三章 二律背反 ~生者と死者 男と女 虚(げーむ)と実(げんじつ)

ハンター委員会

ボクは軟禁されていた

 下水道の騒動から数日後、彷徨える死体ワンダリングの一つを倒した洋子ボクはその結果――


「この扱いは酷くなーい?」


 生徒会に身柄を拘束され、軟禁されていた。


「はいぃ。正直やりすぎという意見もあるのですがぁ」


 申し訳なさそにいうのは橘花学園生徒会長の紀子ちゃんだ。軟禁されている洋子ボクの世話役件見張りという立場である。


「でも、これが六学園全員の決定なのですぅ。ハンター委員会も含めて今回の件は吟味する必要があるとの事で」

「だからってこの扱いはなくない!?」


 洋子ボクがいるのは、ホテルの一室だ。ホテル、といってもビジネスホテルのシングル部屋でベッド一つと簡素なライト。後はバストイレ。扉の外には見張り付き。窓から見える景色から察するに五階ぐらいだろうか? そこから逃げると言う選択肢はさすがにない。


「っていうか紀子ちゃん、授業とか学校の仕事とかいいの?」

「代理を立てましたぁ。こちらを優先してくれ、との事でぇ……。あと、心情的に生徒会側に犬塚さんの味方をしそうな人が他にいなかったんですぅ」

「むぅ……。無理させてごめん」


 ハンター委員会から命令された下水道のゾンビ駆除。そこに現れたカオススライム。それを報告した瞬間、大騒動となった。最初はまたウソをつくのかという流れだったが、半日遅れて帰還した【聖女フローレンス騎士団】の惨状をみて真実だと分かり、そこからはてんやわんやである。


彷徨える死体ワンダリングには手を焼いていたからなぁ、皆」


 彷徨える死体ワンダリング。それはこの御羽火島における災害ともいえる存在だ。通常のゾンビではありえない特殊能力を持っている。ナナホシの多彩な状態異常毒やカオススライムの変化能力などだ。

 そして何よりも、連中は一定の場所に留まらない。法則性なく現れ、暴れて帰っていく。高ランク狩場に現れたかと思えば、初心者用フィールドに混乱を巻き起こしていく。事実、下水道はそれほど高いランクのハンターが集まる場所じゃない。


「はいぃ。事実、先日のナナホシ襲来はかなり影を落としましたぁ。そんな折に、カオススライムの撃破報告です。これをどう扱うかで、悩んでいるとことですぅ」

「カッコよくかわいいボクがカオススライム倒したぜヤッホー! ……とはならないわけだね?」

「はい。犬塚さんが倒したと言う事実は私達六学園生徒会もハンター委員会も理解しています。ですが、他の人がそれを信じられるかどうかですぅ。

 今の状態で犬塚さんがカオススライムを倒したと言っても、誰も信用しないんじゃないかと……」


 失礼な話だけど、実の所納得していた。

 洋子ボクはすこぶる印象が悪い。事、彷徨える死体ワンダリング関連に関してはナナホシの件がものすごく尾を引いている。

【竜驤虎視】【ヴァンキッシュ】【聖銃字騎士団】の中堅実力派クラン(だったと言う事を後日福子ちゃんから聞いた)を壊滅させたナナホシ。それを発足数日の史上最低規模クランが倒し損ねた、と喧伝したのだ。

 倒した証拠もなく、そして武器もバス停。もう大炎上した。そんなネタ武器で倒せるか。ふざけるな弱小クラン。そんな熱が冷めやらない現状でまた彷徨える死体ワンダリングを倒したと言うのだ。


「ボク噓言ってないもーん」

「はいぃ。今回の件もあって、ナナホシの件も信ぴょう性はあるのではという意見も上がっています。ですが少数派です」

「カオススライムを倒した証拠品ドロップアイテムを見せても信用してもらえないんじゃ、どうしようもなじゃん」

「せめて【聖女フローレンス騎士団】の人がきちんと証言してくれれば……」


 ため息をつく紀子ちゃん。


「無事だったんだあの聖女様クラン。ああ、喋ってくれないの?」

「ええ。かなり酷い目に合ったらしく人間不信になった人がほとんどですぅ。クランリーダーのエインズワースさんはそれを纏めることが出来ず、クランは事実上の壊滅になりました」


