ボクと二人の聖女(一人ニセモノ)
「え? え? 音子、ですか?」
音子ちゃんはひとしきり驚いた後で、
「あ、肉盾ですね。大丈夫です。いつものことですから。エヘ、エヘヘ……」
「いや。違うから。そんなことしなくていいから! <オラクル>だよ!」
半笑いの表情で体を震わせ、仮面の笑顔で笑う音子ちゃん。そんな音子ちゃんに手を振って答える。
「って、いつもの事って何? 前のクランでそんなことさせられてたの?」
「エヘ。隠密索敵役は、仕事が終わるとやることがないって……だったらせめて盾になれって……」
「ひっどいなあの聖女!」
「フローレンス様は……<聖歌>持ちだから……皆で守るのが、基本なんです。音子とは、違いますよね。エヘ、エヘヘ……」
<聖歌>……まあ、早い話が範囲回復だ。周囲に居るハンターのウィルス感染率を緩やかに下げる効果を持つ。ハンターランクが高いと回復速度や範囲も上がり、高ランクの<聖歌>持ちはそれだけで優遇され、またハンターランクをあげてもらうためにいろいろ貢がれたりするのである。
「まあ、この状況だと<聖歌>より<オラクル>が重要だからね」
「よくわからんが、そのスキルがあるとどうなるんだ?」
「カオススライムはレーダーはかく乱できるけど、<オラクル>のスキルはかく乱できないんだ。だからこの状況でもマップ情報を得ることが出来るんだよ」
たしか一回の狩りで『使用者のハンターランク数×3回まで、特定のマップ情報を見れる』とかだった気がする。
「……で?」
「で、って?」
「それでどうやって
いきなりブチ切れる十条。
「あうあうあう。ごめんなさい、音子、役立たずです」
「いやいやいや。音子ちゃんは悪くない。悪いのは何も分かっていないこの男だから」
「ミーの言っていることが間違っていると言うのか!? ただ調べて知っているだけで、何が出来ると言うのだ!」
「情報収集を蔑ろにしちゃいけないね。事前に知っていればそれだけで戦略が立てられるんだから」
叫ぶ十条にそう言い放つ
実際、僕がこの世界でやっていけるのは、ゲーム知識を知っていると言う面が大きい。
「信用できない、っていうんなら無理強いはしないよ。ここで大人しくしてる? 誰かが助けに来てくれるかもしれないけど、それがカオススライムかどうかは分からないよ」
「……う、それは……」
「ボクはどっちでもいいよ。そんじゃ音子ちゃん、行こうか」
「はい。あの……<
「ノー! こんな状況で一人きりとか絶対にノー! ミーも連れて行け! ただし絶対に守り切るんだぞ!」
「……そこで偉そうになれるキミは逆にすごいと思うよ」
十条の態度に呆れはするけど、放置するのも気分が悪かったのでそれ以上の追従はしないでおく。
「で、音子ちゃん。<オラクル>は後何回使えるの?」
「ええと……十五回です」
「確実に情報得られるのが十五回。その回数で福子ちゃんとミッチーさんと合流して、出来れば出口まで戻る、か」
「仲間の回収よりも、下水道から出る方を優先すべきじゃないのか」
「次そんなこと言ったら容赦なく置いていくからね」
意見する十条に、ぴしゃりと言い放つ
言いたいことは分かる。正論だし、効率を考えればそうなるんだろうけど、ボクにも譲れないコトはある。
そう、それは――
「この強くて可愛くて可憐で最強のボクが、クランの仲間を見捨てて逃げるなんてブサイクな真似はできないよ!
