が不死に振り回されるか不老不死になって孤独に生きるかだ。正直、そんなのに執着したいとは思えない。

 僕としてはこの話はこれで終わりのつもりだった。荒唐無稽な不死の話より、今ここからどうやって逃げ出そうかに思考を移していた。


「ふーん……もしかしてよっちー、人間のつもりなんだ」


 だからというわけではないが、AYAMEの言葉は、意外に深く心に突き刺さった。


「…………え?」

「一回死んで蘇って。そんな状態が正しいわけないじゃない」

「いやでも、クローン技術とかあるし」

「あれは元の身体に魂を移すだけ。よっちーの魂、男でしょ。でも体は女。完全に別じゃん。

 フツーじゃないよ、よっちー」


 洋子ボクの胸に指を当てて言うAYAME。ふよん、と胸を押される感覚。

 だけど、僕は心臓を一突きされたような衝撃だった。


(男の魂に、女性の体)

(普通じゃない)


 わかっている。わかっていた。そんなことはわかって――

 目を逸らしてきた異常性。おかしいということ。ただしくないこと。それを、指摘されて――


「いや、だって、その」

「繰り返すけど、よっちーはコッチ側に来れるよ。

 つまんない人間なんかやめちゃってさ。ずっとあやめちゃんと遊ばない? あ、少しばかりあやめちゃんの趣味に付き合ってもらうかもだけど♡」


 さっきははっきり否定できたことが、否定できない。

 僕は、ふつうじゃないから。

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