ボクの運はかなりいいようで

「では30分後にここで合流と言う事で」

「値打ちもの掘り当てるデスヨ!」


 福子ちゃんとミッチーさんとは入り口で別れ、MIKADOの中を探索する洋子ボク。ミッチーさんはキャスターをもって意気揚々と走っていく。330枚だから三十三連。三百六十三個もあるのだから、まあ大変だ。


「まあ、それだけ食べ物があればしばらくは困らないかな」


 目的はしばらくの食事を確保することであって、レアアイテムを引かないといけないとか、そんな目的はない。なのでのんびりまったりと探すとしよう。

 ちなみに『AoD』のガチャリアリティは5段階。貴重度レアリティの低い方からコモンUCアンコモンレアSRスペシャルレアSSRスーパースペシャルレアとなっている。排出率は:74%:22%:2.5%:1%:0.5%と結構渋め。しかも武器防具加工品まぜこぜの闇鍋仕様なので、狙ったアイテムはまず出ない。


「20個持って帰れるんだから、先ずはこの辺りを――おや?」


 瓦礫の間に、白い箱を見つける。近づいてみると、薬が入ったケースのようだ。


「これは抗ゾンビ薬かな。狩りの時にあると便利なんだよねー」


 ゾンビウィルス感染率を下げる薬である。カプセル状なので手軽に飲むことが出来る。当たりと言えば当たりの類だろう。


「これは幸先いいかも。って、あそこにあるのはもしかして?

 うはー。伝説のゴールデンバール! こんなの本当にあったんだ。こっちには妖刀ピコピコ丸! えー? ないわー。あははははは!」


 笑いながらホームセンター内を漁り、規定数まで集めた後に元の場所に戻る。さすがに数の多い福子ちゃんやミッチーさんはまだ戻ってきていない。


「ま。それなりに食べ物も手に入れたし良かったんじゃないかな?」


 バッグの中には缶詰とレトルト食品がそれなりに。あとはオモシロアイテムがいくつか見つかったので、それを拾ってきた。


「…………ふう」


 カバンの中を整理していると、そんなため息とともに一人の少女が歩いてくる。ネコっぽいキーホルダーを付けた女の子。さっきの櫻花学園の子だ。缶詰を手にどんよりと落ち込んでいた


「おや、キミはさっきの?」

「ひぃ!? あ、さっきの陽キャお姉さん……エヘ、エヘヘ……。驚いてごめんなさい。失礼でしたよね。すぐに消えますから、エヘ、ヘヘヘヘ……」

「いや。別にそんなことはないし。いいもの見つかった?」


 すぐに立ち去ろうとする少女にそう告げる洋子ボク


「い、いいえ……。これだけ、です。日頃の行い、ですね……エヘ、エへへ……」


 少女が持っているのは焼き鳥の缶詰。レアリティで言えばコモンで、ハズレ枠だろう。


「うん。まあそう言う事もあるよ。でも次は――」

「一回、だけなんです……チケット3枚しかないんで……エヘ、エヘヘへへ……」

「あらま。それはご愁傷様」

「エヘ、一回で、バステト偽典を手に入れようとか……やっぱり無理ですよね。……エヘ、エヘヘ……」


 笑みを浮かべて、俯く少女。

 それは愚かな自分を笑っているのではない。笑ったふりをする事で苦しい自分を隠そうとしているのだ。仮面をかぶるように、笑って。


「んー、なんでその本が欲しいの? ネコが好きだから?」

「はい。ねこがだいすきです。ねこがだいすきでねこがだいすきでねこがだいすきでねこがだいすきでゆめにみるぐらいすきで。だからもっとねことなかよくなりたくてバステト偽典があればもっとねこのこえがきけるきがして」


 急に早口になるのは、ちょっと怖い。でも猫が好きなのはよく伝わった。


「でも、無理です。音子が上手くいくなんてありえないんです。ちびで根暗で陰キャでマイナーな神様を信じる音子が上手くいくなんて――」

「へえ。音子おとこっていう名前なんだ、キミ」


 洋子ボクの言葉に、びくんと体を震わせる少女。そのまま泣き出しそうな顔で謝ってくる。


「ひぃ! すみませんすみませんすみません。女なのにオトコって名前ですみません。紛らわしくてごめんなさい。二度と名乗りませんから許して――」

「あ、うん。謝らなくていいよ。音に子でしょ? 綺麗な名前じゃないか」

「綺麗……ひぁああああああああ!? そんな、嘘言わなくてもいいですから、エヘ、ヘヘヘヘ……駄目、陰キャには耐えきれない……」

「嘘なんか言ってないよ。音子。うん、いい響きじゃないか。キミを見て男性だなんて誰も思わないよ」

「ふぇ……? でもクラスのみんなが……エヴァンスくんは外国人だからよくわからない、て言って守ってくれたけど、クラスが別になったら……当然ですよね。オトコってややこしいですもんね。エヘ、エヘヘ……」


