ボクが知らないクランでの会話

 ミッチー――美鶴・ロートンに対する小森福子の第一印象は『呆れた人』だった。


「ワタシ、バス停のきみのことを探してマシタ! 会えてうれしいデス!」


 玄関先で洋子を押し倒して、そんなことを言っていたのだ。洋子ボクに対していろいろ感情をこじらせていた福子にとって、ドロドロした怒りが湧き上がってくる。



(二人きりのクラン……二人きりの生活!)

(いえいえ、同じハンター同士、切磋琢磨するのが目的。そして何よりも、私はヨーコ先輩の好敵手リヴァーレ! 毅然とした態度で接しなければ)

(……いきなり虫が出てきて無様を晒してしまいましたが、まだ挽回の機会は――)


 などといい感じでから回りかけたところでこのハプニングである。


「なにをしているんですか、よーこせんぱい」


 思わず感情が押さえきれなくなっても、文句は言えないだろう。うん。

 その後、色々あって……福子の感性からしても『死ぬのが気持ちいい』云々は理解の外だったけど、少なくとも悪い人じゃないのは分かったし、クランに戦力が欲しいと言う洋子の意見も正しいので受け入れることにした。


「で、コウモリの君はバス停の君にラブラブってことでおけ?」

「っ!?」


 そして次の日の朝、福子と美鶴ミッチーとの最初の会話がこれである。思わず固まった福子は、周りに洋子がいない事を慌てて確認する。


「ダイジョーブネ、そこは配慮してますヨ」

「…………なんの、事です? ラブとかありえません。私はヨーコ先輩の好敵手リヴァーレで――」

「あー、ハイハイ。そう言う事でイイデス。お邪魔してソーリーネ」


 軽くあしらう美鶴ミッチー。その態度に福子は何かを叫びそうになり、そのまま顔を赤らめてうずくまった。


「(ちがうんですちがうんですこれはけしてそういうたぐいではなくどちらかというとあこがれなんだとおもうんですただよーこせんぱいがなにをしているのかとかなにがすきなのかとかそういうことをかんがえるだけですごくこころがあつくなってあのひとのとなりにいるとすごくげんきになってそれだけなんです)」


 近くにあったタオルで顔を覆い、そのタオルで声を隠すように呟く。美鶴ミッチーはわかってるわかってるとばかりに福子の肩をポンポンと叩いた。


「安心していいネ。ワタシ、その恋応援するヨ」

「……だから恋じゃないです。私は……あの人の隣に立てるだけの実力がありませんから」


 どこか寂し気に、福子は呟いた。

 言葉にした瞬間に、どうしようもない空しさを感じる。好敵手などと言っているけど、その実足手まといではないかという想いすらある。


「私がチェンソーザメを退治できたのは、ヨーコ先輩の訓練があったからです。……ええ、あの訓練はすさまじかった……今でも時々夢に……コンマ2秒のずれ、立ち位置と角度……次手の判断……高低差……ふふ、ふふふふふ」

「おーい、帰ってコーイ」

「はっ!? ええと、何の話でしたっけ?」

「トラウマレベルの訓練とかどーよ、って話? いや違うネ。バス停の君に追いつけないって話?」


 美鶴ミッチーに指摘され、我に返る福子。


「はい……。あの人はすごいです。動きも知識もそうですし、とっさの判断力も隙がありません。かのように動いているんです。

「はー。そりゃ大したもんデスネ」

「でも……すごいと思うと同時に、怖くもあるんです」


 福子は洋子の後を追いながら思ったことを暴露する。


「この人は、どういう人なんだろう? なんでこんなことを知っていて、なんでこんな戦い方をするんだろう。

 あの人の戦い方は、人間味を感じません。例えるなら……どこか感覚を感じます」

「ゲーム?」

「こうすればいい。ああすればもっとよくなる。動画や攻略サイトで知っていることをなぞるように、あの人は動くんです。まるで、


 福子が感じていたのは、洋子のそういったこの世界への剥離感だった。

 ゾンビが怖くない。死ぬのが怖くない。そんなハンターは多い。福子もカミラの仇を討つという目的で恐怖を誤魔化していたし、美鶴ミッチーはクローン技術の恩恵で死を克服していた。

