ボク VS AYAME!

『死ノ偶像』AYAME。

 何処にでもいそうなJKスタイルの彼女だが、『AoDゲーム』では彷徨える死者ワンダリングの中でも一番名前が知れていた。

 曰く、御羽火発電所のクレーターは彼女のパンチで穿たれた――

 曰く、実部山に突き刺さった鉄塔群は彼女が投げたものだ――

 曰く、北東部と北部を繋ぐ三陸トンネルは彼女が暴れて崩壊した――

 崩壊した場所や建物。施設その他は全てAYAMEが壊したと言う設定なのだ。最初はどんなゴリラパワーのゾンビなんだよと話題になり、そして一度だけプレイヤーの前に姿を現したのが、彼女だ。

 その時相対したプレイヤー達はその圧倒的ともいえるパワーを含めて、彼女に対しこう感じたのである。

 と。僕も同じことを思った。


「ありゃ? ちょっとやりすぎ? あやめちゃんつい興奮しちゃってさ。メンゴメンゴ」

「あ、うん。いいよ。あははは」


 壁ドンでビル一つを吹き飛ばしたAYAMEは、手を立てて謝罪のポーズをとる。可愛らしいポーズだが、背中にもたれかかったビルが一瞬で瓦礫になった洋子ボクの身としては、乾いた笑いを浮かべるよりほかない。


「何事だ!?」

「あっちの方だぞ!」


 そしてそんな状況が周囲に無視されるはずがない。公園で寝泊まりしていたハンター達を始め、騒ぎ大好きなパパラッチなどがこちらにやってくる気配を感じる。


「あー、もう。あやめちゃんはバス停ちゃんと話がしたいんだから、邪魔しないでよね」


 言ってAYAMEは集まってくる人たちに指を向ける。


「ばっきゅーん!」


 軽快なノリと共に銃を撃つように指を動かすAMAME。


「うわあああああ! ば、爆発だと!?」

「土手がいきなり爆発した!」


 同時に、指差した先で大爆発が起きた。三七川の土手が丸ごと削れるほどの衝撃と爆発音が響く。


「ちょっとー。いきなり何するのよ」


 洋子ボクが腕を掴んで逸らさなかったら、その大爆発はやって来た人達を巻き込んでいただろう。逸らしても数名ほど土砂と衝撃を受けたかもしれないが、直撃よりはましなはずだ。


「うわあああああ!? なんだなんだぁ!」

「爆発!? やばいぞ!」


 危険を察知し散っていく人達。ほっと安堵の息をつく洋子ボクだが、問題は何も解決していない。


「もー。乙女の腕をいきなり掴むなんて、いけないんだぞ」

「あ、はい。……じゃなくて!」


 掴んでいた手を離し、AYAMEに向き直る。彼女はきょとんとした目でこちらを見ていた。

 やっばい。何がヤバいかって初手からペースを乱され過ぎた。完全にAYAMEにイニシアティブを握られている。とにかくペースを取り戻すことと、状況を確認するために問いかける。


「何しに来たの、キミ? 彷徨える死者ワンダリングを倒したボクに敵討ちにきたとか!?」

「へ? ああ、違う違う。っていうかナナホシちゃんはボッコにされたけど元気だし、カオスちんは自業自得でまあ死んでって感じだし。そこどうでもいいの。

 あやめちゃんは単に、バス停ちゃんに会いに来たんだよ」


 結構ドライな性格だなあ。あっけらかんとしていると言うかなんというか。

 いやいや、そんな事よりも確認しなくちゃいけない事がある。


「ボクに? なんで?」

「あやめちゃん、バス停ちゃんのこと気に入ったんだ。あ、洋子っていうんだっけ。じゃあよっちーね。

 肉体的にも精神的にも散々いたぶって悶えさせて、大事なモノを奪って目の前で壊して心を折って、その泣き顔とか見てみたいなーって思ったの! きゃん、恥ずかしい♡」

「怖いよっ!」


 頬を赤く染めて悶えるAYAMEだけど、洋子ボクは顔が青冷めそうだった。

 何が怖いかってこんなことを恋する乙女な口調で言うのが怖いよ!


「えへへー。最終的にはゾンビにした後でも弄ってあげるからね。痛覚はそのままにして、なんどもなんども体を痛めつけるの。なんなら精神も魂もっ!

