ボクらは切磋琢磨する

「マタ負けマシター!」

「ここまで完封されるものですか……」


 VR世界から帰ってきたミッチーさんと福子ちゃんは、ぐったりとした表情で座り込んだ。仮想現実のダメージはないとはいえ、真剣に挑んで勝てなかったと言う徒労感は大きい。


「そりゃそうだよ。ボクは二人の弱点が分かってるんだから。そこを攻めれば勝てるのは当然さ」

弱点ウィークポイントデスカ?」


 問い直すミッチーさんに頷く洋子ボク。このトレーニングの最終目標を説明するのは、全体像が見えれば自分がどこを目指しているかもわかるからだ。それはモチベーション増加にもつながる。


「うん。このトレーニングは二人の弱点穴埋めのスケジュール」

「流石ヨーコ先輩。短期間で効率いいトレーニングを考えて」

「――に加えて基礎体力強化といざという時の踏ん張り。あと戦闘における思考管理マインドセットなども含めているんだ」

「……だけではなかったようですね、はい。いつものスパルタです」

「むしろどSデス」

「そこ、悪評禁止」


 妙なところで結託する福子ちゃんとミッチーさん。


「続けるよ。二人の弱点の説明なんだけど。

 先ずミッチーさんは近接攻撃への反応。具体的には回避術。

 福子ちゃんは眷属使役テイマー以外の攻撃方法。サブ武器の使用だね」


「回避デスカ。それは確かにデスね」

「うん。ミッチーさんは基本毒ガスによる待ち戦術なんだけど、毒ガスの有効範囲を考えれば相手に近づくこともある。あるいは毒ガス設置中に遠距離攻撃で狙われることもあるんだ。その為の回避術はもっておいた方がいい」


 ミッチーさんの毒ガスは、フィールドに設置するタイプだ。自分の真正面に毒ガスを出し、緩やかに前進していく形だ。移動距離と速度はほぼなく時間が経てば消えるため、基本的に自分の真正面にしかおけないと思っていい。

 で、これを相手に当てようとするならやはり前に出る必要がある。近接武器程相手に迫る必要はないが、それでも相手の攻撃を受ける可能性は意識した方がいいのだ。


「サブ武器……使役以外の武器、ですか?」

「そうだね。福子ちゃんのコウモリを扱う術はばっちりなんだけど、それに頼りすぎると使えなくなった時に何もできなくなる」

「はあ……。一応保険で拳銃はもっていますけど」

「でもそれ、ボクに襲われた時にとっさに出なかったよね?」


 言われてハッとする福子ちゃん。

 福子ちゃんは仮想世界での戦いで、なんども洋子ボクに殺されてきた。それは使役を出すタイミングがバッチリ過ぎるからだ。そして洋子ボクの反応速度だとそれに合わせることが可能なのだ。


「でも、ヨーコ先輩は拳銃でも反応しますよね?」

「まあね。でも『コウモリ』か『拳銃』かの二択になると反応は難しくなる。

 選択肢が複数あるだけで、戦術は大きく増えるんだ」


 極論を言えば、戦闘は相手に不利な選択を押し付けることだ。

 自分にとって有利となり、相手に不利となる選択を与える。単純な力押しも『パワーで押されると困る』相手なら有効な戦術なのだ。選択は多ければ多いほど戦い方が増えていく。


「二人のメインの目的はそこを強化すること。それと同時に基礎体力や思考制御などもこなしていくこと」

「はい、わかりました」

「うぃーっすデス」


 二人の返事を聞いて、頷く洋子ボク。その後に、プリントを手にミッチーさんに質問する。


「……で、ミッチーさん。この英文どういう意味?」

「As yet I have no name……。あー、『名前はまだない』的な感じ? バス停の君、ホント英語ボロボロネ」

「うひー。努力します―」


 二人に特訓しながら、洋子ボク洋子ボクで英語の勉強なのだ。

 ……前世の僕がもう少し勉強できればなあ、とちょっと恨みに思っている。まあどうしようもないんだけどさ。


「ヨーコ先輩、どうしたんですか?」

「この前の英語の小テストが散々だったので、勉強中なんデス。

 英文は数ですからネ。アニメの吹き替えや有名な文学から入るのがベストよ!」


 そういう理由で、洋子ボクは二人の訓練をしながら英語の勉強をしていた。情けないけど、僕もいろいろ頑張りたいっていうか。


「それじゃあ、改めて行ってみよー!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ここから一週間は、怒涛のように過ぎていった。VRでの模擬戦を交えながら、現実世界で体を動かしていく。


