ボクは聖女様と邂逅する

「それではヨーコ先輩、三時間後に」

「ガッツリ狩ってくるデスヨ!」


 そんな言葉と共に、福子ちゃんとミッチーさんは別の道に進んでいく。三時間、というのはそれぐらいすれば消費アイテムもなくなるだろうし、いい頃合い化という時間で設定されたのだ。


「うおおお! ユー達、あまり離れすぎるな! ミーが大変なんだ!」


 そして別方向に向かって走る福子ちゃんとミッチーさんを見ながら、十条は吼える。洋子ボクを含めて両方のドロップ品の解体をするのだからまあ大変だ。実際はゾンビに狩った印のフラグを立てて、それを解体してもらうことになる。

 旗を立てるのは横取り禁止の暗黙の了解だとか。ゲームだと他人が狩ったアイテムは拾えなかったのはこんな理由なのか。


「いってらっしゃーい」


 福子ちゃんとミッチーさん。そしてミッチーさんを追った十条を見送りながら、手を振る洋子ボク。そして残った音子ちゃんに声をかけた。音子ちゃんはレーダーで得た情報をスマホに打ち込んだのちに、こちらを見る。


「あ、洋子おねーさんはあっちですよね。ゾンビ七体と、ハンターが二〇人ぐらいいます」

「ハンターが二〇人も?」


 へぇ。珍しい。結構閑散とした狩場なのに、そんなに人がいるんだ。


「福子おねーさんの進む方には、十三人いるみたいです。ロートンおねーさんの所は、八人です」

「んー、初心者クランがやってきてるのかな?」


 下水道はゾンビが沸く数は多いけどドロップ効率が悪いため、あまり人が来ない狩場だ。そんな場所に分かるだけで四〇名ほどハンターがいる。いてもおかしくはないけど、珍しい状況ではある。


「ま、そう言う事もあるよね。軽く挨拶して通り過ぎるか」

「はい。お邪魔、よくないです」


 状況を鑑みるに、ゾンビと戦っているのだろう。邪魔せずに通り過ぎて、奥の方に狩りに行こう。そんな事を考えながら道を進んでいく。音子ちゃんも言って後ろをついてくる。


「遅いですわよ。早くよこしなさい」


 狩りをしているハンターの横を通り過ぎようとした時に、いきなりそんなことを言われて手を突き出された。持っている者を早くよこせ、というポーズだ。


「はい? あの、何のこと?」

「ですから買ってきたジュースをよこしなさいと言っているのです。あとはテントと椅子、そして下水の空気を清浄するための空気清浄機。

 全く、言われないと分からないとかクズね。貴方、IDは何番かしら? 30番ほど降格させてもらいます」


 問い返すと、さらに訳の分からないことを言い出した。いや、本当に何のこと?

 見た目は白を基調とした中世風服装だ。聖印の装飾が各部位に施されており、対ゾンビウィルス効果が高い装備である。

 亜麻色の髪を背中まで伸ばし、手には錫杖のような棒を持っている。メイスと呼ばれる武器で、打撃用ではなく集団を指揮する支援バフを与える武器である。なんというか『いい所のお嬢様が教会に入った』と言わんがばかりの格好だ。見た目麗しく清楚で可憐。しかしその横柄な態度がその全てをぶち壊していた。


「フローレンス様、そちらのお方は我が【聖女フローレンス騎士団】の騎士ではございません」


 そのシスターに語りかける少年。恭しく首を垂れる姿は、なんというか姫に仕える従者を思わせた。


「あ……。エヴァンスくん。じゃあもしかして、エヘ、元気……でした? エヘ、エヘヘヘ」

「……そちらの娘も元騎士団の雑用ですが、今は縁が切れています」


 少年の姿を見て、音子ちゃんが怯えるように一歩下がる。少年の言葉で、ようやく事態を理解する洋子ボク

【聖女フローレンス騎士団】。前に音子ちゃんが言っていた彼女が所属していたクラン名。音子ちゃんは追い出された、と言っていたけけど……?


