ボクらは狗岩村にやってきた

 トラックの荷台に揺られること一時間弱。ようやく目標の場所が見えてきた。

 空はもう暗く、ゾンビが活動する時間となっている。途中何体かのゾンビに見つかったが無視して振り切り、ガードレールのないアスファルトだけの道を進み――


「よーし、着いた!」


『この先、戌岩村いぬいわむら』と書かれた看板。ココが『AoDゲーム』で言う所の戌岩村の入り口だ。この道をまっすぐ進めば、犬ゾンビだらけの戦闘区域に入る。


「ワオ! たくさんハンターさん居ますネ」


 で、この入り口はソンビ出現率0%の休憩エリアみたいな場所だ。設定的には強すぎるゾンビエリアの近くは本能的にゾンビが恐れてやってこないとか。ゾンビに本能なんかないじゃーん! と散々ツッコまれた設定だが、ともあれそういう場所なのは確かだ。


「やはり皆、クラン単位で挑むようですわね。

竜驤虎視りょうじょうこし】に【ヴァンキッシュ】。あそこは【聖銃字騎士団】。名高いクランばかりですわ」


 推奨ハンターランク30ともなれば、高名なクランがそろっている。僕も前世の掲示板で何度か目にしたほどの有名クランだ。


「おい、あのクラン……」

「噂は本当だったのか」


 そしてその名高いクランの人達は、洋子ボクらを見るや否やひそひそ話チャットし出したかのように黙りこもる。

 洋子ボクらのクランエンブレムに気付いたのだろう。【バス停・オブ・ザ・デッド】という史上最弱のクランに。


我が宿敵ペルーゼンリヒ・ファイント、予想はしていましたが私達は……」

「ウーン、場違いな賓客を見る目デスネ。日本のことわざで言う所の未成年お断りデスカ」

「それは違うからね」


 ミッチーさんにツッコミを入れるが、彼らが洋子ボクらを未熟と見ているのは確かだろう。なにせボク等のランク規模は39。そして彼らのランク規模は300から400ほどはあるはずだ。クランスキルも桁が違う。

 何よりも洋子ボクらは平均値にすればハンターランク13だ。推奨ハンターランク30のこの場所に挑むこと自体が自殺行為と言ってもいい。常識的に言って、未熟者と判断するのは当然だ。


「あー……なんだ。道間違えたんなら帰った方がいいぞ」


 声をかけてきたのは【聖銃字騎士団】と呼ばれる黒服集団の一人だ。神父のような服と聖印入りの機関銃。似たような装備の者が何人もおり、典型的な櫻華おうか学園の重火器チームだ。


「にゃははは。心配してくれてありがとう! でもボク等は戌岩村の狗岩を倒しに来たんだ」

「本気か? お前ら、あのネタクランだろう? ハンター規模レベル39の……」

「そうそう。【バス停・オブ・ザ・デッド】! 新規クランだから、お手柔らかにね。【聖銃字騎士団】さん」


 言って握手を求める洋子ボク。あちらもものすごく納得がいかないように眉を顰めるが、それでも握手には応じてくれた。紳士的な人だ。


「犬系ゾンビは動きが素早い。無理はするなよ。危なくなったら逃げろ。いいな」


 洋子ボクらのハンターランクだと、狗岩に到達することすら不可能と思われたのだろう。狗岩の事ではなく、村に出没する犬ゾンビの忠告に留めて終わった。


「ま、逃げるなんてないんだけどね」


 いくつかのクランがここに留まっているのは、恐らく先行部隊が中の様子を探っているのだろう。盾、もしくは隠密スキルを持った数名が、村の中を探っているのだ。それを通信機クランチャットで受け取り、方針を決めている。そんな所だろう。

 で、洋子ボク等にはそんな役割を持つ人はいない。その必要はないのだ。何せ僕がほぼ覚えているからね。ただ唯一ランダムなのが――戌岩村のボスである狗岩だ。

 狗岩は一定の時間になると咆哮と共に出没し、村のマップ全体を移動しながらハンターに襲い掛かる。その動きは完全ランダムで、倒すとなれば村中を追いかけっこしなければならない。

 追いかける手段は当然村の中を走り回るしかないのだが、広い村を無作為に走り回ってもとても見つかるものじゃない。そこで必要なのは――


「レーダーの感度良好。ロレンチーニ器官を組み込んでるから、かなり精度はいいはずだよね」


 レーダー。マップ内のゾンビを感知するモノだ。全体像を見ることが出来るのでTPS系ゲームでは命綱ともいえる情報網だ。チェンソーザメのロレンチーニ器官を組み込んで強化されたので、範囲も広くそして透明化されても追いかけることが出来るようになっている。

 ……透明化された軍人くんにやられたのは悔しかった、とかそんなんじゃないからね! 本当だからね!