 あー、そう言ういじめかー。


「でもボクは音子っていう名前は綺麗だと思うよ。ボクがおかしいのかな?」

「そ、そ、それは……その、お姉さんは……悪いのは音子だから……」

「キレイキレイ。だから名前を隠したりしないでほしいな。そうしてくれたら、いい物をあげよう」

「いい、もの……?」


 言ってから洋子ボクはさっきここで手に入れた本を音子ちゃんに渡す。


「こ、れ……『偽典バステト』…………ええ、ええ!?」


 そう。それは彼女が欲しがっていたSSRの本だ。眷属使役テイマー系だから福子ちゃんにあげてもよかったけど、音子ちゃんのほうが欲しそうだしね。


「欲しかったんでしょ? あげるよ。ボクは使わないしね」

「ダメダメダメダメダメ……だって音子は、こんなものを貰う価値なんかないです。あ、これ夢ですね。納得しました、エへへへへ……」

「夢じゃないって。もー、じゃあその缶詰と交換で」

「ダメ、です……! 使わなくても、売ればいいじゃないですか……ハンターランクのポイントが、かなり上がりますよ。そうしたら、ほら、お姉さんもっといい物貰えますし」

「そんなのもったいないじゃん。欲しい人の所に欲しいものが届く。その方が本だって喜ぶし」

「本が……喜ぶ……? バステト様が、喜ぶ……」

「うんうん。喜ぶ喜ぶ」


 あ、なんか態度が軟化した。今が好機だと頷いて本を渡す。拒否されることなく、受け取ってくれた。


「……えへ……これで、ネコと心通わせられる。えへへへへ」


 その微笑みは、さっきのような仮面をかぶった笑みではない。心の闇を隠そうとする誤魔化しではない。

 本当にうれしい子供が浮かべる、そんな笑みだった。


「よしよし。それじゃあ缶詰は貰うね。これでトレード成立」

「あの、あの……お姉さん、ありがとうございます。あの、音子はなんてお礼をしていいのかわかりませんけど、その、あの……!」

「うんうん。そうやって喜んでくれるだけで十分だよ。ネコとたくさん楽しんでね」

「は、はい……えへ、えへへへへ。嬉しいな、ねことおはなしするんだ。えへへへへ」


 言って音子ちゃんは走って去って行く。笑うと可愛いんだなー。


「本で子供を餌付けして安心させたところを頂く。日本のことわざで言う所の光源氏計画デスネ」

「そう言うつもりはないから」


 隠れていたのか、いきなり後ろから話しかけてくるミッチーさん。それに振り返らずにツッコミを入れる洋子ボク


「でもあの本をコウモリの君に渡せば、好感度超アップで今夜はフィーバータイムだったかもヨ?」

「わけわかんないから。

 ま、確かに福子ちゃんに持たせたい装備だったけど、あそこまで喜んでくれるのなら良かったかなー、って」

「それには同意ね。いいもの引き当てれて、よかったネ。……ウン、いいもの……引けて……ううう……!」


 言って泣き出すミッチーさん。見るとカートの中は大量の食料品があった。それはまあ目的通りなんだけど。


「食べ物ばっかり……バス停の君みたいに、珍しい者レアアイテム見つからなかったヨ! 三百三十枚使って、オケラだったネ……!」


 あー。爆死しちゃったか。そう言う事もあるよね。


「こうなったらバイトの給料を前借してデモ!」


 破滅の道を進もうとするミッチーさんをどうにか止めているうちに福子ちゃんも合流する。暴走するミッチーさんを押さえながら、MIKADOを去るのであった。


「次……次は大丈夫ヨ。そんな気がするネ」


 ……ミッチーさん、典型的なガチャ中毒者だったのね。注意しておこう。

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