『彼女に従う多くの人間で構成されていて、クラン規模は3000を超えるとか』

『自分に従わない者は即排除。自分を褒めたたえない者は即断罪。自分の意見に従わない者は即私刑』

『フローレンス様とネコ、どっちを選ぶのかって言われて、ネコって言ったら……駄目ですね、音子。エヘ、エヘヘヘ……』


 福子ちゃんやミッチーさん、そして音子ちゃんの話を思い出す。そして目の前の女性を見て、あーそうね、と納得した。概ね、聞いた通りの性格のようだ。


「あ、そう。じゃあ普通に命令してあげる。私の為に買い物に行きなさい。

 私が望む者を買ってこれたら、クランに入れてあげる。この聖女の元で働ける喜びを教えてあげるわ」


 ごめん、それ以上だった。


「返事は?」

「え、え、……あ、音子は、今は別のクラン、だから……」

「お断りだよ。ボクはそんな物なくても強いし楽しいし。音子ちゃんはボクのクランの一員だから命令しないでほしいね」


 過去に色々あったのか、怯えて呼吸が不安定になる音子ちゃん。その前に立って聖女さんから隠すようにして告げる洋子ボク


「痴れ者。恐れを知らぬは蛮勇ね。ならば知りなさいこの私の威光を。

 騎士達。我が為す功績を告げてやるがいい。称えるように! 貴ぶように! 捧げるように!」

「はっ、我らが聖女フローレンス・エインズワース。十万人に一人と言われたその才能はまさに天からの捧げもの! 才色兼備とはまさに貴女の為にある言葉!」

「容姿端麗天香国色沈魚落雁たる容姿! 天上の華のような純情可憐なる性格にして天使の如く純真無垢!」

「その在り方は泥中之蓮! 不浄に満ちた大地を照らす美しき華! この六学園のハンターにおいても鶏群一鶴! その存在全てが世界を救う兆しとなりましょう!」


 フローレンスが指を鳴らすと同時に、いきなり現れたハンター達――フローレンスの言葉で言う騎士達が現れ、賛美する。訓練された動きとよどみない口調。それに思わず圧倒される。

 っていうか、あきれてものが言えなくなる。


「我が才の一端に触れただけだと言うのに、脳の許容量が限界に達したようね。ゴミクズ。見逃してあげるから帰りなさい。

 それに何その武器は。拾った標識かしら? 貧乏かつ才のない輩は惨めね。バス停で戦うなど粗末な――」

「バス停を馬鹿にするなよ。あ、ヘンテコで面白い武器っていうのは否定しないけど」


 トレードマークのバス停を貶されて、我に返る洋子ボク。いやまあ、馬鹿にされるような武器だ、っていう自覚はあるけどね。


「確かにネタ武器で近接用オンリーの不遇武器だっていうのは認めるけど、それでも使う人が使えば最強になるのさ!

 そう、この…………超きゃわわでカッコイイボクが使えばね!」


 一瞬だけ対抗しようといろいろ四文字熟語を考えたけど、すぐに思いつかなかったので、思いつくままに返した。


「世間を知らない田舎娘ね。至高の美たる我が目の前にいるのにそのような妄言を吐くとは。

 本来ならその無知蒙昧をただすべく騎士団の詰め所にて『教育』を施すところだけど、今は所用があるから見逃してあげる。油虫の如く消えなさい」

「所用? こんな所に大人数でやってきているってことは……赤袋狙いか」

「なっ……!?」


 ランダムに変化するアイテム赤袋。それを大量に仕入れて開けるか売るか。そんなところかな。というか、それ以外にクラン単位でここに来る理由はないだろうし。


「俗物なんだね、聖女さm……もご」

「あ、行きます! すぐに行きます! だから『教育』は……エヘ、エヘヘヘヘ……」


 ま、といおうとした口を、背中に飛びついてきた音子ちゃんに手で防がれる。声の震えから尋常じゃない怯えを感じ、とりあえず黙っておくことにした。

 問題の聖女様は鋭い視線でこちらを見ている。その視線を受けた音子ちゃんは更に怯えたように震え出す。言いたいことはあるけど、これ以上ここに居たら音子ちゃんが可哀想だ。【聖女フローレンス騎士団】を避けるように移動する。


「エヘ、エヘヘヘ。『教育』……ごめんなさい。音子は、音子は悪い子……。ごめんなさい。もうしません、だから」


 小さく聞こえる音子ちゃんの声が、【聖女フローレンス騎士団】の内情を示していた。

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