ボクと黒猫と聖女の騎士

「なんだい、あの聖女様は!」


 十分に離れた後に叫ぶ洋子ボク

 なんというか理解できない相手だ。自分以外を見下す態度。福子ちゃんやミッチーさんが言っていた通り、あまり近づきたくない相手なのはよくわかった。


「あの、洋子おねーさん。あまり大声出さない方が……聞こえたら、何されるか……」

「ふん、来るなら来いっていうんだ! このボクのバス停にかかれば、どんなゾンビだろうが聖女だろうが一撃必殺さ!」

「エヘ、エヘヘ……。洋子おねーさん、強いですからね。音子も、そんな強さ、欲しいです……」


 洋子ボクの声に、俯いて答える音子ちゃん。むぅ、元気づけるつもりだったけど駄目だったか。

 ちなみに福子ちゃんやミッチーさんも聖女フローレンス騎士団】のメンバーと接触したらしい。洋子ボクとフローレンスが接触したことを知り、【バス停・オブ・ザ・デッド】だと分かると嫌悪の目で見られたと言う。


「全く、とんだヒステリーだよ。ま、つまらない相手にはかかわらないのが一番、と」

「あの、大丈夫、でしょうか……? 洋子おねーさん達に、嫌がらせ……何か、してくるかも……?」

「大丈夫! ボクはそんなの気にしないよ。音子ちゃんも守ってあげるから」

「音子は、守られる価値なんて、ないです。その、都合のいい道具のように、扱ってください。エヘ、エヘヘ……」


 強い自己否定。自分の価値を認められない心の在り方。


(これはステータスの性格パーソナリティじゃないよね。これまで音子ちゃんが受けた人生経験で蓄積されたものだ)


 心の中でこっそりため息をつく僕。僕が洋子ボクのことを大好きなのと同じように、音子ちゃんは自分を好きになれないでいる。それはキャラステータスの性格パーソナリティではなく、音子ちゃんの人生経験によって構築されたものだ。

 情報元は音子ちゃんから聞いた話やフローレンスに出会ったときに怯えっぷりなので、しっかりだと断言できるものではないのだけど。


(こういう時は――)


 こういう時に『そんなことないよ』と否定する音子ちゃんを否定してはいけない。本当にそんなことはないし音子ちゃんは道具じゃないけど、こういう時は他人の言葉はなかなか耳に入らないのだ。

 辛いものは辛い。そこから目を背けてはいけない。誤魔化してはいけない。それを認め、受け入れていかなくてはいけないのだ。


「音子ちゃん、ネコ好き?」


 なので唐突にそんな事を聞いてみる。


「え、はい。好きです。ネコ大好きです。最近はクロタくんがこちらに心を開いてくれたのか、距離を縮めてくれたのがうれしいです。あと、最初から友達だったアルターちゃんが年長者風を吹かせたのも見ていて微笑ましいです。だって最初は大人しかったあの子があんなふうになるなんて――あ、ごめんなさい喋り過ぎましたね」

「うんうん。ネコ大好きだよね。

 だからちょっと辛いことがあったら、ネコの事を思い出してみようよ。ネコを撫でるように自分を撫でたり、何ならネコのぬいぐるみを抱いてみるのもいいかもだね」

「あ……はい」


 コンフォート・ジェスチャーと呼ばれる技法だ。

 ストレスを感じた時に決められた行うジェスチャーをする事で、ストレスを緩和することが出来る。自分に触れる、或いは何かを撫でると言うサインがリラックス効果を生むのだ。

 大事なのは辛いことを『自分でも乗り越えられる』という事実を作る事。他人に助けてもらったのでは『自分一人では無理なんだ』という新たな自己否定に陥りかねない。


(ま、ボクはボクが大好きだから、ボクのことを思うだけでストレスなんか吹き飛ぶけどね!)


「そんじゃ、狩りの続きと行こうか! 都合よくゾンビも沸いてるし、サクッと行こう!」

「あ、じゃあ音子は隠れてますね。その間に福子おねーさんとロートンおねーさんに情報を送っておきます」


 言ってネコミミ黒フードをかぶる音子ちゃん。ピアノとかに使う吸音素材なので、動かなかったら本当に闇に紛れて見えなくなる。


「ゾンビは七体か。悪いけど、ストレス解消の的になってもらうよ!」


 動きの遅いゾンビなど、今更洋子ボクの相手にもならない。音子ちゃんの方に向かせないようにすればいいだけだし、この位置取りならまずありえない。

 それに音子ちゃんの心配をしなくてもいい理由はもう一つある。


「先ずは一体!」


 ゾンビの一体に走りながら叫び、バス停を振り上げて叩き下ろす。脳天を叩き割るような一撃。地面に叩きつけられたゾンビに、追い打ちをかけるように背中に突き刺さるバス停の先端。