 堕ちる寸前の魂を保存して、ゾンビ化した肉体にその魂を入れて。なんどもなんどもAYAMEちゃんに屈服してもらうんだー。どう? どう?」

「魂の保存て……?」

「え、魂転写技術ソウル・トランスクリプション知らない? 魂と記憶を保存して、その状態の魂をコピーして肉体に入れると何度もその状態のよっちーをいじれるの♡」

「うわぁ……。クローン技術ってそう言う風に使えるんだ。復活呪文が使えるヤンデレって新機軸」


 いい考えでしょ、とばかりに笑みを浮かべて同意を求めるAYAME。例えるならアドベンチャーゲームで好きなシーンを回想するみたいに、僕は殺されてたり壊されりとかされるのである。正直ぞっとしないや。

 ともあれ、彼女の目的は知れた。どうあっても妥協できない相手と言う事も。


「……でもなんでボクなのさ。そりゃボクは可愛くて可憐で女性でもほっとけないぐらいに綺麗のは理解できるけど」

「そうそう。あやめちゃんもそう言う所が気に入ったの。バス停もって戦う姿をみて、キュン、てきたの。あ、この子イイって感じで」

「そっかー。なら――!」


 先手必勝、とばかりに持ってきていたバス停をAYAMEに振るう。

 それを軽々と手で受け止めるAYAME。


「にははー。こういう容赦ない所もスキ! あやめちゃんを楽しませてよ!」


 よっす、とばかりにバス停を持っていない手で敬礼し、殴り掛かってくるAYAME。それをバックステップで避けて、バス停を振るって構えなおす。


(勝てるとは思えないけど、やるしかない!)


 逃げればAYAMEは追ってくるだろう。そして僕の『大事なモノ』を見つけて巻き込む。AYAMEは宣言通り、それを徹底的に壊すだろう。洋子ボクの心を折ると言う目的のためだけに。

 想像しただけでぞっとした。それだけは――


「させないんだから!」


 イメージする。AYAMEの攻撃範囲を、バス停の届く範囲を。その差こそが洋子ボクの有利な点。そして洋子ボクは『AoDゲーム』でAYAMEの攻撃方法を知っていて、あっちは洋子ボクの攻撃方法を知らない。そのアドバンテージを生かして――


「ひゃはん! すっごーい! そんなことしてくるん、ッだー!」


 振るわれるバス停。はためくブレードマフラー。AYAMEに踏み込むと同時にバス停を叩きつけ、その拳が振るわれる予兆を見せた瞬間に距離を開けてブレードマフラーで切り裂く。単純なヒットアンドアウェイ。

 時折混ぜるフェイント。AYAMEを中心にして円を描くように立ち回り、少しずつダメージを積み重ねていく。

 もっとも――


「これでどうよ!」

「やっば……っ!」


 AYAMEも無抵抗ではない。こちらの攻撃に慣れてきたのか、合わせるように拳を振るう。直撃こそ避けているが、振るう腕の余波だけでダメージを受けて吹き飛びそうになる。直撃したら、立ってられないだろう。


(防御無視の即KOダメージとか、反則チートにもほどがあるよ!)


AoDゲーム』でのAYAMEの近距離攻撃は、そう処理されていた。実際に対峙して、むしろKOで済むのは温情なのだと思う。こんな一撃まともに食らったらミンチになっちゃうよ!

 なので彼女との戦いは囲んで銃で一斉掃射が最適の攻略法だ。というか、それ以外はリスクが高すぎる。だがそれでも――


「ば、バケモノ!?」

「撃て、撃てー!」


 声とともに響く銃声。逃げなかったハンターがAYAMEに銃撃を開始したのだ。弾丸をまともに受けてよろめくAYAME。


「いったーい! なにすんのよ!?」


 虫を払うように、撃ってきたハンターの方向に向けて手を払うAYAME。その動作だけで発生した衝撃がハンター達に襲い掛かる。遠距離攻撃に対する広範囲カウンター攻撃。銃による攻撃も被害ゼロというわけにはいかない。

 だけどこのままダメージを積み重ねていくことは可能だ。ミスしなければいい。避け続けて、<お調子者>のデメリットが発生する前にジュースを飲んで回復して、そのルーチンを崩さなければ――


「ヨーコ先輩!」

「バス停の君、なにしてるネ!?」

「あ、洋子おねーさん。その人は?」


 聞こえてきた声に、意識が止まる。

 止まっちゃいけない。ルーチンを崩しちゃいけない。そうと分かっていても、その声に意識を向けないわけにはいかなかった。

 AYAMEから目を離したわけじゃない。ほんのわずかに意識がそれ、けいれん程度に体が止まった程度だ。

 そんな瞬きにも劣る動きのノイズを、AYAMEは見逃さなかった。


「隙ありー! お姫様だっこ♡」


 足払いと同時に膝と肩に手を回され、AYAMEの胸に引き寄せられる。ぽよん、とした感覚が押し当てられ、がっしりとした力で抱えられる。


「にょわあああああああ! 女の子にお姫様抱っこされてる!? え、ええええええ!?」


 力強く抱えられているのに、触れている部分はふよんでぽよんなのだ。反則だろ、これ!? あまりの力強さに精神的にもこのまま全部委ねたくなる心地よさ。

 しかし天国な感覚は一瞬だった。AYAMEはわずかに膝を曲げ、跳躍する。


「ジャーンプ!」


 地面を蹴って空に跳躍するAYAME。それはジャンプなんて可愛いモノじゃない。時速200kmの高速移動だ。

 瞬間的に高いGが体にかかり、一瞬で洋子ボクの意識はブラックアウトした――

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