 あらま。洋子ボクと別れた後に大変な目に合ったんだ。

 流石にそんな状態ではまともな証言もとることが出来ず、結局カオススライムを倒したと言っているのは【バス停・オブ・ザ・デッド】のメンバーだけとなる。信用などされるはずがない。

 下水道に他のハンターもなく……現状は倒したと言い張るクランは洋子ボクの息がかかったクランということになる。第三者からすれば、とても信用できるものではない。


「もー! ここは『あの超かわいいハンターがカオススライムを倒しただと!?』『なんてこった!? じゃあナナホシを追い返したのもあの可憐なバス停ハンターだったのか!』『セーラー服バス停な洋子ちゃんきゃわわ! カワイイは正義!』とかいう流れじゃないの!?」

「さりげなくナルシスる犬塚さんがいつも通りで少し安心しましたぁ。

 ですけどそんな都合のいい展開はありません。現実は此方ですのでご愁傷様ですぅ」

「……で、この軟禁はいつまで続くのさー。まさかずっとこのままってわけにもいかないでしょう?」


 すでに三日はこうして何もしない日が続いているのだ。料理はそれなりに美味しいし、ぶっちゃけ待遇は悪くない。ネット環境は取り上げられているけど、電話でクランメンバーと会話することは許可されている。盗聴ぐらいはされているだろうけど。

 罰則だった下水道の件も撤回され、治療費もロハだ。欲しい物も言えば買ってきてもらえる。こちらがへそを曲げないように尽力してくれているのは間違いない。

 でもまあ、ずっとこの状態が続くのはまっぴらごめんだ。


「ハンター委員会の落としどころとしてはぁ、別の高ランクハンターが倒したことにして、犬塚さん達には相応の報酬を支払うという形にしたいそうですぅ」

「口止め料、だろ」

「沈黙は金ですよぉ」

「将棋だと金よりも銀の方が役立つこともあるんだよ。攻める時とか!」

「それは銀が先陣切って捨て駒になるパターンですぅ。ともあれ、生徒会としても混乱が起きない形にしたいのですけどぉ……犬塚さんは納得できないですよねぇ?」


 気遣うように尋ねてくる紀子ちゃん。

 簡単に言えば『あんたが倒したカオススライムの手柄を買うけどいい? はい、って言わないとここから出さないよ』と言っているのである。カオススライムを倒したのは洋子ボクではなく、他の誰か。この件に関しては口を塞げ。そういう事だ。


「もしそうなら、生徒会長として徹底抗議――」

「あ。全然オッケー。好きにして」

「するつもりで……ええぇ!?」

「そうした方が早く解放されるんでしょう? だったらそっちで」

「はあ……。あの、本当にいいんですかぁ? 犬塚さんが苦労して倒した手柄を、こんな脅迫に近い形で奪われるんですよぉ?」


 紀子ちゃん優しいなあ。立場上、洋子ボクを説得する側なのに。

 軟禁しておいて開放を条件に手柄を売るように言う。確かにこれは脅迫だ。原因と言うか名目がナナホシの時の洋子ボクの対応とはいえ、真っ当なやり方ではない。

 ただここでごねても軟禁時間が増えるだけである。倒した名誉にこだわっても、得することなどあまりない。

 なによりも――


「紀子ちゃんはボクがカオススライムを倒したって信じてくれるんだよね。

 だったらそれでいいよ」

「……犬塚さん」

「名誉とかそういうのを求めるキャラじゃないからね、ボク。そこにがっつくのはカッコ悪いもん」


 うん。そんな洋子ボクはカッコ悪い。

 それが一番の理由だ。


「ボクがカッコよくて可愛いのを知っている人がそう信じてくれるなら、それでいいよ」

「そんなこと思ったこと一度もないですぅ」

「即ぶった切られた! 紀子ちゃん冷たくない!?」


 カッコよく決めた台詞をぶった切った紀子ちゃんは、スマホで何処かと連絡を取っていた。指操作フリックしながら頷いて、画面を見ながら洋子ボクに声をかけてくる。


「むむむぅ……。なんでこの人が来るんですぅ……?」

「どうしたの、紀子ちゃん」

「いえ。カオススライムの件で、ハンター委員会が交渉として人を派遣したそうですぅ。もうこちらで完了したと告げたんですが、一度顔を見て話がしたいとのことで……」

「ふーん。で、誰が来るの?」


 紀子ちゃんは洋子ボクの質問に、ありえないと言う表情で答えた。


「【ナンバーズ】の代表、神原かんばら刹那せつなさんですぅ」

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