「そう言えば、ドロップ品勝負してたんだっけか。なら部位狙いでいってみよー!」


 ゾンビのドロップアイテムはゾンビを如何に倒したかで変わってくる。爆弾などで破壊させればバラバラになり、適切クリティカルな斬撃で体の一部を吹き飛ばせば、その部位に応じたドロップ品がもらえる可能性が高まる。

 そして、洋子の所属学園アカデミースキルの<ラッキーアイテム>はクリティカル確率の上昇だ。部位飛ばしの確率も高まる。


「腕ゲット! そして首切り!」


 ゾンビが攻撃するタイミングを見計らい、腕にバス停を振るう洋子ボク。攻撃してきた腕を吹き飛ばし、ブレードマフラーを回転させて胴を薙いで止めをさす。回転の勢いを殺さぬようにバス停でもう一体のゾンビの首を薙ぐ。


「よし、こんなものかな」


 ダメージを負うことなく、七体のゾンビは地に伏した。空気感染によるゾンビウィルス増加も微々たるものだ。

 洋子ボクの印が入った旗を立て、十条に連絡を入れる。


「――というわけでヨロシク!」

「七体だと!? 他の奴らと言い、ユー達のペースはおかしい!」

「わははははは! まあボクの可愛さからすれば想像もつかないだろうけど、そう言う事なんだよ!」

「あー、はいはい。ロートンの方が終わったら向かうから」


 最後は呆れたように言って、通話を追える十条。何に呆れたのかはわからないけど、まあどうでもいいや。

 それよりも聞かなくてはいけない事がある。

 音子ちゃんの位置からちょうど死角に居る場所に控えている人物に、その方角を見ずに言葉を放つ。


「エヴァンス……だったっけ? ご苦労様。ゾンビが音子ちゃんの所に行かないように見ていてくれたのかな?」


 そこに隠れているのは、さっき【聖女フローレンス騎士団】との接触時に出会った少年だ。

 位置取り的には音子ちゃんに見えない位置で、ゾンビと戦う洋子ボクを射線に入れている場所。ライフル系の武器なら狙い撃ちできるし、遠投系のスキルがあれば爆弾を投げ込むこともできる距離だ。

 逆に言えば、乱戦から逃れたゾンビが音子ちゃんの場所に流れていった時、真っ先に攻撃できる場所でもある。


「フローレンス様の命令で、お前達を見張っているだけだ。隙あらば邪魔をして、ゾンビ達に襲わせて葬れと」

「だったら今の状況は割とチャンスだったんじゃない? ゾンビ七体に特攻するボク。攻撃されて少しでも隙を見せれば、一瞬で囲まれてゾンビ化していたよ。そのまま音子ちゃんも、かな」


 ま、そんな間抜けを晒す洋子ボクじゃないけどね。


「……実力を測る必要があった。それだけだ」

「おけおけ。そう言う事にしておくよ。でもま、情報ありがとう。あの聖女様、そんなこと考えてたのか。一応福子ちゃんとミッチーさんに伝えておくか」


 あの二人が下らない邪魔程度でピンチに陥るとは思えないけど、情報共有は重要だ。

 聖女様がらみなら音子ちゃんには伝えない方がいいかな。個人の伝達手段チャットで情報を送っておく。


「心配しなくてもいいよ。あんな音子ちゃんはしっかり護るから。なんならキミもこっちに来る?」

「断る。一度誓った忠義を反故にするのは、騎士にあるまじき行為だ」


 あー、そう言う性格?


「騎士なら主の過ちを正すのも務めだと思うよ」

「聖女は不浄を祓う役割。その役割から逸脱しないのなら、咎める理由はない」

「無理強いはしないけどね。でも、音子ちゃんを苛めたのなら容赦はしないから」

「…………俺は何も聞かなかった。だが、仲間の為に身を張る精神は尊ぶものだ」


 その声を境に、エヴァンスの気配は闇に消える。隠密系のスキルを使ったか、一度報告に戻ったか。


「洋子おねーさん、どうしたんです?」


 戻ってこない洋子ボクを心配したのか、音子ちゃんが隠密状態を解除して近づいてくる。エヴァンスくんには気付いていないようだ。


「別に。男のツンデレはメンドイなぁ、って思ってただけ」

「? 音子はツンデレですか?」

「あっはっは。音子ちゃんはネコ大好きでかわいいよー。ネコミミ黒フードとかもうなでなでしたいぐらい!」


 フローレンスの件で少し気が立っていたけど、エヴァンスくんのおかげで少しだけ気分がよくなった。

 うんうん。世の中、性格の悪い人ばかりじゃないよね!

 

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