しばしの休息

ボクは予想外の展開に驚く

 戌岩村から帰還した洋子ボクは、あの後一週間ほど療養していた。

 なんでもゾンビウィルスの感染率がとんでもない数値になっていたらしい。ナナホシの毒がいい感じで回っていたらしく、なかなか例を見ないほどであったとか。

 幸いにして外傷はほとんどなく、医療機関……まあ、保健室なんだけど、とにかくそこに行く必要もなかったため、家で寝ていたらしい。らしい、というのは目覚めたら一週間たっていたと言う事だ。


「ヨーコ先輩……!」

「オウ! 目覚めたね、バス停の君! 目覚めのキスは要りますか?」

「あれ……ここは? 福子ちゃんにミッチーさん? 学校は?」


 目覚めた場所は愛しのクランハウス。福子ちゃんたちはどうやら休学していたようだ。


「そんなボクの為にそこまでしなくても」

「何言ってるんですか!? ずっと目覚めないから心配してたんですよ!」

「そうネ。最初の二日は大変だったヨ。ワタシ達交代で介護してたんデスから」

「そっか……。ありがとう。お陰で助かったよ」


 どうやら二人にはかなり迷惑をかけたようだ。


「いいえ。私はこの程度しかできませんから……。ではお粥でも作ってきますね」


 少し疲れた口調で、福子ちゃんは答える。そのまま不安定な足取りで台所に向かう。どしたんだろ?


「バス停の君、ちょっと耳貸して」


 怪訝に思う洋子ボクに、手招きするミッチーさん。言いながらこちらに顔を寄せてくるので、体を少し動かして耳打ちモードに入る。


「コウモリの君、ちょっとメンタル落ち込んでるデスヨ」

「うんうん。それは見てわかる。戌岩村に行く前も、少しおかしかったけど」

「あー、それも気付いていたデスカ。あの子、バス停の君の隣に役立とうとして、空回ってるんで落ち込んでるデスヨ」


 うん? 福子ちゃんが空回ってる?


「えー? でも福子ちゃん凄く成長してるよ。動きの切れもだいぶ良くなってるし。ミッチーさんの動きのフォローもできてるから、もう教えることはないかもって思ってるぐらいだし」

「あー、まあ、家庭教師カテキョモードは一旦保留してくだサイ。二人きりの授業で甘いムードが作れるとか、悪いけどなさそうなのデ。

 ナナホシが出てきて、彼女動けなかったデショ? 一歩も動けなかった自分が情けなくて、落ち込んでるんデスヨ」


 あー。そういうことか。

 虫が嫌いな福子ちゃんからすれば、むしろついてきてくれただけでもありがたい。動けなかったことなんか責める気はないんだけど……。


「ナノデ、バス停の君。彼女を励ましてクダサイ」

「うん……うん? あの、励ますって何て言えばいいの?」

「モー、察し悪いデスネ。こういう時に気のきいたセリフが出ないとか、ドーテイデスカ」

「どどどどどどうていちゃうわ!?」


 思わず本気で言葉を返す僕。いや、本当にそうだったかどうかは分からないんだけど! 記憶にないってことは有耶無耶にしていいってことだよね? でも記憶にないってことはそうだという可能性もあるわけで、二重の可能性が同一存在! 物理学の思考ネコとはこういうことなのかっ!?


「何本気で動揺してるヨ?

 別に言葉とかはいいデスから、リハリビがてらに近くを歩くとか、そんなデートっぽい感じでOKデスヨ」

「まあ……それぐらいなら」


 呆れる様にため息をつくミッチーさん。頷いてから、なんとなく二の足を踏む洋子ボク


「いや、デートとか大げさじゃない? ちょっと歩くだけなんだし。っていうか気付いてたならボクじゃなくてミッチーさんが行っても――」

「つべこべ言わずに行ってくるネ。もー、ヘタレメンドクサイデスネー」


 なんだか酷くうんざりした口調で『はやく行け』とばかりに手を振られた。なんかクランマスターの扱い酷くない?


「あ、福子ちゃん。ちょっとそこまで付き合ってよ」


 そういう流れもあり、お粥を食べた後に福子ちゃんを誘って散歩に出ることになった。……なんか後ろでミッチーさんが親指立ててたりしてるけど、なんなのこれ?