 洋子の動きはそのどちらでもない。ゾンビの恐怖を正しく理解し、死ぬことをタブーとしている。だけどそれは己に課した『線引きルール』のようにも見える。


(ゾンビ化しないように戦うゲーム)

(推奨ハンターランク以上の狩場を狙い、そこをどうすれば勝てるかを知り、そして自分の命を顧みず戦う。ギリギリ死なないと知っているかのように)

(……ヨーコ先輩が見ている景色と、私が見ている景色は、同じなのかな……?)


 すぐ傍にいるのに、すごく遠く感じる。

 戦えば戦うほど、その差異を感じる。

 本当にこの人は、自分と同じ人間なのだろうか?


「で、そんなバス停の君に追いつけそうにナイ?」

「……そうですね、その話です。どれだけ追いかけても、追いついているように思えないんです。まるで、別の方向を進んでいるみたいで」

「アー……在り来たりな事を言うと、人間皆違うからこそちょうどいいとか個性があると言うか。あとは、同じハンターでも方向性が違うと言うか。そういう誤魔化しはいくらでも言えるネ。

 でもま、コウモリの君が欲しい答えはそれじゃないので、一つアドバイスしてアゲルヨ」


 指一本立てて、美鶴ミッチーは福子に迫る。


「ゲームするなら、恋愛ゲームデスヨ」

「……は?」

「アレ? 恋愛ゲームしらない子? アドベンチャー派なのかデジタルノベル派なのかソシャゲ派なのかで議論別れるケド、そこそこ有名と思ってたネ。ちなみに師匠ティーチャーはシミュレーション派で」

「アドベンチャーで恋愛ゲームってあるんですね。……いえ、そう言う事ではありません。ええと?」

「オウ! 要するに、ゲームのルールはこっちで決めればいいデスヨ。

 バス停の君がゾンビハントなアクションするなら、コウモリの君はその裏で恋愛パートやればおけおけ! がっつりイベント起こして好感度稼いでやるデスネ!」


 親指立てる美鶴ミッチー。未だに何が言いたいのかを飲み込めない福子。


「大事なのは、コウモリの君がどうしたいかヨ。その為に強くなりたいのなら、強くなる。だけど大事なことを見落としちゃ、ダメね。

 もう一度聞くよ。ユーはなんでバス停の君の背中を追いかける? 強くなりたいから?」

「……いいえ。私はあの人に、振り向いてほしいから」


 ああ、そうだ。福子はようやく理解した。

 強くなる。それは目的じゃない。洋子に振り向いてもらうための手段なのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ――その後、福子は積極的に洋子に追いつこうとする。

 

「あの……私はどうすればいいでしょうか?」

「えーと……。今回は普通に攻撃してくれればいいよ。『待機』攻撃を無理に当てなくてもいいし」

「そう、ですね。はい、申し訳ありません」


 美鶴ミッチー中心に作戦を組み立てられた時も、自分が何かできないかと考えたり。


「<倉庫ストレージ>で行きましょう」


 洋子が自分達を気遣うようにクランスキルを選択したことに対し、そんな気遣いは不要と押し返したり。


 クランハウスの掃除では美鶴ミッチーの方が役に立ったり、ナナホシが出てきた時は本当に何もできなかったりと落ち込むこともあったが、それでもすぐに顔をあげることが出来た。

 だって、落ち込んでいる時間はない。洋子は気が付くと進んでいるのだから。


『あの自己愛ナルシスト馬鹿ナール先輩に振り向いてもらうのなら、恋も狩りも両方こなさないといけません』

『ええ、ええ! 見ていてくださいヨーコ先輩。貴方がどこに向かおうとも、小森福子は頑張って見せますわ!』 

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