「3! 7! 6!」

「――ッ! ハッ! ホワイタァ!」


 ミッチーさんに施しているのは、攻撃回避の訓練だ。脳天を1、右肩を2、左肩を3……と言う風に攻撃のポイントを9点に分け、そこに攻撃すると宣言してから攻撃する。ミッチーさんは円の中から出ないように、それを防御する。そんな訓練だ。


「セット、構える、撃つ。セット、構える、切る」

「リズム変えていくよ。はい!」

「セット構え、切る。セット構え、切……あわわわわ!」


 福子ちゃんがやっているのは、サブ武器を構える訓練だ。三拍子を一定のリズムで流し、それに合わせてサブ武器を構えて振るうそれをリズムを変えて繰り返していた。とにかく、サブ武器を抜くと言う動作を身体になじませるのが目的だ。


「……でも、サブ武器はそれでよかったの?」

「はい。カミラお姉様シュヴェスターと一緒に戦えるんです」


 福子ちゃんが選んだのは、一本の剣。かつて彼女の敬愛するお姉様が使っていた剣だ。それを手に、優しく微笑む福子ちゃん。


(まあ、相応に強化されているし腐らせておくのはもったいないのは確かだよね。テイマーのサブ武器で使うには遜色ないんだけど、そりゃあ思い出の品だし、いろいろ特別なのは知ってるけどさー)


 なんとなく気に入らないと言うか、もんもんすると言うか。そんな気分。いや、悪くはないんどけと。むしろ、親しい人の死から立ち直っている傾向なんだろうけど。


「ンー、これが日本のことわざで言う所の『NTR』ネ。あるいは三角……関数?」

「ツッコまないからね。ツッコまないからね!」

「ああん! 放置プレイとは高度デスネ、バス停の君。

 あ、世界最古最大級の寝取り男ゼウスのスペルはジーイエユーエスヨ」

「そんなスペルの覚え方をさせられるなんて思わなかったよ!」


 んで、洋子ボクの英語の勉強も、合間合間ながらに進んでいる。日常会話のなかにミッチーさんがさりげなく(?)英単語をいれたりしてる……けど、ミッチーさんの趣味に傾向が寄っているような気が。


 ともあれ、一週間という短い期間ではあるけど、元々の素養かよかったのか、効果は確実に現れてきていた。


「か、勝った……のですか?」

「ヴィクトリー、ネ!」

「まじかー。あれ対応する?」


 いつものVRバトル。福子ちゃんミッチーさんコンビが洋子ボクとの勝ち星を、あげるようになったのだ。まだ五回に一回ぐらいだけど、すぐに勝率は上がるだろう。


「初期配置に助けられましたね。あとはロートンさんの動きにも」

「初見殺しなだけヨ。二度目は通用しないネ」

「くそー。あそこで毒を食らうとはなあ」


 個人個人で戦術を練ったり、知らない間に連携されたり。単独ソロではけして味わえない喜びだ。敗北が素直に嬉しく思う。

 まあ、それはそれとして、


「次は負けないからね!」


 嬉しいことと、悔しいことは同居するのだ。本気で悔しいけど、同時にここまで成長したことは嬉しく思う。これはハンター方面でもうかうかしてられないぞ。

 そして、


「よーし! それじゃあ明日は戌岩村いぬいわむらにレッツゴーだ!」


 一週間の集中訓練を終え、洋子ボク等【バス停・オブ・ザ・デッド】としての最初の活動が始まるのであった。

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