戌岩村を襲うモノ

ボクは倉庫を初めて使う

「おっ疲れさまー!」


 もうすぐ日が沈む直前に校門を出て、クランハウスへの道を進む。

 補習テストは無事完了。うん、今回は自信あるぞという手ごたえを感じながら帰路につく洋子ボク


「えー……。ギリ合格です」


 紀子ちゃんもいろいろ悩みながらだったけど、笑顔で送り出してくれた。なので無問題! うん、多分大丈夫!


 一直線に道を駆け抜け、クランハウスの前に到着する。

 そこにはすでに出発準備を終えた福子ちゃんとミッチーさんが待っていた。


「遅いですわよ、我が宿敵ペルーゼンリヒ・ファイント。臆して逃げたのかと思いましたわ」


 片眼を隠した革製マスク。その装飾は赤眼の吸血鬼を思わせる血のような瞳と牙が描かれている。黒のゴシックドレス、背中から伸びたコウモリの羽根。飛び回る蝙蝠の眷属。黒のローファ。全身黒のコウモリ貴婦人。

 そして狩りに精神をスイッチしたのか、口調も中二病モードになっている。気合十分だね。福子ちゃん。この状態だと攻撃に時間はかかるが攻撃力は跳ね上がる。眷属の攻撃だけではなくサブ武器の攻撃も同じなので、言うなれば『スピードを犠牲にした大砲』と言えよう。

 ……ぶっちゃけ、瞬間最大火力は負けてるんだよね、洋子ボク


「お疲れサマー。こっちは準備終わってるネ」


 ミッチーさんは全身を包み込む白の化学防護服<ドクフセーグ>に身を包んでいる。これ一つで頭から足まで完全に腐食毒や毒ガスと言った毒全般だけではなく、ウィルス関係まで塞いでくれる優れものだ。その分物理的な攻撃には弱いが、そこは訓練でカバーできているはずだ。

 背中に背負ったガスボンベと霧状に毒をガス状に噴出する装置だ。毒状態になったものは時間ごとに防御無視のスリップダメージを受けるので、長期戦になればめっぽう強い。それ以外にも効果のある毒ガスを持っており、それを使い分けるのがミッチーさんのスタイルである。問題はその毒ガスボンベが重いので、多くは持っていけない事だ。


「おっけー。すぐに装備持ってくるよ」


 言うなり洋子ボクは自転車を置き場に直して、家の階段を駆け上がる。洋子ボクの部屋に入って学生かばんをベッドに投げ起き、重石に挿してあったバス停を引っこ抜いた。壁にかけたブレードマフラーを首に巻き、くるりと巻く。

 うん、準備完了! 来ていた学生服も靴も、狩りで使っている装備だ。後はジュースが入ったカバンを持ち、そのまま二人に合流する。


「お待たせー!」

「ええ、では参りましょう。我らの神聖なる狩りヤークトに!」

「チョイ待つねー。島南西部までは運送サービス使うね。あと<倉庫ストレージ>の人もまだ来てないネ」


 運送サービス。要するにそのエリアまでの移動手段だ。『AoDゲーム』だとボタン一つで移動できたんだけど……。


「お、来たネー。こっちこっちー」


 流石にそんなわけにもいかず、車で運んでくれると言うサービスである。運転席と助手席しかないタイプの使い込まれたトラックだ。これは荷台に乗っていく感じかな。


「あ、もしかして<倉庫ストレージ>の人っていうのは、共有アイテムボックスを持つ人がついてくるって事?」


倉庫ストレージ>。クランスキルの一つで、狩りの間、クランメンバーで共有できるアイテムボックスが出来るのだ。これも『AoDゲーム』だとアイテムボックスが二種類表示されると言う形なのだが、まあそんないい話ではない。これは僕にとって、現実の話なのだ。


「? もしかしてバス停の君、<倉庫ストレージ>の人を知らない?」

「え? なんでそんなことを知らないんですか?」


 ミッチーさんと福子ちゃんから同時に突っ込まれる。ゲームの知識はあっても、それがこの世界でどう反映されるかなんてわからなかったし。


「あー。クランの知識はあっても、使うの初めてだし」


 自分でも誤魔化せたかどうかわからない事を言う。案の定、二人は納得できないと言う表情だ。博識なんだけど常識知らず、そんな目で見られている気がする。


(このゲーム世界に転生して、とか言っても信用されないだろうなぁ……)