「ヨーコ先輩、大丈夫ですか?」

「ちょっと気怠いかな。手を引いてもらえると嬉しい」

「はい。……どうぞ」


 おずおずと差し出される福子ちゃんの手。その小さな手を握り、クランハウスを出る。一週間寝ていた体は予想以上になまっていたのか、真っ直ぐ歩くだけでも難しい。手を引かれながら、歩いて5分ぐらいの公園まで歩いていく。

 ゾンビパニックで人がいなくなった公園。かつての休日はそれなり賑わっていたのだろうが、今は閑散としていた。生徒が草刈りをしているのでそこまで荒れ放題と言う事はないが、それでも寂しいものだ。


「――なんて感傷に浸るのは、病み上がりで弱気になっているからかな」

「過剰なレベルでゾンビウィルスに侵食されていたんですから、心も体が弱って当然です。

 ……私があの時戦えれば、もう少し楽になったのでしょうけど……」


 言って俯く福子ちゃん。ああ、ミッチーさんの言った通りだ。自己嫌悪に陥ってる。


「怖いものは怖いし、駄目なものは駄目だよ。それはしょうがない」

「でも、そのせいでヨーコ先輩は――」

「だけど福子ちゃんたちが看病してくれたおかげで、こうして助かったんだ。福子ちゃんに後を任せれるから、あの時無茶が出来たんだよ」


 嘘偽りない言葉を福子ちゃんに告げる。

 その言葉を受け止めた福子ちゃんは……それでも顔を上げずに洋子から目を逸らす。


「…………それでも、私は……私はヨーコ先輩の、傍に立ちたいのに……」


 戦いの役に立たなかった。洋子ボクと一緒に戦えなかった。

 それは今、福子ちゃんの中でトゲとなって突き刺さっているのだ。その事実を払しょくするのは言葉ではない。福子ちゃん自身が、この事実を昇華しないといけないのだ。


「……よーし、わかった! じゃあ次は役に立ってもらおう!」


 洋子ボクらはハンターだ。ならば狩りで結果を示すしかない。


「っていうか、福子ちゃんがいないとこのクランはボロボロだからね! クランメンバー唯一の中距離アタッカーで、瞬間火力も最大なんだから!

 考えてみたら戌岩村がポシャったんだし、次の狩場考えないと。ランク圏内で行ける所でボク等が行けそうな高ランク狩場は――」

「あの、その件なんですが……実はまだ話していない事があるんです」


 次の狩りのことを考えて居た洋子ボクに、福子ちゃんが制止をかける。


「はなしてないこと?」

「はい。……実は【バス停・オブ・ザ・デッドわたしたち】の活動物資が不足しています」

「…………はい?」


 かつどうぶっしがふそく?

 いや待って。『AoDゲーム』ではクランにそんな要素なかったんだけど。 いや、待って。待ってプリーズ。


「クランの運営が六学園からの援助で賄われていることは知っていますよね?」


 あ、そうだったんだ。知らなかったけど、とりあえず頷く流れなので頷いておく。


「前回の戌岩村の狩りにおいてナナホシが襲撃。これにより【竜驤虎視りょうじょうこし】【ヴァンキッシュ】【聖銃字騎士団】の三クランがほぼ壊滅状態。【バス停・オブ・ザ・デッドわたしたち】のみが生還しました」

「うん。ボクらがナナホシを撃退したんだよね」

「はい。ですがその結果を見て六学園は、三クランが決死の覚悟でナナホシを退けて、私達は逃げ隠れていた、と受け取ったようです。

 ……クラン規模レベル39の【バス停・オブ・ザ・デッド】にナナホシが倒せるはずがない、と」


 はい?


「ちょっと待ってよ!? ナナホシを倒し……てはいないけど、退けたのは確かにボク等じゃないか!?」

「ええ、そう主張しました。……ですが、決定は覆りませんでした。なにせナナホシが逃げたところを見ていたのは私達だけで、三クランの生き残りもナナホシ逃亡後に意識を失っていた人達ばかり。

 第三者の証明がないんです。実績のないクランの信用も同様になく、低ランクの私達の武器で倒せるはずがないという意見が多数。……誰も、ヨーコ先輩の活躍を認めてはくれませんでした」

「……それで、物資不足っていうのは?」


 言いたいことを我慢して、話を進める洋子ボク。ここで福子ちゃんに何かを言うのは筋違いだ。彼女だって悔しいのだろうし。


「はい。六学園は『仲間を見捨てて生き延びた』クランに対し、二週間の援助削減を宣言しました。食料、医療品、その他インフラ関係の制限です。

 これまでの貯蓄はヨーコ先輩の治療費でほぼ消えてます。端的に言えば、明後日の食費をどうするかというレベルで、物資がありません」


 なんだってー。  

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