混沌の海 クランの絆

ボクは下水道にやってきた

 御羽火港下水道――

 日本本土とこの島を繋ぐ海路の一つ、御羽火港。その下水道だ。空港の職員や警備員、そして客全てがゾンビと化した港。もはや船を出すだけの人員もない状況となり、港は形骸化した。

 ゾンビ達は日の光を避ける様に下水道に移動したと言う。今も港の下水からはヘドロなどとは違う腐臭が漂い、暗闇の中でも遜色なく動くゾンビ達の領域となっているのであった。

 ……というのが、大まかな下水道紹介。ちなみに推奨ハンターランクは12。脱初心者パーティーの狩り場だ。


「流石に閑散としているねー」


 そんな下水道の入り口は、静かなものだった。立ち入り禁止のバリケードだったものの跡、ゾンビの爪痕。弾痕。そういった人とゾンビの戦いの跡。

 なんでも学園周辺に出るゾンビはここから発生しているとかなんとか。嘘くさいけど、ゲームの設定だ。深く突っ込んだら負けなんだろう。

 で、なんで閑散としているかと言うと、理由は様々だ。下水道というマイナスイメージ、ドロップ効率の悪さ、ボスキャラ不在の盛り上りのない場所。


「嫌な匂いです」

「念入りに洗濯しないとキツイデスよ」


 そしてゲームだと感じられない下水道の空気。まとわりつきそうな湿度。ごみ全部を圧縮したような匂い。ねっとりと壁や足場に染み付いた何か。

 普段からゾンビ相手にしているからそこまでの嫌悪感はないのだろうが、それでも毎日通いたいとは思わない場所だ。そんな場所に一週間も通わなければならないのだとおもうと、やっぱりやる気は失せてくる。


「入ってすぐの場所に、普通のゾンビが3体います。元気な状態です。……あの先行して罠とか、仕掛けておきましょうか?」


 レーダーと<オラクル>を使った音子ちゃんが、洋子ボクらに報告してくる。レーダーだけだと、隣のマップのゾンビ数のみ。<オラクル>を使うと、マップの状況とそこにどんなゾンビがどういう状態なのかが分かるのだ。

 この差は大きい。数が少ないと思っていってみたらボスだったり、隠密状態だったり、手と足が別々になっていて見えない所から襲い掛かられたりと油断ならないのがゾンビ戦なのだ。


「罠か……。折角だし、頼もうかな。腐肉缶?」

「はい、缶詰です! 音子、頑張りますね。えへ、えへへへへ」


 洋子ボクの言葉に、喜ぶ音子ちゃん。黒ネコミミパーカーを羽織って、音を立てずに入り口に先行していく。特殊能力アビリティ<キャットウォーク>。音の発生を抑える歩行術だ。音に反応するゾンビに見つかりにくくなる。

 で、腐肉缶は言葉通り腐った肉をパッケージした缶詰だ。匂いに反応するゾンビを集める効果がある。前に使ったラジカセとの違いは、缶詰の方が軽いけど、ラジカセはタイマー設定が出来るという違いだ。


音子『中央の十字路。十秒後に腐肉缶を開封します』


 そんなメッセージがスマホに届く。洋子ボクらはな頷きあい、入り口付近で待機した。タイマーを起動させ、時間を待つ。


「三体だから、一人一体かな」

「はい。狩りはそこからスタートしましょう」

「そこから別れてドロップゲームスタートデス。それでオケ?」


 待ち時間の間にそんな会話をする。ミッチーさんの言葉にどうするか考えた。戦力を分ければ、危険は増す。でもまあ、


「二人が今さら普通のゾンビに遅れをとることは危険はないだろうしそれで。一応、通信クランチャットはオープンしててね。

 あと、音子ちゃんはボクがガードしておくから」

「(それは実質二人きり……! いいえ、落ち着きなさい『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』。ええ、大丈夫ですわ)」

「(……とか、コウモリの君がモヤモヤしてるのを見るのは楽しいネ)」


 洋子ボクの言葉になにやら押し黙る二人。福子ちゃんは渋い顔をした後に頷き、ミッチーさんはなぜかニヤニヤしてから指でオッケーサインを出した。


 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。


 スマホタイマーが鳴ると同時に、洋子ボクらは下水道に足を踏み入れた。入ってすぐの十字路。そこに三体のゾンビが集まっている。そのすぐ近くにしゃがみこんで、身を隠している音子ちゃん。


血のブルート狂信者ファナティカー――」


 最初に攻撃を仕掛けたのは、福子ちゃんだ。眷属のコウモリが届くギリギリの位置で立ち止まり、コウモリに命令を飛ばす。その数は二匹。一度で飛ばせる最大数三匹ではなく、ダメージ量を計算してギリギリ倒せるだろう量である。長期戦を考慮しての計算された攻撃だ。