「おい、荷物はこれでいいのか?」


 十条がボックスの中を確認するように聞いてくる。

 基本的には消耗品だ。抗ゾンビウィルスの食料品と、福子ちゃんの眷属の餌。ミッチーさんのガスボンベ。後はバス停に着いた血糊とかを払う布。後のスペースはゾンビを倒した時のドロップアイテムを入れるスペースだ。


「おけおけ。パクったりするなよ。そのジュースお気に入りなんだから」

「するか! こんなクソマズジュース、金を積まれても飲まんわ!」


 むぅ、あの独特の刺激がたまらないのに。


「準備は整ったわ。さあ、狩りの時間ギャザイドです」

「ハジメテの場所ネ。ワクワクするヨ!」


 福子ちゃんもミッチーさんも、準備完了のようだ。それじゃあ、行くとしますか。


「うん! それじゃ、戌岩村攻略にレッツゴー!」


 掛け声とともに、洋子ボク等【バス停・オブ・ザ・デッド】は戌岩村に入り込んだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ワンワンワン!」

「ウゥゥゥゥゥゥ!」


 村に入った洋子らを出迎えたのは、数体の犬ゾンビ。狼に似た犬ゾンビで、橘花駅前に居たゾンビとは動きが違う。こちらから一定の距離を取り、こちらの攻撃に反応して動くモノと、そんな隙を与えないアクティブな動きをするモノがいる。


「Aタイプはミッチーさんが毒ガスを放って牽制。Bタイプは福子ちゃんが攻撃して、抜けてきたのをサブ武器で!」


 ここに来る前に立ててきた作戦だ。待機してこちらの攻撃に反応するものをAタイプ。アクティブに攻めてくるモノをBタイプと分類し、状況に応じて洋子ボクが指示を出す。そんな作戦だ。


「アイサー! ワンワンちゃん、こっち来ちゃやーデスよ」


 ミッチーさんが自分と犬ゾンビの間に毒ガスを放つ。ガスは一定時間戦場に留まり、肌や粘膜から吸収されてダメージと毒のバッドステータスを与える。こちらを伺っていた犬ゾンビは、ガスを避けて攻撃しようと、大きく迂回することになる。

 それは攻撃する角度が限定されることに等しい。攻めてくる方向が分かれば、後はタイミングだ。そしてミッチーさんには攻撃のタイミングと回避術を叩き込んできた。自ら前に出て、毒ガスの切れ目に移動してやってきた犬ゾンビに直接ガスを吹きかける。


「プレゼントデス! おおっと、危ないデスね!」


 毒ガスの中、ミッチーさんに攻撃を仕掛ける犬ゾンビ。しかしミッチーさんはそれを余裕で回避する。一歩後ろに下がって、毒ガスの追撃を加えた。


「死に捕らわれた憐れな者達……。我が眷属リーブリングスティーアの血肉となるがいい」


 ポーズと台詞と共にコウモリを放つ福子ちゃん。コウモリは走り回る犬ゾンビを追うように飛ぶが、それをステップを踏みながら避ける犬ゾンビ。いずれは追いつかれるが、それまでに一撃加えようと福子ちゃんに走ってくる。だが――


「遅い。鍛え抜かれたクリンゲの露となるがいい」


 その犬ゾンビに向かって踏み込み、サブ武器の剣を振るう。斬撃と同時に襲い掛かるコウモリ。主と眷属の二重攻撃により、悲鳴を上げて崩れ落ちる犬ゾンビ。


「うっはー。ボクも負けてられないね!」


 二人の動きに舌を巻きながら、洋子ボクもバス停を振るう。一度間合でふるって敢えて隙を生み出し、飛びかかってくる所をバックステップで回避。ブレードマフラーが犬ゾンビの皮膚を裂き、まれた隙を逃さずにバス停を振るった。そしてその隙を狙った犬ゾンビも、同じように処理していく。


「ボクに隙はないよ。その為の攻撃速度特化なんだから!」


 両手武器の弱点である攻撃後の硬直。それを可能な限り短縮したのが洋子ボクのスタイルだ。攻撃だけではない。防御の硬直、ダッシュ後の硬直、連撃コンボを生み出すために防御を無視して速度に力を注いでいるのだ。


「オウ、流石バス停の君ネ。ワタシもかなり強くなったつもりデシタのに」

「ええ。力をつけたからこそ、その強さが理解できますわ。さすが私の好敵手リヴァーレ

「二人も大したものだよ。いやお世辞抜きに」


 洋子ボクの動きに、そんな言葉を放つミッチーさんと福子ちゃん。えへへー。もっと褒めて。


「お前ら動きが変すぎるだろう!? ハンターランク20のミーでもあの犬は無理なのに!?」


 そして課金アイテムによる力押しが主体の十条は、そんな洋子ボク達の動きにそんなことを言い放つ。ひっどい言い方だけど、規格外だと言う意見は素直に受け入れておこう。


「どーだい。ハンターランクとアイテムの良し悪しだけがハンターの実力じゃないんだよ!」

「せめてバス停でなければ……とは思いますが」

「デスネー。もーすこしカッコいい武器だったら、バス停の君モテモテだったのに」


 バス停を手にポーズを決める洋子ボク。その後ろでため息をつく福子ちゃんとミッチーさん。なんか洋子ボク弄りの時に妙に結託してない!?


「武器がカッコいいんじゃなくて、ボクがカッコいいんだい! きっといつかはモテモテだよ!」

「…………まあ、それは。でもモテモテは少し困ると言うか」

「デスネー。コウモリの君、可愛いですねー」


 そんなやり取りをしながら、洋子ボクらは戌岩村を突き進んでいく。

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