ボクにハジメテを奪われた金髪さん
生物学的に、ホモサピエンス――ヒトの乳房が大きくある必要はない。
乳は哺乳類が幼児に栄養を与える為のモノであり、その分泌機構で重要なのは乳腺であってそれを包み込む脂肪はあくまで乳腺のガード役でしかない。それは適切な大きさであることが望ましく、全ての事象がそうであるように過剰であれば何かしらの不利益を被ることもあるのだ。
(いや、これは――!)
なんて理屈を脳内で構築しても、目の前のおっぱいにはかなわない。扉を開けた瞬間に抱き着かれて押し倒され、爆発的と言えるおっぱいに胸が押し潰されている。
(これ、反則だろ。大きい、ってだけなのに)
相手が知らない人だとか、なんでいきなり抱き着いてきたのとか、そもそもバス停の君とか言ってたから
「ワタシ、バス停の
抱き着かれた状態で、耳元でそんなことを言われる。その声に含まれる感情に、
「なにをしているんですか、よーこせんぱい」
血の底から冷えるような、そんな平坦で感情のない声。
何とか動く首だけで声をした方を見ると、バスタオルを巻いた姿の今慌てて風呂から出てきたばかりの福子ちゃんがいた。いや、それはそれで別方向の刺激が! 角度的に太ももの付け根が見えそうで! 見ちゃいけないんだけど、その! 見える!? 見ちゃいけない!? でもめがはなせない。あーわー。
「待って、僕のキャパいっぱいいっぱいなんだけど!」
片やおっぱいな超好意的金髪さん。片やお人形みたいなスレンダー銀髪ちゃん。
もう、これどうしたらいいの!?
福子ちゃんの声に金髪さんは体を起こす。遠のくおっぱいに救われたんだか残念なんだかわからない感情に苛まれた。あのまま溺れていたい、いや溺れちゃダメだ。そんな相反する感情。
「オウ! アナタはあの時のコウモリの
「……はあ。あの、私は貴女に会うのは初めてなんですが? ヨーコ先輩のお知り合いですか? 家の玄関で抱きつくような色々深い仲のようですが」
「言葉に刺がなくない!? いや、ボクも初めてなんだけど!」
「ソウデース! バス停の君はワタシのハジメテを奪ったんデース!」
「「はあああああああ!?」」
金髪さんが上気した頬を押さえるように手を当てる。それと同時に福子ちゃんの声の温度が一層下がった。
「へー。ヨーコ先輩そんなことしたんですか。へー」
「してないよ! っていうか本当に初見なんだけど、キミ誰!?」
「ハーイ! ワタシは
金髪さん――ミッチーさんの言葉に、僕の疑問はさらに深まった。本当に誰!?
「あの時、ワタシを貫いた熱い感触……そのままえぐる様に力を籠められ、大事な部分を破られた痛み……そしてその後に生まれた天にも昇るような恍惚感!
ああ、あれ以上の
「……………………よーこせんぱい?」
「福子ちゃんの視線が氷点下!? そしてミッチーさん? もいったん落ち着いて。その、えーと……本当に何のこと?」
「? ワタシとバス停の君のナレソメですよ? ところであのバス停は何処デス? ワタシを貫いた、思い出の品は」
………………は? え? どういうこと?
「まさかヨーコ先輩、バス停好きが高じてそんな特殊プレイを」
「なわけないから! っていうか福子ちゃんはそんな目でボクを見てたの!?
いや待って。つまり、ミッチーさんは僕のバス停に体を貫かれたことがあるって事?」
「イエス! あれは忘れもしないサファイア号の奥。チェンソーザメとの戦いの時デース!