「消えなさい、死の残渣。汝らが向かうべき道は安らかなる眠りの地。その罪と咎は私が喰らいましょう」


 うん、中二モード全開! 思わず振り向いて親指立てちゃうぐらいだ。


「さすが……ばんぱいああーでる? とにかくナイス!」

「『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』です。……ふ、賛辞は素直に受けましょう。もっと褒めたたえなさい」

「おおっと、よそ見している余裕はアリマセンよ! まとめてゲット!」


 次に動いたのはミッチーさんだ。仲間を誰も巻き込まないことを確認し、手にした噴射機の引き金を引く。ノズルの先端から放出された黄色い液体がゾンビの群れに振りかかった。腐食毒。肌をじわじわと化す毒のバッドステータスを与えると同時に、煙自体が灼けるような刺激を与えていく。


「ンー! 一ヶ所に留まっていると超楽しいデス! まとめて悶えるデスヨ」


 フィールドに設置する系統のミッチーさんの毒ガスは、その範囲内にゾンビがどれだけいようとも、ダメージ量は分散しない。複数ゾンビがいればそうダメージ量は増えるのだ。ミッチーさん一人では狙いにくいが、誰かが一ヶ所に集めてくれれば一網打尽も可能なのだ。


「そんじゃ、ボクもいくよ!」


 毒霧が晴れるタイミングと同時に、洋子ボクも突撃する。福子ちゃんが攻撃したゾンビとは別のゾンビに目を向けて、通り抜けるようにダッシュした。なびくブレードマフラーがゾンビを斬りつける。そのまま振り向きざまにバス停を振るった。


「首ゲット! さらにもう一回!」


 横なぎに奮ったバス停がゾンビの首を切り裂くクリティカル。更に追撃とばかりに袈裟懸けにバス停を叩き下ろし、駅名表示板で叩きつけるような一撃を喰らわせる。ゾンビの首が下水道に落ちるより早く、胴体が地面に伏した。


「わ、わ。おねーさん達、凄い、です」


 驚く音子ちゃんの声。その反響が消える前に、ゾンビ達は力尽きていた。最初に福子ちゃんに攻撃を受けたゾンビはその一撃で倒れ、洋子ボクの一撃でさらにもう一体も伏した。最後に残ったゾンビが攻撃を仕掛けるが、その攻撃の後にミッチーさんの与えた毒ダメージで動かなくなる。


「ちょうど一人一体かな。うんうん。いい出だしだ。<目利きジャッジ>よろしく!」

「ったく、なんでミーがこんなことを……」


 倒れたゾンビに十条が近づき、ナイフを手にしてごそごそやっている。手渡されたのは『ゾンビの歯』『ゾンビの皮膚』等の一般的なアイテムだ。まー、こんな所か。


「距離と速度と汎用性はやっぱり福子ちゃんで、集団での有利さはミッチーさんかな」

「よくいうネ。バス停の君は万能ぜんぶに対応するクセに」

「では本格的に勝負開始と行きましょう。ちょうど三方向に分かれていますので、ここで別れて狩りをするということで」


 福子ちゃんが言って道を示す。十字路に立つ洋子ボク達。入り口以外は三つの道がある。それぞれ別の場所で狩りをしようと言う事だ。


「あ、なら音子は皆さんのスマホにレーダーと<オラクル>の結果、伝えます。えへ、音子は役に立てそうですか?」

「十分十分! マップ全域のリアルタイム情報とか、もう最高だよ!」

「<オラクル>はクランメンバー付近の場所しか、分かりませんけど……えへ、嬉しいです」


 誰かの役に立つ、と言う事が嬉しい。そんな音子ちゃんの笑顔を見ておもわずほっこりした。


「ちょっと待て! メンバー全員一緒に行動しない!? ミーはユー達がゾンビを狩るごとにそこに走って解体していくと言う事か!?」

「あ、言ってなかったっけ? そう言う事なんだ」

 

 三つに分かれて狩りをすると言う事は<目利きジャッジ>の十条は三カ所に分かれた洋子ボク達を要請に応じて下水道を張りしまわることになる。ゾンビを倒すたびにそこに向かい、解体していくのだ。

 ……結構走り回るかもだけど、まあ何とかなるでしょ。


「やー、大変だね。がんばれ」

「よろしくおねがいします」

「十条チャンならできるネ」

「お前ら鬼かー!?」


 洋子ボクらのねぎらいの言葉に、十条は泣きそうな顔で叫ぶのであった。

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