困難な状況、それでも一縷の望みを見つけて挑み、そして勝利する! そう、これこそがボク! このカッコよさこそが、ボクなんだ!」
胸に手を当てて主張する
「ユー、あほだろ」
「洋子おねーさん、すごいです。かっこいいです」
呆れるように呟く十条。ぱちぱちと拍手する音子ちゃん。
よーし、十条覚えてろよ。そして音子ちゃんは後で撫でてあげよう。
「ま、そんなわけであっちの方を<オラクル>で探査してくれないかな?」
「はい……。長い通路、三差路、ぬるぬるした足場、鉄格子のある排水口……。人間じゃないのが八体。あとハンターさんがたくさんいます。フローレンス様の騎士さんですね」
通常なら『浄水機械』があるエリアだけど、音子ちゃんが伝えてくる情報は全く別の場所だ。おそらく下水道北西部の通路だろう。
「あの騎士達か……。まあいいや、何か情報得られるかもね!」
「ちょ、いきなり走るな置いていくな!」
言って走り出す
(う。奇妙な感覚……)
エレベーターに似た浮遊感。そして頭をシェイクされたような眩暈が襲い掛かる。
隣にあるはずの場所がなく、別の場所に移動させられる。マンガやラノベでいう所の空間を歪めて繋げている通路を進むと言うのは、こういう感覚なのか。
「……っと、皆いる?」
「はい。大丈夫です」
「しかしこれは……割と最悪のケースだね」
下水道通路の様子は、予想していた程度にはひどかった。
ハンター同士が互いの武器を構えて硬直状態に陥っている。数は四十名弱か。
その原因は明白だった。
「貴方が偽物ですわ!」
「何をおっしゃいますか! そちらこそ私の身体を真似て何をなさろうとしているのですか!」
聖女フローレンス。それが二人。
周囲で銃を撃ち合っているのは【聖女フローレンス騎士団】だろう。状況的に、どちらかの聖女様がカオススライムで、騎士団の面々を混乱させて同士討ちを狙っていると言う所か。
クランのメンバーも同士討ちをしたくないようで、二人の聖女を見ながら動きが止まっている。銃を下せないのは、非常事態であることは理解しているゆえか。
「どうしてあなたたちは偽物に気付かないのですか!?」
「そうですわ! この高貴なる気配を常に感じていたとおっしゃってたではありませんか!」
「いや、しかし……」
「これはさすがに……」
まさに一触即発。【聖女フローレンス騎士団】の精神は、そのせい所のカリスマ故に追い込まれていた。どちらかが偽物であろうことは分かるが、その判断がつかないのだ。
音子ちゃんの<オラクル>によれば、この中の八体がゾンビ――カオススライムが化けた存在なのである。それがどれだかは分からないけど、『いる』という情報があるだけでも十分だ。
「む、怪しいモノ――敵ですわ! 撃ちなさい!」
「敵!? 貴方達、攻撃開始ですわ!」
そしてそんな暴発寸前の状況を一押ししたのが、ボクらの存在だった。とにかくこの状況を打破したい。現実逃避の意味も含めて、二人の聖女が叫ぶ。それと同時にハンターの数名がこちらに銃を向けて撃ってきた。
「っておいおいおいおい! いきなりだなぁ!
音子ちゃんは十条を連れてあそこの影で隠密! 終わるまで出てこないで!」
「は、はい! 洋子おねーさんも、気を付けてください」
バス停で弾丸を受け止めながら、音子ちゃんに指示を出す。頷いた気配と共に音子ちゃんの姿は消えていた。指差した角とは逆の方向に移動する
「何をしてらっしゃるの! 貴方達も!」
「早く排除なさい!」
ヒステリーになって叫ぶ二人の聖女。最初は数名だけの攻撃だったが、仕えている者の金切声と異常事態による抑圧も重なって、クランのハンター全員がこちらに銃を向けて撃ってくる。
総勢四十名近くの一斉射撃。狭い下水道でそれを受けた
「ほい、ほい、ほーい!」
ゆっくりとバス停を振るいながら歩を進めていく。時刻表示板で弾丸を受け止め、最低限のステップと横転で攻撃を回避していく。
「無理無理、混乱してて連携がまるでなってないよ! リロードの間に隙だらけ!」
統率の取れていない攻撃。そんなの
「キミがカオススライムだね」
「なっ……! なぜ、俺を知っている。いや、それよりも……何故躊躇なく殴れた!
俺の変身は完璧だ……!? もしかしたら本物かもしれないと、思わなかったのか!?」
殴られた聖女の頭はぺちゃんこにつぶれていた。粘土細工の人形を殴ったかのような、そんな感じだ。
「違ったらもう片方を殴ればよかったんで。
本物の聖女様にも結構ムカついてたし、違ってたらその時は本物殴れてラッキーかなぁ、って」
「なん……だ――」
言葉を最後まで言う前に横なぎに払ったバス停がカオススライムの首を薙ぐ。胴体だけの泥人形はケロイド状になり、そのまま崩れ落ちていった。それと同時に、最初に銃を撃ってきたハンターも崩れ落ちた。
仕切り直すために、いったん撤退したのだろう。くっそ、いい判断してるなぁ!
「ま、ボクにかかればこんなものだね」
バス停を降ろし、ポーズを決める
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