チェンソーザメに切られたワタシに、躊躇なく踏み込んでバス停で切りかかってきましたヨネ?」
サファイア号。チェンソーザメ。バス停で貫いた。
その単語に符合する人物に思い至った。たしか十条と一緒に居た――
「もしかして、キミはあの時のマッドガッサーくん! 確かにゾンビ化した時にぶぶっ刺した!」
「イエス! そのゾンビデース! あの時着てた<ドクフセーグ>もここに持ってマース!」
持ってきたカバンから、見覚えのある対化学薬品用スーツが出てきた。首と胸にバス停で切り裂いたような傷痕が、僅かに残っている。
「あの……つまりあなたはあの時ゾンビ化した方……?」
「イエス! そのクローンデース!」
福子ちゃんの問いに、Vサインを返すミッチーさん。
「「ええええええええええええええ!?」」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ンー、オイシイ紅茶デース! コウモリの君に淹れ方を教えたヒトは貴族のような気品あるヒトなのでショウネ!」
「どうも」
ハイテンションなミッチーさん。
ローテンションな福子ちゃん。
その間に
(いや、ボクはなにも悪くない。うん、悪くないんだから堂々としなくちゃ)
気合いをいれて、口を開く。よくわからない空気に気おされる
「それで、ヨーコ先輩はどうして玄関で抱きつかれるままだったんですか?」
そんな気合は、福子ちゃんのものすごく的確な一撃で粉砕された。
「その、いま、それ、きくひつよう、ある?」
「はい。ゾンビ戦では不意を突かれることのない先輩が動揺する程です。
戦闘中に先輩が動揺してもすぐに対処できるよう、正しい情報を知っておくことは大事かと」
淡々とした声で問う福子ちゃん。
「あまりに不意打ちだったので、その全てが予想外だったんで」
玄関口ということも、イキナリということも、あとあの質量も。うん、予想外だった。嘘は言ってない!
福子ちゃんは納得したのかしていないのかよくわからない無表情でこっちを見ていた。無言の圧力が怖いっ……!
「ンー、これがバス停の君のバス停デスネ! スバラシー!
この
そして渦中の人物とも言えるミッチーさんは
(確かにぶっ刺した。気持ちがいいぐらいにクリティカルだった)
あのときの戦いを思い出しながら、頭をかく。いきなり出ばなをくじかれたこともあって、会話の切り口を探りかねていた。
ややあって、確認も含めて口を開く。
「再確認なんだけど、ミッチーさんはあの時倒したゾンビのクローンなんだよね。
よく分からないんだけど、ゾンビ化していた時の記憶てあるの?」
「あるデスヨ。朦朧としてマスが。呼吸が止まっているので、脳に酸素が届かなくなって、脳が動かなくなるまでの短い期間デスネ。
そーですネ、大体1分ぐらいデスカ」
そんなものか、と
この世界はクローン技術が存在し『死』が絶対の終わりではない。とはいえ、その在り方にはまだ賛否両論あるという。本体は本体。クローンはそのコピーで別物。そう思う人もいるようだ。
さらにはクローン技術自体を受け入れない人もいる。福子ちゃんのお姉様、カミラさんもそんな感じだったようだ。
『カミラ
とは福子ちゃんの言葉だ。そういった信念とか死生観とかクローンを作る経済的理由とかその辺もあって、クローン復活は一部の人間のみが使っていた。
僕? 僕が死ぬとかないし、不要だねっ!
「消えかかった自我の中、バス停がワタシを貫いた感覚が伝わったデス! まさに稲妻のような的な衝撃デシタ!
あの感覚をもう一度味わいたくて、バス停の君のクランを探していたのデス! そしたら、コレしかない、って名前のクランを見つけて、ハンター協会にクランの場所を聞いてやってきたデス!」
なるほど、彼女がここを尋ねてきた経緯と理由は分かった。
「つまり、ミッチーさんはこのクランに入りたい、と?」
「イエース! できるなら、毎日クランハウス内でバス停に貫かれたいデース!」
「わー。よかったですね、よーこせんぱい。バス停が好きな人ですよー」
クラン発足初日の夜は、いろいろな問題を抱え過ぎていた。なんでだよー、僕何か悪い事した!?
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