 僕は現実世界からこの『AoD』の世界に転生してきた。『AoD』をかなりやり込んでいたこともあり、ゲーム知識はたくさんある。

 だけど、それだけだ。僕が知っているのはあくまでゲームとして見たこの世界でしかない。此処に住む人がどういう想いで、どう生きているかなんて想像したこともない。


 思えば、この一か月の間でもいろいろな人と出会った。

 ムカツクけどハンターらしいハンターの後藤。

 親愛するお姉様を殺された福子ちゃん。

 クローンにより死の感覚がズレたミッチーさん。

 それに……えーと誰だっけ? あの課金野郎。


「初めまして! 運総兼<倉庫ストレージ>としてやってきました。ミーの名前は……ゲゲーッ! お前らは!」

「あれ? キミは……十条?」


 そうそう。課金野郎の十条。名前忘れてたんでちょうどよかっ……は?


「オウ! 十条チャン、どーしたの?」

「おおかた『金晶石』を無理やり買おうとしたところを通報されて、ハンター資格を停止されたのでしょう。その代償として、サービス代行を行っていると言った所かしら、クズね」

「ドキーン! そそそそそそそんなことはないぞ!」


 福子ちゃんの言葉に、思いっきり動揺する十条。図星なんだ。


「……つまり、キミがボク等の<倉庫ストレージ>として働いてくれるの?」

「ふん。忌々しいがこれもハンターとして返り咲く為。ミーは仕方なく貴様らの荷物を背負ってやろうと言っているのだ」


 相手が知り合いと分かったからか、もともとの性格なのか。やたら尊大に言い放つ十条。


「ウーン、これは日本のことわざで言う所の、チェンジですネ」

「今回ばかりはその通りかな。いや、ことわざじゃないんだけど」

「品性の欠片もないお方に荷物ゲベックを任せる等、ありえませんわ」


 そして洋子ボクら三人の意見は、見事に一致した。


「ぎゃあああああ!? ここで断られたら、ミーのハンター復帰の道が途絶えてしまう! やりますやらせてください! 荷物持ちます! 何なら靴だって舐めます!」

「いきなり土下座しなくていいから、ちょ、靴押さえるなこのバカ!?

 ……っていうか、キミランク20とか言ってたじゃないか。それが一気にこんな下っ端みたいな仕事になるの?」


 あっさりした手に出る十条。その態度に呆れながらも、ふと思った事を聞いてみた。


「ハンター権の影響ネ。ハンターは優遇するけど、同時にハンターにはそれなりの規律を求めると言う事ネ」

「規律? 低ランクハンターや普通の生徒にはひどく当たるのに?」

「それは『きちんとしたハンターに与えられる報酬』みたいな感じネ。マネーのトラブルとかは、厳しく罰されるヨ」


 妙なところできちんとしてるんだなぁ。まあ、どうでもいいや。


「分かった分かった。チェンジとかしないから」

「ほ、本当か! やっぱやーめた、とかはナシだぞ! 期待させて裏切られるのは、もう心のダメージなんだ!」


 軽く言った洋子ボクの言葉に、何故か過剰に反応する十条。


「キミはボクをどういう人間だと思っているんだよ」

「テストと称して肉体的精神的に無茶を強いるサディスト女」

「なんでだよ!?」


 テストっておそらくクランに入りたいっていったときのヤツだろうけど、そこまで言われる筋合いは――


「いやそれは……反論はできませんね」

「あー、察したネ。それは十条チャンに同情するネ」


 そして味方と思っていた福子ちゃんとミッチーさんからのフレンドリーファイヤー。


「ちょ、キミらまでなんてこと言うの!? ボク、そこまで酷いことしてないよ!」

「コンマ数秒単位の作業をズレなく何度もやらされれば普通はそうなるかと」

「ギリギリ限界まで押し込んでからが本番、なバス停の君の教育スタイルは、耐えられない人多いと思うヨ」

「そうか、あの先があったのか……ミー、逃げて正解だったな」


 散々な言われようの洋子ボク。どうやら味方はいないようだ。解せぬ。


「ああ、もう! とにかく戌岩村に行くよ!」


 半ば強引に出発の合図を上げ、洋子ボクらは車に乗り込むのであった。


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